ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ドナウ河がきらめいていたよ

2010-10-16 00:50:55 | ヨーロッパ

 ”Semmicske énekek”by Bognár Szilvia

 ハンガリーの民俗音楽系のジャズロックバンド、とでも呼んだらいいのだろうか、Makamという名バンドがあるんだけれど、そこでボーカルを担当していたBognár Szilvia女史が独立後、2008年に発表した意欲作、なんて呼びたくはないな、東欧の春の陽だまりをそのまま歌にしたみたいな素敵な歌のアルバムであります。

 この人の絡んだ作品はこの場で以前、取り上げたことがある。リュート一本をバックに、ハンガリーとその周辺に中世から伝わる世俗歌謡を歌ってみせた”Rutafanak sok szep aga”というアルバムでした。そんなもの、辛気臭くてしょうがないじゃないかと思うんだが、彼女の明るく力強い歌声が、その何百年もの時を経た歌たちを生き生きと現代に蘇らせ、遠い時代の人々の息吹を瑞々しく伝えてくれたものです。
 あのアルバムを聴いてから私は彼女がすっかり好きになってしまいまして、他のアルバムもいろいろ探して聴いてみたのですが、こちらのアルバムなどはトラッド歌手としての Bognár Szilvia の魅力を正面から捉えたものとして、相当に好感の持てるものなのであります。

 ここで歌われている歌は、彼女のバックバンドのベース奏者、Zoltan Kovacs がハンガリーはもちろん、ブルガリヤやルーマニア方面までも視野に収めて、各地の民謡を再構成して作り上げた東欧紀行というかバルカン絵巻みたいな広がりのある楽曲群。色とりどりの地方色が描かれていて、のんびり聴いて行くと気ままな旅に出かけた気分にもなろうというもの。
 バックバンドも、ギターやサックスなど近代西欧の楽器に東欧の民族楽器やウードのようなアジアの楽器まで加わった賑やかな編成で、東西の文化の混交するバルカンの雰囲気をよく醸し出しています。

 そしてやっぱり Bognár Szilvia の明るい歌声が良いですね。なんか東欧物というと暗く閉ざされたヨーロッパ深遠部ってイメージが何かと正面に出て来てしまって、重苦しくてやりきれなくなったりしたんですが、このアルバムではドナウ河流れる緑の沃野に春の光が踊っている、なんて絵が浮んでくるのが嬉しいのですな。
 そして絵といえば、やはりハンガリーものにはどこかにヨーロッパのただ中に紛れ込んだアジアの血が匂う瞬間がある。ドナウを渡る風の中にときおり、遠い過去から吹き付けてくる中央アジアの砂嵐の気配が漂う。そのあたりを聴き取るのも一興というものでありましょう。

 いやあ、一度ほんとに旅してみたいものですなあ、ハンガリーの地を。