千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「君について行こう」向井万起男著

2009-12-20 23:23:04 | Book
「謎の1セント硬貨」でマキオちゃんとチアキちゃんの会話を読みながら、ついつい思い出して本棚から取り出したのが、10年前に読んでいる「君について行こう」。
”私の恋女房は宇宙飛行士である”
そんなマキオちゃんの宣言から始まるエッセイは、ふたりの出会いからはじまる。その時、マキオちゃんは医師としてスタートをしたばかりで、アイツはまだ医学部の2年生だったという。そっかーっ、そんなマキオちゃんも今では還暦じゃん。このちょっと変わったご夫妻の間にはすでに30年以上の歳月が流れている。で、「謎の1セント硬貨」ではあいかわらずマキオちゃん、チアキちゃんととーーっても仲がよい親友であり、恋人であり、別居結婚を続ける夫と妻のふたりがお互い独身だった出会いからはじまり、内藤千秋さんが宇宙飛行士に選ばれた後に諸々あり結婚、そしてNASAへ、、、と手にとってパラパラと読み始めたら、機知に富み、軽妙洒脱、そして正直で純粋、いやあ~おもしろいのなんのって再び一気に完読してしまったではないか。

まずはやはり登場人物おふたりのキャラクターの魅力によるところが大きい。見た目どおりの豪傑な千秋さんの数々のエピソード。オンナだてらに、いやか弱きオンナの分際で外科医を選ぶところが酒豪伝説に加わり、中でも長時間の手術で女性にとっては前人未到の心臓外科医になってしまうところがすごい。(ご存知の方もいらっしゃるが、俳優の石原裕次郎さんが倒れて手術をされた時の受け持ち医でもあった。)型破りなのはそれだけではない。結婚した時マキオちゃんとの生活をスタートするマンションにボストンバック片手に「こんばんは」とやってきたのだ。1本しかもっていないGパンを夜洗濯機にかけながら、乾かなかったら明日着ていく服がないと騒ぐ千秋さんにあきれながら、そんな彼女にいつまたボストンバック片手に「さようなら」と出て行かれちゃうんではないかと不安で心配なマキオちゃん。そんなモノをもたない身軽な妻をはらはらと見守りながら、彼女がものすごーっくいとおしくって、ものすごーっく大好きなんだから仕方がない、宇宙をめざす、夢を追いかける女房を応援しながらついていくしかない!と武士の覚悟を決めた。

本書が評判になるや、仕事をする女性を支援する団体などから、講演の依頼が殺到したそうだ。しかし、マキオちゃんはスペース・シャトル、ディスカバリー号がケネディ宇宙センターから打ち上げられた時の真っ赤なハッピ姿に見られるように、むしろ保守的な日本男児である。”女のくせに”と言う男尊女卑タイプでは決してないが、か弱き女を守ってやりたいという気概があるために、千秋さんの武勇伝を”オンナだてらに”と感心するばかりか、最初にスペースシャトルに乗り込むのは最年長の毛利さんで、今の日本では女は絶対に不利だと、もしも飛べない宇宙飛行士になったら専業主婦になればよいなどとなぐさめるつもりでとんでもない失言までしちゃう。どんなに真剣で、どんなに努力をして宇宙飛行士の候補者になったのか、本気で挑まなければ最終候補者に残るわけがないのが宇宙飛行士への道である。”女のくせに”真剣に宇宙をめざし、全力をだして訓練をする千秋さんを見て少しずつマキオちゃんの男としての矜持が変わっていく。まあ、ほれてしまった弱みもある。そしてそこはやはり、チアキちゃン=”みなし児一人旅”説からわかるように恋女房の最も理解者だからである。

ところで、当初マキオちゃんは、女房が乗り込んだスペースシャトル打ち上げの見学を行く気持ちなどさらさらなかった。「宇宙飛行士の亭主」が最大の肩書きとなり、男としての意地を見せるためにも通常どおり日本で仕事をする予定だった。オレは髪結いの亭主なんかじゃねえぞ、オレだって慶応大学から給料をもらって働いている一人前の男なんだぜ、と誇示する機会だと思った。女房が宇宙に飛び立つ時、夫は自分は仕事があるから日本に残っているのは、男として絵になるではないか、、、と。笑わせる、いやちょっと泣かせるなかなかハードボイルドなマキオちゃんなのだ。そんな夫を更正させ軌道修正させたのが、NASAの家族支援プログラム。だいたい、宇宙飛行士がとても危険な任務であることは、映画『宇宙へ。』を観なくても想像がつくだろう。緊急時に判断しなければならない最も重要な直系家族である配偶者が、遠い時差もある異国で顕微鏡をのぞいている場合か、と私だったらつっこみたくなる。オレも少しは成熟して、配偶者としてアメリカの常識に沿った行動をとらなきゃマズイな・・・という延長線上に宇宙飛行士の夫としてのあの溌剌と元気な赤いハッピ姿と打ち上げられたスペースシャトルを見上げる感無量の表情にある。

今回読んで気がついたのが、決して楽しい理想ばかりではないことだ。ヒューストンで訓練を続ける千秋さんのところに、マキオちゃんも留学して短いながら同居の新婚生活を送る。千秋さんは、多忙になりきつい訓練がおわってからも毎日の食事の準備をした。本音は共働きなんだから家事を手伝ってもらいたいのは当然だ。しかし、マキオちゃんは女房の手料理を期待した。その方がラクだしと、多忙な女房におんぶにだっこ、ちょっとウシロメタイ気持ちがするがおんぶにダッコと。そのウシロメタイ気持ちが、自分のだらしなさを本書で正直に反省はしていないが白状しているところが、万事率直なこの人らしい。そういえば、千秋さんがマキオちゃんを大好きだけれどプロポーズになかなかOKしなかったのは、彼の中に男女の差別意識を見抜いていたからだった。女房をすごい奴だと尊敬しても、女性が働くことに理解を示して協力するのはまた別である。しかし、そんなおふたりも別居結婚のベテランで、それからもずーーっと仲よしのご夫婦。マキオちゃんも「謎の1セント硬貨」では、第25回講談社エッセイ賞を受賞。最大の肩書きも「宇宙飛行士の夫」から今や「妻は宇宙飛行士」に昇格し、やがては「妻は元・宇宙飛行士」になる日も近いのだろうか。でも、あの千秋さんのことだから、60代、70代になっても宇宙に飛べそうだ。女房がたとえ宇宙に飛んでも、ふたりの旅行はこれからも続く。運転手はマキオちゃんでチアキちゃんは助手席で、それともチアキちゃんが運転してマキオちゃんは助手席にかな。何しろ、千秋さんによると、夫のマキオちゃんはカラダが弱くて守ってあげなくちゃいけない人らしいから。

■アーカイブ
「謎の1セント硬貨」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿