お釈迦様は、『人のこの世は四苦八苦という苦難の連続だ』と説いている。しかし同時に、生きよ!と説いている。
大きな権力・地位や財産などは虚仮(コケ:本質的なものではなく、むしろ空しいものの意)だと説かれている。
知足(足るを知る:欲張らず、平凡な生活の幸福)で良いではないかと説かれている。
母(かあ)べえは、死の床で立派に成長した二人の娘にお別れの挨拶と感謝の気持ちを告げる。
娘たちは『天国の父(とう)べえに会えるからいいね』と明るく振る舞う。
しかし母べえは消え入りそうな声で『あの世でなんか父べえに会いたくない。生きているうちに父べえに会いたかった。』と言って息を引きとる。
人はみな”生きてこそ生きる”存在なのである。
父べえは若き学者で思想家である。
戦時色濃い生活物資もままならない時代に、母べえはそんな夫と思春期を迎えた二人の娘たちと共に、食卓の品は至って貧しいが、平凡な一家団欒の幸せの中で暮らしていた。
時の支配者・権力者と取り巻きの追随勢力(戦前の特高警察など)は、非戦平和を唱える平凡且つ善良な学者を投獄する。
母べえ一家の、ありふれたつましやかな生活は国家権力によって暗転させられる。
母べえと二人の娘の必死で毅然とした父べえへの支援、大学の教え子や義妹の慈愛に満ちた懸命の協力があったにも拘わらず、父べえは無惨にも獄死させられてしまう。
四苦八苦の苦難の永い人生という川の流れの底にキラリと光る砂金のような愛や感動や援助や感謝が見え隠れして存在する。
母べえはそんなごく普通の、ありふれた夫と家族の生活を希求していたに過ぎない。
『生きているうちに父べえと会いたかった』の母べえの言葉は、お釈迦様の『生きてこそ生きる』の教えと同質なものなのである。