尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「草の響き」、佐藤泰志原作5度目の映画化

2021年11月03日 22時30分14秒 | 映画 (新作日本映画)
 選挙関係で「後で書く」と書いた問題が幾つもあるが、それはもっと後に回す。最近は昔の映画を見ることが多く、シネマヴェーラ渋谷の「神話的女優」特集で「カサブランカ」を何十年ぶりに見られた。イングリッド・バーグマンの絶頂期だなあと見つめるしかない。国立映画アーカイブの五所平之助監督特集もちょっと見てる。しかし、そういう古い映画ではなく新作。映画「草の響き」について上映が終わる前に書いておきたい。

 「草の響き」は1990年に自ら命を絶った作家、佐藤泰志の5度目の映画化作品である。函館出身の佐藤に関しては、再評価、映画化によって文庫で再刊されるようになった。それを読んで「佐藤泰志の小説を読む」(2016.10.5)を書いた。「草の響き」って小説があったっけと思ったが、「君の鳥はうたえる」(河出文庫)に収録されていた。今までの映画化には「海炭市叙景」「そこのみにて光輝く」「オーバー・フェンス」「君の鳥はうたえる」がある。いずれも僕の好きな映画だが、函館オール・ロケの映画になっている。

 原作を読めば判るけれど、函館出身だけど函館を書いた作品は少ない。実は東京に住んで70年代の中央線沿線を舞台にする作品の方が多い。「君の鳥はうたえる」「草の響き」の原作は函館が舞台ではないのだが、それを函館に移して映画化している。そういうやり方があったかという感じ。原作は映画向きとは思えないが、それを膨らませている。現代の若者たちも登場させて、作品世界を広げた。しかし、基本は主人公と妻と友人。この3人という構図が佐藤作品には多い。映画「君の鳥はうたえる」ではそれが柄本佑染谷将太石橋静河だった。「草の響き」では東出昌大(工藤和雄)、奈緒(工藤純子)、大東駿介(佐久間研二)である。

 キャストを見て判るように、この映画では和雄の存在感が大きい。原作は主人公のモノローグだというが、自律神経失調症と診断されて、運動療法としてひたすら走る男の物語である。東出昌大はやっぱり大した役者だなあという感じで、現実世界とズレてしまった男を演じている。もともと東京で働いていて、病気になって妻と帰ってきたという設定。妻はやがて妊娠し友人もいない街で心細いが、和雄の病状は一進一退。走ることには熱中し、ほとんど自己目的化している感じ。夫婦がともに暮らしていくのは難しいことも多い。東京で編集者として働いていた男が、どうして心の失調に悩むようになったのか。そこら辺は詳しくは語られないが、函館の風景をうまくいかして、心にしみ入る映像になっている。
(走る和雄)
 いつも走っている海近くの公園では、高校生3人が遊んでいる。スケボーを教え合ったり、花火を打ち上げたり。この3人が男2人、女1人なので、和雄たち3人の過去がインサートされているのかと最初は思ってしまったが、そうではなかった。現在を同時に行きている若者たちで、その証拠に男子2人はやがて和雄と一緒に走り始める。この走る療法は佐藤泰志の実体験らしい。「自律神経失調症」と診断されているが、うつ病みたいな感じもする。もともと症状的には似ているが、僕には違いがよく判らない。
(妻役の奈緒)
 監督は斎藤久志、脚本は加瀬仁美、撮影は石井勲だが、僕はよく知らないがなかなか達者な仕事ぶりだと思った。妻役の奈緒は最近いろいろと出ているが、映画「先生、私の隣に座っていただけませんか?」の漫画誌編集者より、こっちの方が良かった。3人の若者の一人、彰という役をやってるKayaはやけにスケボーがうまいと思ったら、実際のスケーターだという。函館と言っても、朝市や市電は出て来ない。奈緒は函館山ロープウェーで働いている設定らしいが、他は一切観光地らしい風景が出て来ない。港町の中にある日常の町並みが興味深い。
コメント
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