帰村・別件の調査-明治7年鳥海秀七代言人の業務日誌5月31日-6月6日
【はじめに】
鳥海秀七代言人の業務日誌シリーズは、下記参考文献をもとに、気になった一部の大意を記したものです。
【業務日誌】
1874年5月31日(明治7年)
晴。午前10時頃、当所(千葉の大沢屋)を出立し、成田山開帳の参詣に行く。
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1874年6月1日(明治7年)
晴。午後、当所(千葉の大沢屋)帰着。
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1874年6月2日(明治7年)
晴。当所(千葉の大沢屋)を出立し、帰村(小草畑村;現千葉県市原市)。
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1874年6月3日(明治7年)その1
大田喜(現千葉県大多喜町)へ行き、泉水村(現大多喜町)の戸長に出性名書の要請をし、作成してもらった。
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1874年6月3日(明治7年)その2
第六大区五小区
夷隅郡泉水村
農
<名前略>
右のとおり取調べ候ところ、相違なく御座候。以上。
右村
明治7年6月3日 戸長
小高八右衛門 印
小草畑村
<名前略>(鳥海秀七代言人の依頼者と思われる)
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1874年6月4日(明治7年)
晴。市野々(現千葉県長南町)の正作への督促に赴く。戸長は留守のため面会できず。
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1874年6月5日(明治7年)
晴。市野々(現千葉県長南町)の正作の件で判をついた者に会い、戸長の永嶋吉蔵殿に面会した。
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1874年6月6日(明治7年)
晴。午前11時頃村方を出立。午後6時頃、千葉旅宿(大沢屋)へ着いた。
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(参考文献)
橋本誠一著「ある代言人の業務日誌-千葉県立中央図書館所蔵『市原郡村々民事々件諸用留』」(同著『明治初年の裁判』所収)