なみへいへ
例年どおり残暑厳しく、また仕事も質量ともにボリュームアップしているため、連日の残業続きでさぞかしお疲れのことと思います。
そんなさなか、いえむしろだからこそ、あなたに是非読んでいただきたいお薦め本があります。
きっかけは、脳科学者で文章の達人、茂木健一郎さんの書評でした。本書の内容を考慮すると、通常の感想にあたる簡単なあらすじにふれるといういつものスタイルをとれないし、また茂木氏の書評もいつもながら素晴らしいので、以下に添付しましたのでよかったら一読ください。
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「平穏さに潜む恐怖感」
カズオ・イシグロと言えば、英国文学における最高の栄誉であるブッカー賞を受け、後に映画化もされた『日の名残り』の印象が強い。日本生まれであるにもかかわらず、英国人以上にかの国の本質がわかっている。そう思えるほど、かつての栄華を回想する老執事の人物造型は見事だった。
『わたしを離さないで』は、『日の名残り』に通じる抑制の利いた文体で、ごくありきたりの日常を描いているように見える。ところが、読み進めるにつれ、その一見平穏な生活の背後から、次第に奇妙な感触が伝わり始めるのだ。
やがて、語り手のキャシーや、友人のルース、トミーの人生には、何かとてつもなく恐ろしい秘密があるらしいということに読者は気付かされていく。事態の全貌(ぜんぼう)が明らかになった時、読者は血も凍るような恐怖感を覚えることになる。イシグロの文章が平穏なだけに、かえって魂の奥底にまで届くような衝撃があるのである。
キャシーやその周囲の人たちが「介護人」や「提供者」といった言葉の背後に隠しているある戦慄(せんりつ)すべき真実とは何か? 未来がもしこの小説のようになってしまったら、世界はもはや悪夢でしかない。しかし、私たちの社会は確実に『わたしを離さないで』が描くような世界に向かっているのかもしれない。
多くの論議を呼ばざるを得ない危険なテーマを敢えて取り上げることで、この小説はすぐれた同時代性を獲得している。
それにしても、「ヘールシャム」に学ぶキャシーたちは、なぜ自分たちの運命に対してこれほど従順なのか。時々爆発するトミーは困りものではなく、むしろ人間本来の姿なのではないのか。キャシーたちの置かれた境遇が、全てがシステム化されていく現代に生きる私たち一人ひとりの寓話(ぐうわ)なのだと思い至った時、この希有な小説の恐ろしさは底知れないものとなる。土屋政雄訳。
◇カズオ・イシグロ=1954年、長崎県生まれ。作家。5歳で渡英、帰化。
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最近の科学の発達には、目をみはるものがあります。しかしながら、戦争が科学の発達を促進したという側面があるように、本書の登場人物であるマダムの「科学が発展して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。」という告白は、単なる小説の中のできごととやり過すことはできません。科学の発達には、光ばかりでなく、悲しいことに、時に人類の愚かな失敗としての影を落とすこともあります。
そしてこの本をミステリーやSF小説というカテゴリーで読むのは、誤りです。語り手のキャシー、友人のルース、そして最初から愛し合っていたはずのトミーに、そして、「ヘールシャム」に学ぶすべての”生徒”に共感することで、はじめてこの本を読んだ価値が生まれます。キャシーは、彼らは、ただひとつの目的のために、生まれながらにして”教育”というもっともらしい美しい言葉のもとに、優しい先生たちに閉鎖された社会で飼育されて育ちます。集団生活のなかでまわりとうまく協調し、共通の楽しみや遊び、ある時は架空の道具を見つけて共有することでコミュニケーションをとり、大笑いし、語り合い、うっすらと感じている真実からあえて遠ざかったところにひっそりと存在しています。彼らはそれが置かれた立場において、最も賢明な方法と無意識のうちに自覚しているからです。茂木氏も言及しているように、彼らは何故従順なのか。自分たちの存在理由を考えると、なにを、どう考えても、どうやっても、レールがすでに生まれる前からしかれているので、、、すべてが無駄だからです。ただ、人類の叡智という言葉に、わたしは人間の本来もっている力を信じます。それは、科学や科学技術の発達とともに、決して失われない賢明で純粋であたたかい志しをもつ力です。
忘れないで欲しいのは、わたしたちの人生は、わたしたちのものだということです。
カズオ・イシグロ氏の本書は、『タイム』誌において文学史上オールタイムベスト100に選ばれています。将来、未来のこどもたちがこの本を手に取った時に、幸い荒唐無稽な設定と感じるような時がくるかもしれません。また、著者をはじめとして多くの人のある種の研究成果に関しては、科学的な誤解もあるとも感じています。それでも、生きる意味を投げかけている普遍的なテーマーに貫かれた本書は、後年長く読み続かれるでしょう。
作家に対しては、全寮制のエリート教育、科学教育に力をいれている英国で育った影響も感じます。さらに”I”を”私”でなく、”わたし”と約した訳者の力量の功績も称えたいですね。
それでは、これ以上は本をお読みになった後ということにして、次のカズオ・イシグロ氏のメッセージをお伝えすることで送信します。体調を崩されないようくれぐれもご自愛のほどを。では、いずれまた。。。
「人の一生は私たちが思っているよりずっと短く、限られた短い時間の中で愛や友情について学ばなければならない。いつ終わるかも知れない時間の中でいかに経験するか。このテーマは、私の小説の根幹に一貫して流れています」
■ES細胞のあらたなる研究成果
例年どおり残暑厳しく、また仕事も質量ともにボリュームアップしているため、連日の残業続きでさぞかしお疲れのことと思います。
そんなさなか、いえむしろだからこそ、あなたに是非読んでいただきたいお薦め本があります。
きっかけは、脳科学者で文章の達人、茂木健一郎さんの書評でした。本書の内容を考慮すると、通常の感想にあたる簡単なあらすじにふれるといういつものスタイルをとれないし、また茂木氏の書評もいつもながら素晴らしいので、以下に添付しましたのでよかったら一読ください。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/94/187e389597bab2f3f725d33f8d0ebc1e.jpg)
カズオ・イシグロと言えば、英国文学における最高の栄誉であるブッカー賞を受け、後に映画化もされた『日の名残り』の印象が強い。日本生まれであるにもかかわらず、英国人以上にかの国の本質がわかっている。そう思えるほど、かつての栄華を回想する老執事の人物造型は見事だった。
『わたしを離さないで』は、『日の名残り』に通じる抑制の利いた文体で、ごくありきたりの日常を描いているように見える。ところが、読み進めるにつれ、その一見平穏な生活の背後から、次第に奇妙な感触が伝わり始めるのだ。
やがて、語り手のキャシーや、友人のルース、トミーの人生には、何かとてつもなく恐ろしい秘密があるらしいということに読者は気付かされていく。事態の全貌(ぜんぼう)が明らかになった時、読者は血も凍るような恐怖感を覚えることになる。イシグロの文章が平穏なだけに、かえって魂の奥底にまで届くような衝撃があるのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/14/bc339b8a2cc77e8a3b5b877a0d6a019d.jpg)
多くの論議を呼ばざるを得ない危険なテーマを敢えて取り上げることで、この小説はすぐれた同時代性を獲得している。
それにしても、「ヘールシャム」に学ぶキャシーたちは、なぜ自分たちの運命に対してこれほど従順なのか。時々爆発するトミーは困りものではなく、むしろ人間本来の姿なのではないのか。キャシーたちの置かれた境遇が、全てがシステム化されていく現代に生きる私たち一人ひとりの寓話(ぐうわ)なのだと思い至った時、この希有な小説の恐ろしさは底知れないものとなる。土屋政雄訳。
◇カズオ・イシグロ=1954年、長崎県生まれ。作家。5歳で渡英、帰化。
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最近の科学の発達には、目をみはるものがあります。しかしながら、戦争が科学の発達を促進したという側面があるように、本書の登場人物であるマダムの「科学が発展して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。」という告白は、単なる小説の中のできごととやり過すことはできません。科学の発達には、光ばかりでなく、悲しいことに、時に人類の愚かな失敗としての影を落とすこともあります。
そしてこの本をミステリーやSF小説というカテゴリーで読むのは、誤りです。語り手のキャシー、友人のルース、そして最初から愛し合っていたはずのトミーに、そして、「ヘールシャム」に学ぶすべての”生徒”に共感することで、はじめてこの本を読んだ価値が生まれます。キャシーは、彼らは、ただひとつの目的のために、生まれながらにして”教育”というもっともらしい美しい言葉のもとに、優しい先生たちに閉鎖された社会で飼育されて育ちます。集団生活のなかでまわりとうまく協調し、共通の楽しみや遊び、ある時は架空の道具を見つけて共有することでコミュニケーションをとり、大笑いし、語り合い、うっすらと感じている真実からあえて遠ざかったところにひっそりと存在しています。彼らはそれが置かれた立場において、最も賢明な方法と無意識のうちに自覚しているからです。茂木氏も言及しているように、彼らは何故従順なのか。自分たちの存在理由を考えると、なにを、どう考えても、どうやっても、レールがすでに生まれる前からしかれているので、、、すべてが無駄だからです。ただ、人類の叡智という言葉に、わたしは人間の本来もっている力を信じます。それは、科学や科学技術の発達とともに、決して失われない賢明で純粋であたたかい志しをもつ力です。
忘れないで欲しいのは、わたしたちの人生は、わたしたちのものだということです。
カズオ・イシグロ氏の本書は、『タイム』誌において文学史上オールタイムベスト100に選ばれています。将来、未来のこどもたちがこの本を手に取った時に、幸い荒唐無稽な設定と感じるような時がくるかもしれません。また、著者をはじめとして多くの人のある種の研究成果に関しては、科学的な誤解もあるとも感じています。それでも、生きる意味を投げかけている普遍的なテーマーに貫かれた本書は、後年長く読み続かれるでしょう。
作家に対しては、全寮制のエリート教育、科学教育に力をいれている英国で育った影響も感じます。さらに”I”を”私”でなく、”わたし”と約した訳者の力量の功績も称えたいですね。
それでは、これ以上は本をお読みになった後ということにして、次のカズオ・イシグロ氏のメッセージをお伝えすることで送信します。体調を崩されないようくれぐれもご自愛のほどを。では、いずれまた。。。
「人の一生は私たちが思っているよりずっと短く、限られた短い時間の中で愛や友情について学ばなければならない。いつ終わるかも知れない時間の中でいかに経験するか。このテーマは、私の小説の根幹に一貫して流れています」
■ES細胞のあらたなる研究成果
アウトプットすると、猛烈にインプットしたくなりますよね。
有能な執事が大好きで、映画「日の名残」を評価しているペトロニウスさまは、意外にもイシグロ氏の小説を読んでいなかったのですね。
私もカズオ・イシグロ氏は以前から読んでおきたかった作家ですが、茂木さんの書評にひかれ、また私の興味あるモチーフがテーマのようだったので、「わたしを離さないで」を初めて読んでみたのです。イシグロ氏を大変気に入っている友人夫婦がいますが、一作ごとに作風が異なるようなので、どの作品から入っても楽しめるのではないでしょうか。
ただ本書に関しては、題名も含めて非常に完成度が高いです。また平易なことばの底に、生きるという永遠の探求の重さが貫かれています。将来のノーベル賞候補といったら誉めすぎですかね。
なみへいは、手紙形式にすると書きやすいため、身近な人物の通称を宛名に使いました。でも近いうちに、この本をいろいろな方にお薦めするつもりです。
・・・私の場合は、単純に死の恐怖よりも生きていることの楽しさと喜びの方が大きいでーーーすっ。
>命の価値は長短ではなく他の何かだ!
貴殿は、本書をもう読んでおられますか。
未読→その他の何かを「わたしを離さないで」で見つけたら、驚愕しますよ。
既読→是非、哲学的な感想をお願いします!
でも最近、長生きした欲がでてきました。亀にはなりたくないですが・・・。