ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

記憶の石の上で

2010-10-13 01:40:35 | ヨーロッパ
 ”Dusgadh Awakening”by Joy Dunlop

 スコットランドの若い女性民謡歌手。彼女の今年出たデビュー盤とのこと。歌われているのは古い民謡ばかり。歌詞はすべてが、あのケルト民族が残していった言語、ゲール語である。
 彼女はスコットランド西部の島嶼部の出身のようで、ジャケにいくつかその写真が使われている、ほとんど廃村みたいに見える淋しい集落がその島の風景なのだろうか。そう思ってみると、なるほど、ゲール語の民謡などが普通に残っていそうな辺地だ、などと頷いてしまうのだが、あまり学問的裏付けのある推測でもない。

 Joyは非常に可憐で端正な歌い方をする人で、少しくらい音程狂ったほうが可愛げがあるのに(?)などと思うのだが、そのようなことはない。(そりゃそうだが)伝承音楽の歌い手らしく、凛として正しいメロディを歌いきる。
 収められた歌はそれも、北国の海辺の小村に歌い伝えられてきた民謡らしく厳しい表情のメロディを持っているが、ゲール語のフニャとした独特の響きゆえ、どれも柔らかな手触りとなっている。

 バックを受け持つ連中はかなり控えめなプレイをする連中で(無伴奏の詠唱もいくつか収められているくらいだし・・??)そしてギター、ベース、ピアノ弾き、誰もジャズ好きの個性を隠さない。間奏など、完全にジャズのセッション状態となる瞬間もあるくらい。
 このバックバンドのジャズ嗜好が、このアルバムの表情をなかなか良い感じに持って行っている。朗々とバグパイプが鳴り響いたりせずにジャズのグルーブが流れることで、音楽全体の出来上がりが過度に民族色一辺倒な方向に行かず、クールに保たれている。
 それは北国の海辺の小村の人々の物語を今日に生きる我々が感じ取るにも効果的な気がするし、可憐な歌声を厳格な伝承音楽家の表情で響かせるJoy嬢の硬質な感傷にもよく合っていると思われる。
 この効果、わざと狙ったのかどうか知らないが、バックの音までトラッド一色に染め上げないのも手だよなあ。

 何しろ歌詞はゲール語なので何が歌われているのかもちろん分からないのだが、たとえば冒頭に置かれた曲は、同じスコットランドの小島、スカイ島に住む女性によって第2次世界大戦中に書かれた、出征兵士と恋人の別れを歌った歌であると言う。
 厳しい海風に晒され凍りついた家々に差す暖かな昼下がりの日差しみたいに、過ぎ去った記憶の堆積の上をJoyの歌声が流れて行く。ゲール語の響きで丸っこくなった表情のメロディが渡り、凍りついた記憶の結晶がバターのようにゆっくりと溶け始める・・・

 残念ながらこのアルバムの音でYou-tubeにはあるのは、下のアップテンポのものだけでした。彼女、きれいなメロディをゆったり歌うのがいいんだけどねえ。まあでもこの歌がサウンド的には一番面白いんだから仕方ないか。