尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

マレーシア総選挙と東南アジア情勢

2018年05月11日 23時26分01秒 |  〃  (国際問題)
 朝鮮半島や中東の情勢はもっと書くべきなんだけど、前から東南アジアを書きたかった。ちょうどマレーシア総選挙で初の政権交代が起こったので、この機会に各国の様子をまとめておきたい。僕は昔から東南アジア地域に関心があって、鶴見良行さんの本などをよく読んでいた。海外旅行は少ないけど、最初に行ったのがタイ、マレーシア、シンガポールである。映画でもタイやインドネシア、ヴェトナムなどの映画をずいぶん見てきた。

 昔からすごく気になる地域が東ヨーロッパ東南アジア。諸勢力の狭間のような複雑な歴史、そこから来る重層的、複合的な文化が面白い。特に東南アジアは政治的、経済的に日本に大きな意味があって無関心ではいけない地域だが、現状を見ると心配がつきない。50年ぐらい昔は「アジアは近代化できるのか」と問われていた。「日本だけが例外だった」と言うのである。80年代になって、韓国、台湾、香港、シンガポールが工業化に成功し「アジアの4小龍」と言われた。さらに中国やインドも工業化が進んで、今じゃ「アジアでは工業化は成功しない」なんて誰も言わない。

 一方、社会の民主化はどうだろうか。ある時点までは、工業化の進展で中間層が増え、その影響で民主化も進むという説があった。実際、80年台後半に韓国台湾で民主化が進み、普通選挙でリーダーを選ぶ体制が実現した。曲折はあるが、韓国、台湾では民主体制が定着している。東南アジアでも、1986年のフィリピン「ピープル・パワー革命」、1998年のインドネシアのジャカルタ暴動とスハルト退陣による民主化が起こった。一時は社会の発展で民主化が進むかのように見えたが、21世紀になってむしろ情勢は逆戻りしている。

 タイでは昔から選挙が行われていたが、タクシン元首相派と反対派の対立が激化して、2014年に軍によるクーデタが起こった。その後、憲法が制定され民政に復帰すると言われながら、その時期が延ばされ続けている。また、ミャンマーでは長い軍事独裁がついに終わり、2015年11月に選挙が行われアウン・サン・スーチー率いる国民民主連盟が圧勝した。事実上のスーチー政権ができ、それで万事解決かと思ったらそうはいかなかった。その後、民族対立が激しくなり、特にイスラム教徒のロヒンギャ族の虐殺問題が激化した。仏教徒に支えられるスーチー政権は問題解決にリーダーシップを発揮できないままである。

 そんな中で、5月9日に行われたマレーシアの総選挙で、独立以来初めての政権交代が起こった。野党連合の「希望連盟」を率いる元首相のマハティールが、92歳の高齢ながら首相に就任すると見られている。与党「国民戦線」のナジブ・ラザクは2代首相のアブドラ・ラザクの子で、2009年以来首相を務めていた。マハティールは1981年から2003年まで、22年間も首相を務めていた。高齢の首相と言えば、インドでは80代の首相が今までにいたが、90代というのは世界でも初めてではないか。さて、このマレーシアの選挙結果は民主主義の勝利と言えるんだろうか。
 (選挙勝利を喜ぶマハティール)
 現在の政府に対して、反対派が共同して選挙で結集した。そのことにより政権交代が実現した。そう言えば、それはその通りだと思う。だけど必ずしも「民主主義の勝利」と喜べるかどうかは留保が必要だ。その理由はいくつか挙げられるが、まずはマハティールがリーダーだということ。これはそこまで与党の分裂が深刻だったと言えるが、日本で言えば小泉純一郎が自民を離党して野党共闘の首相候補になったといった感じか。かつての「実績」と「人気」を覚えている人がいるだろうが、それが「真の政権交代」と言えるか。

 マレーシアは典型的な多民族国家で、1969年にはマレー系と中国系の大規模な民族衝突が起きた。それ以来「マレー人優先政策」(ブミプトラ)が取られてきた。そのためマレー系有権者はマレー系与党の「国民戦線」に投票してきた。野党は中国系やインド系が中心となっていたので、反体制知識人が存在する大都市以外で野党が勝つことは難しかった。しかし、近年国民戦線の腐敗、縁故主義が批判を浴び与党を離れるマレー人も多くなっていた。今回は事前に野党優勢が伝えられていたが、いよいよ現実に政権交代が起きた。しかし、政権運営がうまく行かない場合、民族対立が激化しかねない。

 政策的には与野党ともに、バラマキという言葉では済まない、利益誘導的な公約を掲げた。いったん導入された消費税を廃止するなど本当にできるのだろうか。今回の選挙をきっかけに、今まで以上に果てしない利益誘導政治が始まりかねない。確かにナジブ・ラザク政権の腐敗体質が断罪された面はある。しかし、伝統的に国民戦線が強いボルネオ島北部のサバ、サラワクなどとの地域分断も起こりかねない。難しい政権運営になるのは間違いない。

 人権無視が甚だしいフィリピンドゥテルテ大統領、最近独裁化の著しいカンボジアフンセン首相などの問題を書く余裕がなくなった。そこでは中国とどう関わっていくかという今後のアジアの大問題がある。また地域内の最大国家で、G20に唯一参加しているインドネシアで、宗教対立が激しくなりつつあるのもとても気になる。書いてると終わらないのでもう止めるが、この地域との関係はとても大事なのでニュースには注目していきたいと思う。
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