”A Call From Excellence”by Miguel Angel Bertero & Elisa Muñoz
アルゼンチンの名門タンゴ楽団を渡り歩いてきたバイオリン弾きと、クラシック畑で活躍してきたピアニストのデュオ作品。腕利きの二人が、タンゴ名曲集のかなり自己陶酔的に凝りまくったアレンジの譜面を肴に、丁々発止と火花を散らしあう一枚。
なんかこの頃、こんな具合に最小編成による演奏がしっくり来るようになって来ている私だ。大編成のオーケストラなんかハナから問題外だが、小人数のバンドも煩わしく感じる時がある。このアルバムのように互いに相手の実力を認め合い、求める音楽の方向性も共通するものがある二人が存分に対決しあう、そんなデュオ作品こそ楽しめるようになってきた。
ともかく冒頭から、”淡き光に~想いの届く日~エル・チョクロ”と超有名曲をもうほとんどベタという感じで並べてみせ、テクニックとセンスの良さを誇示してみせるえげつなさ。このアルバムの骨子は、実は現実への悪意の表明ではないか、などと思ってみる。
基本となる美学は過去を向いている。戦前の名曲を臆面もない美文調で賛美してみせるのだから。そして馥郁たる音色と冷徹なる美学に埋め尽くされた音の王国は、現代社会からの雑音を寄せ付けない。時間軸から外れ、理念は現実を拒否し、閉じた美学の世界でタンゴは鳴り続ける。
そもそもが現実から外れた世界に漂いがちなアルゼンチンの魂である。たとえば、我が国はその身は新大陸に置こうとも心はヨーロッパにある。我が国は実は南欧の一国なのだ、なんて思い入れがある。だから歌謡タンゴの開祖である英雄ガルデルは、その生誕の地はヨーロッパである、なんて伝説を背負わねばならなかった。あるいは開国の頃、バブルといえる景気に湧くブエノスで夜毎繰り返された鹿鳴館もどきの華麗なる夜会の記録。
それもこれもが、卑しき現実から遊離しようとの飽くなき試み。そんな矛盾を体現する音楽ゆえ、タンゴは儚くも美しい、などと言ってみる夜明け前。