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「ロミー・シュナイダー事件」ミヒャエル・ユルクス著

2009-07-20 11:16:30 | Book
どういうわけか、最近の私の読書の彷徨をふりかえると、時代、国籍、環境が大きく異なっているにせよ、実在の人物の評伝にひかれているようだ。彼、彼女の生き方と人物像は小説の中の、ある意味読者の関心をひきよせるためにつくられた理想の人間よりも、はるかに魅力的でドラマティックだから。先日、オーソン・ウェールズの映画『審判』を久しぶりに観た時に、長身のKにまとわりつく小間使い役のレミを演じた小柄なロミー・シュナイダーから目が離せなくなった。彼女の笑顔には、誰をもひきつける不思議な魅力がある。彼女は、1938年にオーストリアに生まれ、わずか43歳で大量の薬物服用が起因かと思われる心不全によりパリ郊外、ボワシー・サン・サヴォワールで亡くなった。
波乱万丈。
彼女のわずか43年の短かった生涯は、映画よりも波乱万丈だった。15歳でデビューし、58本もの映画のすべてに主役クラスで出演した彼女は、渾身の演技で演じたどんな役よりも、「ロミー・シュナイダー」を生きることは、人生を消耗させたのではないだろうか。

「ロミー・シュナイダー事件」は、ロミーに幾度もインタビューをしたことがあり親交のあった作者ミヒャエル・ユルクス個人の思い入れからなる、きわめて主観的な評伝である。本書は、ロミーが亡くなった82年5月29日の早朝からはじまる。多くの映画に出演してきたスターにも関わらず、亡くなった時の彼女は無一文だった。亡くなる前の11年間だけで稼いだ金額は1000万マルク(当時のレートで10億円をこえる)。毎月、1000万円以上も浪費しなければ使いこなせない金額だ。家も有価証券もお金も、いっさい彼女には残っていなかった。それどころか、税務署から請求されている高額な税金すら払えないありさま。多くの重要な賞を受賞した、国際的な女優。その素晴らしい演技力で批評家をうならし絶賛させた、ロミー・シュナイダー。しかし、その実、本名のローゼマリー・マクダーレ・アルバッハは肉体的にも精神的にもいつ倒れてもおかしくないほどぼろぼろだった。当時の恋人、ロラン・ペタンと記者のアンナ・ヴェリントンは憤りから、いったい誰が彼女の財産と人生を搾取していったのか、調査をはじめや1本のビデオを入手し、彼女がきわめて身近なある男から恐喝されていたのではないか、という疑惑が生じて調べていく。それゆえに、タイトルは「ロミー・シュナイダー”事件”」になるのである。本書は、ロミーの伝記の部分に彼女の伝記を書こうとする記者アンナとその上司である編集長との対話が入り、単なる伝記ではなく一冊の小説として読めるようになっている。アンナと上司が、作者の分身であることは説明はいらないだろう。

スター女優のスキャンダルとは。
金銭のもつれ、若くして男と同棲、失恋、妻子ある男との恋愛、クスリ、離婚、事故。彼女の体を通り過ぎて行った男たちは、アラン・ドロン、ヘルベルト・フォン・カラヤン、ブルーノ・ガンツや元ドイツ首相のブラント等々、、、錚々たる名士やスターが並ぶ。今だったらさしずめスキャンダルの女王という名誉が与えられただろう。
そして一度も父としての役割をしたことがなかった実父の面影をみた理想の男だったルキノ・ヴィスコンティ。華麗な男性遍歴や最初の夫の自殺と彼との間にできた最も愛する息子、14歳のダーヴィトの悲劇的な死を含めて、ロミー・シュナイダーほど大衆とマスコミが喜びそうなスキャンダルのフルコースを経験しているスターはいないだろう。ここで、彼女の幼少時からの家庭環境、寄宿していた厳格なカトリックの学校の教育、愛情が乏しかった美男俳優の父へのファザー・コンプレックス、彼女を自分の事業に利用しつくした継父、生涯愛したアラン・ドロンとの恋から終生身につかなかった金銭感覚や思考のあり方などを心理学者のように私が分析しても意味がない。これは小説なのだから。しかし、架空の人物アンナと編集長の物語がはいることによって、事実が真実味を帯びて浮かび上がり、ロミーの実像があきらかにされていく。

ロミーは若い時は、演技にすべてのエネルギーをかけ、成功すれば明日は出演依頼がくるのだろうかと不安にさいなまれた。もって生まれた容貌と天才的な演技力でえた仕事の成功と不幸な私生活。多くの人を愛したが、あまりにも多くの人を失った。彼女はアラン・ドロンに「人生でなにをしていいのかわからない。みな映画のなかでやってしまったから」と語ったという。スクリーンの中でさまざまな人生を演じた彼女は、現実社会ではただの一度も望んでいたやすらげる家庭を営むことができなかった。それは彼女の資質のせいばかりでもないだろう。病院で白い布をかけられた亡くなった息子の遺体すら週刊誌で公表される日々だったのだから。そして、お金になることだったらなんでもやるという一部マスコミの餌食の対象だったロミーは、さまざま人々からその懐を狙われもした。彼女の存在は、金のなる木だった。そこにつけこんだのが、ある男性とその弟だった。(アラン・ドロンが弟を襲撃して、経営するビデオショップを全焼させたという後日談も)本書に登場するビデオは確かに実在するそうだ。

そして本書から感じられたのは、清純な乙女のアイドルだったロミー(日本で言えば吉永小百合さんのような存在だろうか)が、アラン・ドロンを追ってパリに住むようになってからのドイツの反応に、ナチズムの後遺症をひきずるドイツ的なものを感じ、また米国やアジアとは異なるヨーロッパの空気を感じた。
小説以上に小説的なロミー・シュナイダーの人生。
ここで、彼女が出演した映画を殆ど観ていないことに気がついた。もっとも晩年に彼女が58本の出演作のリストを自分でよかったとチェックしたら『審判』とヴィスコンティの作品を含めてわずか10本しかなかったという。ヘルムート・バーガと共演した『ルートヴィヒ 神々の黄昏』の彼女の演技は素晴らしかった。もう随分前に観た映画なのに、彼女が従弟のルートヴィヒの城を初めて訪問した時の自信に満ちた威厳がありながらも慈愛に満ちた穏やかな表情をまだ覚えている。亡くなった時、たくさんの家族の写真とともにたった一枚飾られていたスチール写真が、この時の従姉のオーストリア皇后エリザベートの姿だった。


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