カメムシ科の「ツヤアオカメムシ」です。
庭の「ナギイカダ」の葉にいました。
緑一色というか青一色のカメムシです。
かなり、臭いを発していました。
去年今年 花と虫見て 暮れるらん(遊仙)
去年今年は「こぞことし」と読みます。
昔、ある国の中央に「渾沌」(こんとん)という帝がいました。
ある日、南海の帝と北海の帝とが中央の帝の渾沌のところで出会い、
大いにもてはやされました。そこで南海と北海の帝は、渾沌の好意に報いようと
相談して、一つも穴のない渾沌に、耳や目や鼻や口など七つの穴をほってやったところ、渾沌は死んでしまったそうです。
渾沌は分析を超えた不可分の実在を象徴していて、分別知をはたらかせて、
いたずらなる分析をするとき、渾然たる実在は死滅するということです。
渾然とは分別差別のない状態をいいます。(荘子の哲学 大濱 晧著)
今、地球の温暖化に対する議論に似てなくもありません。
自然必然の変化が人間の知力や意志を超えた絶大なものであることを
象徴的に表現しています。
庭の「ナギイカダ」の葉にいました。
緑一色というか青一色のカメムシです。
かなり、臭いを発していました。
去年今年 花と虫見て 暮れるらん(遊仙)
去年今年は「こぞことし」と読みます。
昔、ある国の中央に「渾沌」(こんとん)という帝がいました。
ある日、南海の帝と北海の帝とが中央の帝の渾沌のところで出会い、
大いにもてはやされました。そこで南海と北海の帝は、渾沌の好意に報いようと
相談して、一つも穴のない渾沌に、耳や目や鼻や口など七つの穴をほってやったところ、渾沌は死んでしまったそうです。
渾沌は分析を超えた不可分の実在を象徴していて、分別知をはたらかせて、
いたずらなる分析をするとき、渾然たる実在は死滅するということです。
渾然とは分別差別のない状態をいいます。(荘子の哲学 大濱 晧著)
今、地球の温暖化に対する議論に似てなくもありません。
自然必然の変化が人間の知力や意志を超えた絶大なものであることを
象徴的に表現しています。