リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

2013年6月~その3

2013年06月30日 | 昔語り(2006~2013)
駆け込み寺じゃないんだけど

6月24日。月曜日。雨。しょぼしょぼなどという半端なものじゃなくて、本気で降っている雨。ポーチの温度計は正午を過ぎてやっと13度。こんな調子じゃあ、暖房が入るんじゃないのかなあ。春が長引いているどころか、夏をスキップして秋深し・・・。

朝食を済ませてオフィスに直行。きのう、真夜中に飛び込んで来た急ぎの仕事をやっつけなければならない。真夜中前後は日本では1日の仕事が終わりに近づく頃で、よく「やる人がいない」と駆け込みの仕事を持ち込まれる。それを「ま、いいか」と引き受けてしまうもので、「あそこならやってくれる」と駆け込みが増える。ワタシは翻訳駆け込み寺じゃないんだけどなあ。たまたまのんきに書いていたブログを中途半端なままアップして、仕事。でも、ブログの最後がどうしても気になるので、何行か仕事をしてはブログの手直し。偉い人の意味深長な言葉の話とお金を動かす仕組みの話の「深くて暗い川」を行ったり来たりで、仕事の方は結局4分の1くらいしか進まなかった。

それで今日は初っ端から焦ったわけだけど、期限は日本の正午だから、こっちの午後8時。途中に夕食の時間が入るので、初めからハイギアで行かないと頭の中の時計のコッチ、コッチがだんだん大きくなる。そうやってワタシが仕事に没頭しようとするとカレシが「かまってチャン」になるのはどうして?でもまあ、それを何とか跳ね除けて、午後5時に完了。少し余裕ができたので、普通に夕食の支度をして、普通に食べて、普通にコーヒーを飲んで、見直しをして、午後7時40分、「送信」ボタンをカチッ。「退職してからの方が忙しくて時間が足りない」とカレシがよくぼやいているけど、ワタシはまだ仕事に追われてご隠居さんをやる時間が足りない。やれやれ、熟考の末に決めたこととは言え、半現役(75%現役?)というのも楽じゃない・・・。

リビングのテレビの前で居眠り中のカレシに「終わったよっ」。「へえ、また失業?」と、ワタシの仕事が終わったとたんに「かまってチャン」モード解除になるカレシ。しばらく一緒にテレビの24時間ニュースを見ていたら、100年に1度あるかないかの大洪水に見舞われたアルバータ州で、被災者たちが助け合いながら泥まみれになった家の修復作業を始めているという話。前例のない大災害で、被害総額は30億ドル(3千億円)とも50億ドル(5千億円)とも言われる。アルバータはカナダの石油・エネルギー産業の要で、その中心都市のカルガリーの中心部が冠水して経済活動はマヒ状態。カナダ経済の6月のGDP成長分からだけでも推定20億ドル(2千億円)が吹っ飛んだ勘定だそうな。

ところで、猫に九生ありというけど、町全体が被災したハイリバーで、水没するトラックから間一髪で脱出して、飼い主と一緒に泳いで助かった猫のモモ。こうして写真を見ると、なんだか堂々と泳いでいる感じだなあ。[写真]

飼い主のイェーツさんは避難の手伝いに出かけて何日かハイリバーに留まるつもりだったので、運転免許証もクレジットカードも現金も、iPodも2台のラップトップもスマホも全部無くしてしまったという。トラックは濁流の下で道路にできた陥落穴に落ち込んだのではないかと言われていて、見つかったというニュースはまだない。濁流は泳いでいて足が地面に触れないくらい深かったとか。共に九死に一生を得て、実家でくつろいでいるイェーツさんと泳ぎ猫のモモ。[写真] (Canadian Pressから拝借)。

よかったね!

夢は心理状態もデフラグするのか

6月25日。火曜日。雨は降っていなかったけど、今日もぐずぐずした天気。去年のちょうど今ごろの記事を読んで、え~っと思ったけど、なあんだ、去年もこんなような天候。ますます(ここだけ)地球寒冷化とか?

ヘンな夢を見ていたような気がする。まだホノルルでの会議の記憶が新鮮なのか、知っている人たちが大勢いて、がやがや。でも、ワタシが持っていたものがなぜか次々と壊れるから、ヘン。それを「預かって」くれる男性たちがいて、ますますヘン。おまけに肝心のカレシの姿はない。どうやら別のホテルで落ち合うことになっているらしいけど、ワタシの携帯まで壊れて連絡が取れない。そのうちに女性たちでおしゃれなレストランに入って、カレシとちゃんと落ち合えるか心配だと言ったら、ひとりが「向こうから探して来るから、大丈夫よ」。あっ、それもそうね・・・と、ヘンに納得したところで目が覚めた。結末を知りたいのに、夢って、どうしてこれから!というところで覚めるのかな。

昔は急にいなくなったカレシを必死で探し回る夢を何度も何度も繰り返して、かれこれ10年以上も見たもんだけど、今度のは「カレシの姿が見えない」のに、「どこかで落ち合うことになっている」(探さなくてもいい)という安心感が加わって、さらには「カレシの方からワタシを探して来る」(待っていればいい)という、何とも泰然とした態度。なんだかずいぶん風向きが変わったというか、それとも雲行きが怪しくなったのか、カレシが聞いたらギョッとするんじゃないかなあ。だって、ワタシの深層心理に変化が起こっているのかもしれないよ。(壊れものを預かってくれた男性たち、あれは何なんだろう・・・?)

夢の中でも仕事をしていることはよくある。たいていは言葉の意味がわからなくて、ああだこうだと考えているうちに、ああ、納期まで時間がな~い、どうしよ~、ということになったり、長ったらしいセンテンスを訳すのに四苦八苦していたりする。難しい言葉と格闘して、ややこしいセンテンスをねじ伏せて、やっと自信を持ったところで目が覚めてみたら、現実の仕事の難題とはまったく関係なくて、起き抜けから「骨折り損のくたびれもうけ」のような気分。そういうときは、何とも因果な商売だなあと思うけど、あんがい、予てからもっと適訳はないのか、もっとしっくりする表現はないのかと知恵を絞っていた課題が解決したりするから、夢のパワーは侮れない。

夢は記憶を整理するための脳内デフラグだと言われるけど、夢の中で眠りに落ちて夢を見るのはいったい何をデフラグしているんだろうな。実際に何度かそんな夢を見た。友だちと話し込んでいるうちに眠ってしまって、何とも奇怪な夢を見て、はっと目が覚めて、友だちに「ヘンな夢を見ていた」と話しているうちに現実に目が覚めて、「ヘンな夢を見た」ということになるんだけど、階段を降りて行くような感じでもあった。そういえば、黙想して浮かんだことをストーリーにまとめる創作講座では、デール先生に引導されて、心の奥深くにある自分の「聖域」に向かって、ゆっくりと「階段」を降りて行った。あの「聖域」は静かで、穏やかで、平和だった。あんがい、眠りの中でもそうやって自分の聖域へ降りて行こうとするのかもしれない。

ワタシは悪夢と言うものを見ることはあまりないんだけど、カレシとのことで人生が修羅場のように思えていた頃は、得体の知れないものに追い回されたり、押し入ってこられたり、しがみつかれたりして、半狂乱で逃げようとする夢を何度も見た。精神的に落ち着いてから下手の横好き流で絵を描くようになって、あの「得体の知れないもの」を描いて見た。

[写真] これを見て「何だか聖母のように見えない?」と言った人がいてびっくりしたけど、もしかして、あの「得体の知れないもの」がワタシの脳内でそんな風にデフラグされたのかなあ。夢って不思議・・・。

雑学は何でも屋のライフライン

6月26日。水曜日。起床は午前11時20分。よく眠っていたのに、カレシに突かれて目が覚めてしまった。せっかくまたおもしろそうな夢を見ていたのに。夢を見るのはレム睡眠のときで、そのときは脳は情報のデフラグで忙しいかもしれないけど、体の方は徹底してリラックスしているんだそうな。システムのメンテナンスみたいなものかな。

夢の解釈に関しては、夢占いから心理学までいろいろとあるけど、嫌な夢や怖い夢を見るのは、心身がストレス状態にあるという「警告」でもあるらしい。そういえば、最近は嫌な夢も心臓がどきどきして目が覚める怖い夢もほとんど見なくなったな。精神的に落ち着いたということなんだろうと思う。ヘンな夢のうちで一番不思議だったのは、自分が殺されてしまった夢。いきなり後ろから頭をガンっと殴られて殺されて、うつ伏せに倒れている自分の死体をまるで体外離脱体験のように見ていた。恐怖感はまったくなくて、妙に「静穏なり」という感じだったな。聞くところによると、自分が殺される夢は、「再生」や「転機」、「問題解決」を示唆する幸先のいい夢なんだそうな。でもなあ、たしかに吉夢は何度でも見たいと思うけど、自分が殺される夢ってのは、やっぱり一度でいいよね。

今日もまた前夜の駆け込み仕事の仕上げで1日が始まる。今度のは小さいから余裕たっぷりで仕上げられるんだけど、内容がまた小町の掲示板に出て来そうな話。やっぱりこういうことが現実にあるんだなあと改めて感心。企業内部の文書だから、当然職場での人間関係が根本問題なんだけど、そこには先行きの不安に始まって、仕事や人間関係に関する不平不満、憤りやら妬み、恨みがてんこ盛り。これが普通の日本企業だったらもっとどろどろしているのかなと想像を逞しくしつつも、もしかしたら(匿名だから)小町の書き込みを拝借して来たんじゃないのかと勘ぐってしまう。小町横町の世相はいつも十分にどろどろしているけど、こういう話を現実のこととして聞くと、やっぱり社会全体がどこかで深く傷ついて、イライラと閉塞感に苛まれているような印象は拭えない。

日本の80年代のバブル景気は経済よりも社会と人間に大きな禍根を残したというのがワタシの持論みたいになっているけど、家族や夫婦、友だち、同僚と言った人間関係の底に疑心暗鬼と憤懣、嫉妬がどろどろと淀んでいるような感じがする。井戸の外から見ただけの印象ではあるけど、他人とどう接したらいいのかわからなかったり、他人との距離や境界をつかめなかったりする人たちが多い。まあ、バブルだけが諸悪の根源ではなくて、不運にも人生の基盤を築く時期が「失われた20年」と重なってしまった世代や、世の中を渡って行くために必要な「知恵」を身につけられないまま大人になった「ゆとり教育」世代が社会の中核になりつつあることも大きな要素なのかもしれない。

ま、こういときの参考に小町横町の掲示板を読んでいたわけじゃないけど、何が重宝するのかわからないのが何でも屋の雑学データベース。仕事の方はしゃかしゃかと2時間ほどで仕上げて、さっさと納品。「営業中」の札をくるっとひっくり返して、「本日の営業は終了しました」。だって、今夜はシーズン最後の芝居『Avenue Q』のオープニングナイトで、6時半から「芸術監督サークル」のレセプションがある。10年ほど前にブロードウェイでトニー賞を受賞したという異色のミュージカルということで、なんとなく、アメリカの「ゆとり教育世代」の自分探しのようなところもあるけど、社会風刺がふんだんに込められているとか。昔、土曜日の朝にNHKで『セサミストリート』を見ていたワタシだし、楽しみ・・・。

国際化がカタカナ英語にならないのはなぜ?

6月27日。木曜日。目覚ましが鳴らなかったけど、午前11時40分に目が覚めて滑り込みセーフ。木曜日専用の目覚まし時計の電池がなくなって、アラームを鳴らせなかったらしい。まあ、10分の寝過ごしで済んだのは何より。今日も湿っぽいけど、三連休になるこの週末の予報は最高気温が何と25度から27度。カナダ建国記念日の7月1日はいつも「夏解禁」のような日ではあるけど、それでも急だなあ・・・。

さて、今日もきのうのファイルの続きの駆け込み仕事で1日が始まった。発注元のご指名でワタシが専属みたいになっている関係上、ひとつ問題が起きると次々とレポートが書かれ、英訳発注となる。外資なので日本語が分からない人もいるからそういうシステムになっているんだろうけど、小町横丁に貼り出されるような箸にも棒にもかからないような類の苦情を、きちんと調べてレポートを上げる姿勢は欧米系外資のいいところかもしれないな。日本企業だったらそうは行かないだろうと思う。まあ、ワタシの日本企業経験は田舎のお殿様会社での10ヵ月だけだし、長いこと日本の世間の風に当たっていないから、ほんとのところはわからないけど。

グローバル化で日本で営業する外国企業が増えたのか、技術や財務、法務とは別の部門で「社外秘」的な翻訳需要が出てきたのかもしれない。昔は英文秘書といった職があって、ワタシも英文秘書を養成X
する学校に行って、そろばんや簿記と並んで欧米式の秘書業務を一応ひと通り学んだわけだけど、今は「英語ができる」人も翻訳者もごまんといるらしいから、特に「英文秘書」なんて職種があるのかどうかわからない。ワタシのときだって、東京じゃない地元での「英文秘書」の需要はないに等しかったな。まあ、「国際化」なんてまだ流通していなかったし、秘書の募集広告にはくまなく「容姿端麗」という言葉が入っていた頃の話だけど。

もっとも、ワタシは未だにこの「国際化」が実際にどんなものなのか分からないでいる。ビジネスの場合はグローバル化と同義語のようなものだろうとわかるけど、一般の感覚で言うと何なんだろうな。ひんぱんに海外旅行に行くことが国際化?「英語ペラペラ」になることが国際化?語学留学やワーホリにでかけるて海外生活をするのが国際化?それとも、外国人の友だちをつくることが国際化?何をするのが国際化なのか?はっきりした「国際化」のイメージがわかないんだけど、この「国際化」を「internationalization」訳されるとますますわからない。でも、日本ではあれだけカタカナ英語が溢れているというのに、「国際化」はなぜか日本語のままなのはおもしろいな。

そのカタカナ英語を使いすぎると、正しい日本語の牙城だと思っていたNHKが訴えられたとか。これに対してNHKは「コメントできない」と言ったそうな。カタカナ英語は、元が英語だから翻訳者には便利なように見えるけど、実はカタカナ化のパターンによっては翻訳者泣かせ。カタカナ化した上で4文字か3文字に短縮したものと、日本的イメージが透けて見える和製英語には悩まされることが多い。前者は元の英語がわからないと訳せないし、PRや広告などによく出てくる後者は元より英語的な英語じゃないからわかるわけがない。そういうカタカナ語の巣窟になっているいわゆる「ガーリーマガジン」の翻訳を頼まれることはないからいいけど。「エロ雑誌」の翻訳をしているなんて、口が裂けても人に言えないもんね。

言語に関する「愚行」となると、カナダのフランス語圏ケベック州の「言語警察」がダントツの一番かな。フランス語を守るというよりは、フランス語以外をケベックから駆逐しようと躍起のようで、コメディタッチの摘発をやっては、カナダ全国は元より外国にまで笑われている。イタリア語の「パスタ」をフランス語に変えろ。レストランの壁の絵に英語の単語があるから外せ。アメリカ系ヨーグルトチェーンのプラスチックスプーンは英語かどうかを捜査中。政府がこれだから、大手スーパーのある店では店長が完璧にバイリンガルの英語系の店員に休憩時間も含めて店内での英語使用を禁じたという話まで出て来て、呆れられている。

もっとも、英語そのものでも、昨今はヘンな英語が増えているから、人さまのことは言えた義理じゃないんだけど、名詞の「動詞化」は流行りのような観さえあって、綴りや文法までが怪しくなって来ている。まあ、言葉そのもののコミュニケーション力が低下しつつあるようにも思えるけど、この調子だと、いくら国際化のかけ声の下で英語を勉強しても、変化が速すぎて追いつけなくなる日が来たりして・・・。

自然体で気楽にね

6月28日。金曜日。目が覚めたらもう午後1時。うわっ、9時間も眠っちゃった。曇り空だけど、何やら暑くなりそうな気配。天気予報は「猛暑」になると恐ろしいことを言っているけど・・・。

起きるのが遅かったけど、夕食をその分だけ遅くすればいいしということで、予定通りにチキンベーコンと目玉焼きで朝食。ときには朝から良質のたんぱく質をしっかり取らなきゃね。

連続ドラマみたいに入ってくる仕事がひとつ残っているけど、日本はもう週末だから後回しにして、今日はのんびり。電話が鳴って、久しぶりにカレシの友だちのイアンからのよう。ハワイの話に始まって、飛行機がどうの、ホテルがどうのと、あれこれ旅行の話。そのうちに、

「どうなんだろうなあ。引退するとかしないとか言ってはいるけどね・・・」。(あれ、もしかしてワタシの噂話・・・?)「まあ、なんかフツーに仕事を続けている感じだな・・・」。(あ、やっぱりワタシの話・・・。)「そうなんだよ。得意先にそこを何とかと言われると断れないタチだからね・・・」。(だって、だって・・・。)「それでも少しは仕事を減らしているようだから、いつかは引退するんじゃないかな」。(あはあ、わかってるんだ。そうそう、そのうちいつかね。)「オレはけっこう忙しくしてるけど、そっちは?」

2人の話題は自分たちの隠居暮らしの現状の方へと流れたらしい。それにしてもまあ、「引退するの?」、「いつ引退するの?」と、外野席のうるさいこと。今年のワタシの方針は「play it by ear」、つまり、臨機応変にぶっつけ本番の出たとこ勝負。まあ、この先の人生は自然体で気楽に行こうじゃないのってところなんだけど。

「どこへ行くの?」郵便局。不在通知が入っていたから取りに行くの。エアマイルのポイント交換で注文したコーヒーメーカーだと思うよ。「へえ、もう来たんだ。ところで、今晩のディナーは何?」生ちらし。ご要望にお応えして・・・。「おっ、やった。合いそうなサラダを考えとこう」。

ま、今日は「ご隠居さん」モードで行こう。では、運動をかねて郵便局までひとっ走り・・・。

急に暑くなって来た

6月29日。土曜日。目が覚めたらもう正午過ぎ。かなりの汗をかいていた。ベッドルームの温度はもう28度。ずっとぐずぐずしていたせいか、けっこう湿度があって体感温度は高く感じる。さっそくクーラーをオンにしたけど、はあ、予報通りに「猛暑」になるのかなあ。暑くなる~と言われただけで、もうなんだかかったる~い気分・・・。

アメリカ南部はすごい猛暑。ラスベガスは46度、アリゾナ州のフィニックスでは48度、テキサス州も軒並み40度で、カリフォルニアの保養地パームスプリングスは何と50度。地球上での最高気温(57度)の記録を持つデスヴァレーでは51度を超え、週末には55度まで上がるかもという予想で、迷い込んだらあっという間にミイラになりそうな、文字通り「死の谷」。ジェット機が安全に飛べるのは52度が限界だそうで、航空会社は温度計を睨んでやきもきしているとか。アメリカは温度の単位に頑固に華氏を使っているから、38度を超えると数字が3桁になる。摂氏50度は華氏では122度。もう数字を見ただけで重篤な熱中症になってしまいそう。この猛暑、アリゾナからネヴァダ、ユタ、モンタナへと北上しているそうで、だらだらと春をやっていたバンクーバーが急に暑くなったのも、どうやらその影響らしい。

カレシは暑くて庭仕事ができずにやきもき。水遣りだけで「暑い~」と飛び込んで来る。我が家のあたりの戸外の気温はせいぜい25度なんだけど、「蒸し暑いんだよ。まるで東京みたいなんだよ」。そういえば、去年、台風が通過した翌日は蒸し暑かったな。でも、東京みたいだと言えるほどには、日本の蒸し暑さを経験してないじゃないの、私たち。「じゃ、オタワに訂正。まるでオタワみたいだ」とカレシ。あ、それならわかるな。夏の蒸し暑さに耐えられなくて、将来有望な連邦政府統計局の職を2年で放り出してUターンして来たんだったね。なにしろ、東部のトロントやオタワは日本の夏に劣らないくらいの聞きしに勝る蒸し暑さらしい。(ワタシは乾燥していればいくら暑くてもいいけど(といって40度はごめんだけど)、蒸し暑いのはたとえ25度でもへたれそう・・・。)

庭仕事で運動するには暑すぎると、今日はカレシもトレッドミル。しばらくピコピコやっていたかと思ったら、「お~い」。はいはい。もう3、4回、ステップバイステップで設定の仕方を説明したんだけどなあ。他のことはちゃんと覚えられるのに、ミニ耕運機だって説明書を読みながらちゃんとひとりで組み立てられたのに、DVDレコーダーだって、iPodだって、ちゃんとひとりで操作を覚えたのに、家の中にあるキカイの操作だけは、いくら手取り足取りで手順を説明しても覚えられないのって、ほんっとに不思議で、不思議でしょうがないんだけど、どうして?

何だかんだと言いながらカレシがトレッドミルを使い終わるのを待って、ワタシも今日の運動。傾斜を上げながら時速3.5マイル(5.6キロ)で15分のウォーキング。傾斜が4パーセントになると坂道!という気分になって、じわじわっと汗が出て来る。今日は暑いから、同じ運動量でもいつもより汗をかいた感じ。でも、運動が終わって、ウォータークーラーの冷たい水をぐいっと飲んで、熱いシャワーで汗を流すのは実に快適。さっぱりして、あ~っとなったところで、夕食の準備の時間。まずはカレシ特製の冷えたマティニを一杯やって、ああ~っ。カレシのマティニの腕はプロに勝るとも劣らずだけど、オリーブは塩辛いのがどうかワタシの顔がくしゃっとなるので、中のピメントだけ食べて空っぽになったのをカレシに、はい。

今日のメニューは夏ばて防止に「豚肉のしょうが焼き」。ときたま脂っぽいものを食べたくなるので、脂の多いばら肉も(脂身が嫌いなカレシに分からない程度に)少し混ぜてしまおう。夕食が終わったら、残っている連ドラの仕事をしゃかしゃかっとやっつけてしまおう。やっぱり目の上のたんこぶのように邪魔っけでのんびりし切れないから困ったもんだ。調子に乗ったついでに月末処理もやろうかな。あしたは6月最後の日で、もう1年が半分終わり・・・。

年と共に穏やかな日常に戻って行くのか

6月30日。日曜日。暑い。前庭は西向きでまだ日が当たっていないのに、ポーチの気温は正午にはもう24度。南からいっぱいに日が当たる裏庭はとうに30度くらい行ってそう。水遣りをしているカレシに声をかけようと、裏のポーチに出たら、わっ、暑っ。うっかりアルミ被膜の敷居を踏んだら、かかとをちょっとやけどしたようで、しばらくの間ひりひり。バンクーバー市内で30度はめったにないから、もうこれは猛暑日。

今日で6月が終わり。というころは1年の半分が終わり。いやあ、早いなあ。だんだん早くなる感じがするのは、やっぱり年なのかな。そういいながら、月末処理。Excelのログを開いて、6月の記録を年間累計のシートにコピーして集計。半年で漠然とした年間売上げ目標の半分。後半年このペースで行けば、今年は8ヵ月分の年金と合わて23年間の平均収入の65パーセント。先細り式引退計画はまあまあの出足というところ。日本は月曜日の朝なので、ささっとインボイスを作って、きのう片付けた納品ファイルと一緒に送り出して、カレシが言うところの「失業中」。

外はとにかく暑いのひと言に尽きるんだけど、家の中はメインのサーモスタットが27度になっているのに、意外と涼しく感じられて、汗もかかないから不思議。二階でクーラーをかけているので、冷えた空気が階段を伝って一階に下りてくるようだし、その排気で常時換気装置が取り入れた外気を冷やして家中に循環させるからだろうな。半地下のオフィスはだいたい夏涼しく、冬暖かいので、室温は年中あまり変わらない。外が猛暑のときは「引きこもり」を決め込むのが一番(といって、ハワイではかんかん照りの中を歩き回って盛大に焼けて来たくせに・・・。)

家の中は快適なのに、気分的「暑い」せいか、せっかく仕事のINBOXが空っぽになっても、特に何をしたいというと言う気持にならない。午後いっぱいだらだらしていて思い立ったのが、ゲームのアプリを探してタブレットにダウンロードしようという、何とも「遊びモード」満開のアイデア。マージャンとソリテアはあるけど、何かおもしろそうなのがないかな。ウィンドウズよりも前のDOSの時代によく遊んだような、ピーコ、ピーコ、ドカンとUFOを打ち落とす単純なゲームがいいかな。探してみると80年代終わりの古いDOSのゲームを今の機械で使えるように手直ししたものがけっこうあるのでびっくり。でも、カラフルになって、黒い画面にオレンジ色だった頃とは雰囲気が全然違う。

結局はグーグルのプレイストアでタブレット用の「Scrabble」(スクラブル)をダウンロード。ワタシが生まれた年に作られたというクロスワードパズル風のボードゲームで、アルファベットの文字のタイルを組み合わせてボードの上に単語を綴って、各文字の点数とボードの上のマスのところどころにあるダブルやトリプルのおまけ得点を足して、タイルがなくなったときの合計点数で勝敗を決める。見つけた(広告満載の)無料ゲームはエレクトロニックアーツのもので、オフラインで2人のプレーヤーの順番を1人でやれるからおもしろそう。

もうずっと昔になるけど、夕食後のひとときや週末にカレシとよくこのスクラブルをやったな。板紙のボードに木のタイル。得点はメモ用紙に手書き。あの頃は住宅ローンを抱えた普通の若い共働き夫婦だったから、コンサートやレストランに行けるような余裕がなくて、(見られる番組が多かった)テレビを一緒に見る以外、2人の娯楽はもっぱらゲーム。カードゲームのジンラミーやクリベッジもずいぶんやったし、チャイニーズチェッカーもずいぶんやったし、バックギャモンもやったし、チェスもやった。(チェスだけはカレシに勝ったことがないけど。)なつかしいな。あの頃の私たちの日常は貧乏なりに穏やかだったな。

はて、加齢と共に私たちはまたあの頃のような穏やかな日常に戻って行くのかな。あんがいそれぞれのタブレットでそれぞれにゲームをしていたりして。で、ときどき互いに「勝ってる?」 「いや、負けっぱなし」なんて笑い合っていたりしてね。それもまあ、穏やかと言えば穏やかでいいか・・・。