マラナ・タ  …  私たちの負い目を唯一人、背負われて父の元へ帰られたのは。神があなたを愛されているからです。   

ただ父なる神の愛とイエス・キリストの愛を多くの皆様にお知らせしたいのです。帰れやと、父はあなたを慕い待っておられます。

心から出るもの

2017年06月23日 | キリスト教

「  実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。 」

                       ローマ 10章 10節

 

ことばは心の産物です。心にあることが、口のことばとして出るのですから。根本問題は心にあります。

しかし、心と言葉が対立して、心のとおりに言葉が出ないことがあります。

心の底では、「自分が悪い、神にお詫びして、神の言われるとおりにしょう。頼ろう、信じよう、従おう、」と思うのに、

口に出てきません。そこで、うやむやで割り切れないままに、暗闇を歩き続けるのです。

このみ言葉は「 実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。」と語られています。

また、エレミヤ33章3節には「わたしを呼べ。わたしはあなたに答え、あなたの知らない隠された大いなることを告げ知らせる。」

と言われた神にい祈る一言が、新しい人生の糸口になるのではないでしょうか。

信仰によって義と認められるとは、パウロたちが宣べ伝えている福音を心で信じて、そして口で告白することによるものです

ことさらに、何か他にしなければいけないことはありません。ただ気をつけなければいけないのは、

「イエスを主」と告白することにあります。イエス・キリストを、自分の人生と生活の主として心にお迎えしないかぎり、

この告白はできません。したがって、ただ、「イエスさまを信じます。」と口で言ってもらうだけでは、その人は救われません。

心からの主イエスへの信頼によって、その人は救われます。

 

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