ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

香港のホワイトクリスマス

2012-12-24 11:16:29 | アジア

 ”Pause”by Jade Kwan

 さてクリスマスか、などといって香港のジェイド・クァンの今年の新譜など取り出したのだが、考えてみればこれ、クリスマス・アルバムでもなんでもないのだった。なのに私は、何の疑いもなくこのCDをクリスマスに聴くためのものとして購入したのだった。
 だってねえ。彼女との出会いは2009年に出た”Shine”なるアルバムだったのだが、クリスチャン色の濃厚に漂う歌詞に、切実な想いの込められた切なすぎるメロディの附された、しかも南の島、香港にも似合わぬ清涼感に包まれたそのアルバムの佇まいは、どう考えたってクリスマスを寿ぐアルバムとしか思えなかったのだ。

 そして一年後に届けられた彼女の新譜、”Beginning”は、雪まみれになりながらどこともしれぬ荒野で、同じように雪に埋もれたピアノと向かい合うジェイド・クァンの幻想的な姿を捉えたジャケが象徴的な、これも冬景色が似合いなアルバムだった。
 凍りつく冬の大気の中でリンと一筋、弦を震わせて、雪の結晶を見るような精巧なメロディを謳う氷のピアノ、そんな壊れそうな道具を相棒に、彼女の歌うバラードは、すべてがクリスマスという舞台装置に見事に収まるような気がした。だから私は、彼女の歌う歌は全てクリスマスソング、みたいな思い込みをしていたのだった。

 彼女の歌の前では、香港島は現実のそれよりずっと北の緯度に位置する、シベリア寒気の只中に位置する小島にと変質する。
 チムサァアチョイに大雪は降り積み、人々は香港名物の2階建てバスを降りながら吹き付ける北風に思わず分厚いコートの襟を合わせる。コーズウェイ・ベイは凍りつき、フェリーは今日も欠航だ。降り止まない吹雪の向こうからかすかに聞こえるのは教会の鐘の音だろうか。人々は誰に言うとでもなく呟く。メリー・クリスマス、こちら九龍は、素敵なホワイト・クリスマスだよと。

 んなこたあねえよっと。冗談じゃない、香港は沖縄よりも台湾よりも南にあるんだ。熱帯の、クソ暑い島なんだよ。

 調べてみるとジェイド・クァンは20歳の時にカナダ国籍を取り、大学もカナダのものを卒業している。が、その後、彼女は香港の会社のオーディソンを受け、香港のレコード会社からアルバムを発表し続けている。
 彼女がカナダ国籍の人となったのは、まあ、それなりの事情といったところなのだろうが、歌手として世に出るために香港に還るあたりが面白い。おそらくは生活の場はカナダ、金稼ぎには香港、及びその周辺の中華地域ということなんだろうけど。

 彼女の歌世界に頻出する北の叙情は、おそらくはそのカナダで心の中に育て上げたものなのではないかと想像するのだが、そいつと彼女のクリスチャンとしての感性などがないまぜになり、南のファンキーな小島、香港を歌ってしまっている。その強引な幻想のありようが素敵で、どうにも彼女のファンはやめられないな、というお話。
 そんな次第でこのアルバムも、彼女らしい可愛いバラードが収められた、いつもの素敵なクリスマス・アルバムだったのである、





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