尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

フランス映画の傑作「田園の守り人たち」

2019年08月20日 22時14分53秒 |  〃  (新作外国映画)
 岩波ホールで23日まで上映中のフランス映画「田園の守り人たち」(2017)は、静かな傑作だった。135分もあるし、猛暑の中で見に行っても涼しくて気持ちよくなって寝ちゃうんじゃないかと心配だった。でも全然退屈なシーンがなく、画面に見入ってしまった。もっとも映画の前半は、小麦の農作業をじっくりたっぷり見るだけ。だがそれが面白い。時代は第一世界大戦中で、男たちは戦争に取られている。残された女性たちが農業を必死で支えている。まだ機械化されてなく、すべて昔風に人力でやってる。まるでミレーの絵画を見るような画面が素晴らしい。そんな苦労をきめ細かく描いていく。

 主人公オルタンスは農園の未亡人で、二人の息子は戦場にいる。娘のソランジュの夫も従軍中で、農園は母娘で支えているのである。オルタンスを演じるのは名優のナタリー・バイ。1948年生まれだが、実際に農作業を実演している。ナタリー・バイはセザール賞の主演、助演女優賞を各2回ずつ計4回受賞した名優。トリュフォーの「緑色の部屋」の主演女優で、僕は来日したときにトークを聞きに行ったことがある。大歌手のジョニー・アリディとの間に娘がいて、そのローラ・スメットがソランジュを演じている。初めての母娘共演だというが、見事なアンサンブルに見応えがあった。
(右がナタリー・バイ、左がイリス・ブリー)
 しかし、さすがに人手がもっと必要で、永続的な働き手を探すと、20歳のフランシーヌがやってくる。孤児で恵まれない人生を送ってきたが、誠実に働き次第に信頼されて行った。フランシーヌを演じるのは、新人のイリス・ブリーで、偶然見つかったんだというが実に素晴らしい。20世紀初頭のホンモノの農民っぽい。フランスでは時たま兵士が休暇で帰省できるようだが、次男が帰ってきたときにフランシーヌを見初めて二人は仲を深めて行く。森を訪ねてドルメン(支石墓)の前で結ばれるシーンが素晴らしい。そしてハッピーエンドになるかと思えば、そこからが思わぬドラマの始まりだった。
(次男とフランシーヌ)
 最初は手作業が主だった農業も、やがて機械化の時代へ少しずつ変わって行く。第一次大戦というのは、戦車や飛行機が戦術として一般化して行く時代だが、同時期に農業機械も一般化していたということが示されている。そんな変化を受け入れて行く一家なんだけど、まだまだ古い閉鎖社会の名残りが人々の心には残っている。大戦に参戦したアメリカ兵が到着し、前線に行く途中に付近を通って行く。これらの若い米兵の存在が村の秩序にも影響を与える。そして一家の心も引き裂いて行く。

 「女性と戦争」をテーマにして、日本映画でも多くの作品が作られてきた。どの映画でも女性の強さが描かれることが多い。この映画でも同じなんだけど、自らの力で時代を切り開いて行くと同時に、オルタンスは家族を守るために「怪物」にもなる。そういう凄みを描くのが特徴だろう。田園地帯は単に美しいだけではないということだ。監督はグザヴィエ・ボーヴォワ(Xavier Beauvois、1967~)で、カンヌ映画祭グランプリを取った「神々と男たち」で知られる。これはアルジェリアで実際に起こったイスラム過激派による修道士襲撃事件の映画化で、恐るべき迫力だった。音楽は亡くなったミシェル・ルグランで、さすがに見事に人々に寄り添う。戦時下に人々の生活がいかに変えられてゆくか。戦争の恐怖がいかに男たちを変えてゆくか。静かに見つめた反戦映画でもあった。
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