ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

韓国バラードの悲痛なる傑作

2010-04-17 00:05:51 | アジア

 ”내사랑 내곁에 (俺の愛、俺のそばに)”by 김현식(キム・ヒョンシク)

 東アジアのポップスに興味を持ち始めた十数年前、韓国方面に関してはポンチャクなるディスコ演歌のジャンルがあり、その痛快極まる世界をとりあえず追ってみようと方針は決まっていたのだが、それ以外にもかの国には気になる歌手はいたのだった。
 一度聴いたら忘れられない絶唱を残したまま、若くしてこの世を去って「韓国の尾崎豊」なんて異名を日本の音楽雑誌から奉られていた、このキム・ヒョンシクなる男も、その一人だった。

 十数年前に彼の絶唱、「俺の愛、俺のそばに」をはじめて聴いたのは、あれはアジアポップスを扱った深夜のテレビでだったかな、ちょっとした衝撃を受けたものだった。
 確かに、韓国人以外は歌を歌う際にあまり用いない岩石のような重たいしゃがれ声で、鉛色に曇った空を見上げて、美しいメロディに想いを託して身悶えるように歌い上げるその歌は強烈で、何を歌っているのかは分らぬものの、ともかくただ事ではない、という印象は受けた。
 この歌を発表するのと前後してこの世を去ってしまったという逸話とともに、当時、若くして世を去った記憶がまだ鮮明だった尾崎豊に喩えられるのもむべなるかな、と言う気はした。

 キム・ヒョンシクは1958年ソウルに生まれ、聞き分けの良い優等生として過ごした幼年時代から、音楽好きの従兄弟たちの影響などによりロック好きの劣等生へと転げ落ちる形で、少年期を過ごし、その後はお定まりの仲間たちとの音楽浸りの青春を送る。
 1980年に入り、彼はレコード会社にスカウトされ、プロのミュージシャンへのスタートを切る。弾き語りのフォーク歌手やコーラスグループの一員として活躍するうち、韓国のアンダーグラウンド音楽シーンで、それなりの評価を受けるようになって行った。

 1984年に発表した2枚目のアルバムが若者たちの間でヒットし、その後も「メッセンジャーズ」「春夏秋冬」と言ったグループのシンガーを務めつつ、1986年に発表した3枚目のアルバムが30万枚以上の大ヒットとなり、スター歌手への階段を上りかけたかに見えた。
 が、1987年、仲間の歌手たちと共に麻薬常用の疑いで拘束され、これが彼の最初のつまずきとなる。翌年、反省の意を示すために髪を剃っての復活ライブは若者たちに熱烈に迎えられ、その年出した4枚目のアルバムも好評だったのだが・・・

 1989年、キム・ヒョンシクは伝統あるブルース・ユニット”新村ブルース”に合流し、その音楽をジャズやブルース色濃いものにして行く。ソロ活動と新村ブルースのメンバーとしての全国ツアー。充実しているかに見えた彼の音楽生活だったが、実はヒョンシクの体は、かって麻薬が埋めていた心の空洞に彼自身が際限なく放り込んだ酒によって徐々に、そして確実に蝕まれていたのだった。「奴の体は酒で動いている」周囲の者からは、そのような陰口も聞かれたという。

 最初の麻薬騒動といい、飲み始めれば際限がなくなってしまった酒といい、依存癖の強いというか心の崩れ易いタイプなのだろう。1990年11月1日、彼は自宅で以前より患っていた肝硬変のために死去する。

 ここで話題にしている彼のバラード、「俺の愛、俺のそばに」は、キム・ヒョンシクの死の翌年、1991年にリリースされた彼の6枚目のアルバムの冒頭を飾る一曲であった。
 今、彼のその他のレパートリーも聴くことの可能になった時点で言えば、キム・ヒョンシクを”韓国の尾崎豊”と呼ぶのはかなり的外れに思える。彼の音楽性はむしろ、”韓国の徳永英明”とも言うべきもののようだ。彼の、韓国風に噛み砕かれたブラック・ミュージックのエッセンスは、80年代の韓国の音楽好きな若者たちに、さぞセンチメンタルな幻想を供給していたことだろう。

 むしろ「俺の愛、俺のそばに」におけるゲンコツみたいな感情表現は例外的なものなのであって、自らの死を予知したヒョンシクの末期の一節であるかとも思える。というのも、彼の短い人生の顛末すべてを見終えた者が都合よく作り上げた物語でもあろうけれども。
 そして今年の一月、キム・ヒョンシクの20周忌記念コンサートが昔の仲間たちうち揃って挙行されたと言う。それならばとこちらも、超小規模ながら追悼などここで行なってみた次第。それにしても、何度聴いてもたまらん曲だね、これは。




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2 コメント

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お! (閃光少女)
2010-04-17 00:24:45
K-POP好きとしては気になります。
文章から勝手に想像していたメロと違って
ビックリ←;
なんとゆうか、今のK-POPでは
あまり聴かれない感じのメロと声ですね。
渋いんだけどPOPってゆうか。
でも一抹の悲しさがあります。

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閃光少女さんへ (マリーナ号)
2010-04-17 03:18:22
どうも、いらっしゃいまし~。
この人なんか、もう今のファンの人たちには知られていないんでしょうね。そりゃ、”没後20年”なんだものなあ。
私には韓国の音を聞き始めたばかりに出会った人なんで、むしろこの感じが韓国、とか思っていたりします。
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