千の天使がバスケットボールする

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「パリ左岸のピアノ工房」T.E.カーハート著

2009-10-20 22:36:21 | Book
チッカリング、クナーベ、メイソン・アンド・ハムリン、ステック・・・これはある楽器を製造していた米国のメーカーの名前である。これだけでその楽器がわかる方はかなりのマニアック。欧州では、ガヴォー、プレイエル、ザウター、シュティングル、エラール、ベヒシュタインというメーカーが存在していた。ここでぴんとくる方もなかなかのものだが、スタンウェイ、ベーゼンドルファー、ヤマハと聞いてピアノのことだと気がつくのがおおかたの人だろう。一般的にクラシック音楽好きの中でも、我々日本人になじんでいるピアノの殆どは、コンサート用のスタンウェイか多くの家庭や学校でおかれている(使用されている)ヤマハ製になる。これは欧米でもそんなに事情が変わらないようだが、現在は消滅してしまったレトロなメーカーが製造したピアノが、それぞれの貴重な個性を生かしながらパリにある小さな工房の職人によって生きかえり新しいピアニストととの次の出番を待っている。本書はひとりの”パリのアメリカ人”と、そして職人たちとの交流を通したピアノの物語である。

パリのカルチェララタンのほど近い小さな通りにその工房はあった。パリに移住してフリーのもの書きになったわたしは、ウィンドーに「デフォルジェ・ピアノー工具と部品」とだけ書かれたそのお店のドアを或る日ノックする。ピアノはないけれどこどもの頃に習っていたピアノにもう一度ふれたい。そんなほんの小さなきっかけは、店の若き職人のリュックとの交流からわたしの中に眠っていたピアノへの深い情熱と愛情をよびさまし、またどこかよそよそしかったパリの街と人々の魅力に気がつくことになった。だいぶ前に、ある俳優が「もしもピアノが弾けたなら」という歌を歌っていたことがある。庶民派おとうさんたちのちょっぴりせつないピアノへの憧れをこめられた恋の歌が人気をはくしたのは、ピアノという楽器におよそ縁のなさそうな雰囲気の歌手の方がピアノへの憧れをこめてせつせつと素朴に歌ったのが中年世代のお父さんたちの胸をきゅんとさせたのではないだろうか。私はあらゆる楽器の中で最も美しくまた個性にあふれているのはヴァイオリンだと考える者だが、楽器の女王といえばやはりピアノにその座を譲るしかないだろう。音量、サイズというグラマラスな迫力もあるが、一台のオーケストラと言われる豊かさは他の楽器を圧倒していることは認めざるをえない。前述したように、スタンウェイ、ベーゼンドルファー、ヤマハ程度しか製造会社名を知らない者にとっては、確かに多少の音色、音の繊細さや質感に違いはあってもヴァイオリンほどの個性の違いはピアノにはないとそれほどこれまで興味もわかなかったのだが、それは全くとんでもない早計というもの。一台一台手づくりの100年以上、ストラディバリウスなどでは200年以上もの歳月を経たヴァイオリンの比類なき優美なラインに負けずに、大屋根の曲線は艶かしく、閉じている時は繊細でありながら贅沢、開くと金色と赤いフェルトと銀色の弦の宝石箱が現われ、機械的なものと官能的!なものが見事に融合された楽器がピアノである。

読者もリュックと”わたし”の会話を通してピアノの魅力に導かれていく。やがて待ちに待ったわたしのピアノが部屋にやってくる。部屋の主となったシュティングルのベビー・グランドから生まれる音は非常に豊かで柔らかく、逞しさと繊細さがひとつになっている。魅力的でこの世に一台しかないピアノ。わたしにとって、もはやピアノのない人生は考えられず、音楽のない人生もありえなかった。ピアノという楽器そのものが、弾き手その人、所有者の人生を彩どる大切な伴侶となっていく。職人のリュックだけでなく、ピアノ教師のアンナ、調律師のジョス、作業着を着たとんでもなくピアノのうまい老人たちなどピアノにまつわり人々の奏でる立体的な音の響きを通して、ピアノという楽器の豊かさや奥の深さが語られ、本書との出会いそのものが自分自身の心を豊かに満たしてくれる。

最後まで読んで、なんとよくできた小説だろうと余韻にひたっていたら、本書はノンフィクションだったのだ。つまり、本来はエッセイ、ノンフィクションとして書かれるわたしのピアノにまつわる話を、冬から翌年の春にかけてパリの季節の移り変わりと音楽への情熱の進行を小説のように書いたのだ。学術的でも専門的でもなく、ピアニストでもない市井のわたしが、パリの町にとけこむと同時に静かにピアノとの暮らしを深めていく情景がこの手法に成功している。ところで、本書を読み始めてまもなく、この楽しいピアノの世界の物語に最もふさわしい読者は、と考えたらcalafさまだった。友人からいただいて少々黄ばんでいる古い本(04年発行)だが、ご迷惑でなければ近いうちにcalafさまにさしあげたいとも思っている。。。
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2 コメント

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喜んでお受けいたします。 (calaf)
2009-10-22 00:12:48
こんばんは。この本は以前から気になっていて、本屋でざーっと立ち読みしたことがあります。ピアノの楽器はどうも機械のイメージの方が強いらしく、1台1台すべて音が違うことがなかなか理解できません。いつか買って読まなければと思いつつ今日に至ってしまいました。豆知識をひとつだけ披露させてください。鍵盤の白鍵部分ですが1枚の板から52鍵分を分割します。何故でしょうか?木は湿度、気温などでどうしても歪みます。その歪み方ですが、歪むにしても平均的に、より均質的に歪むように目のそろった1枚板を使用しているのです。
calafさまへ (樹衣子)
2009-10-23 22:32:05
この本は立ち読みで通り過ぎるには、もったいない本です。calafさまのように

>より均質的に歪むように目のそろった1枚板を使用しているのです

そんな豆知識どころか詳しいことまでご存知のピアノ好きな方でもご満足いただけるように、まるで「小説」のようなスタイルのノンフィクションなのですから。

>1台1台すべて音が違うことがなかなか理解できません

ヴァイオリンに比較したらピアノの一台一台の個性や音の違いは”殆どない”に等しいとは思うのですが、鍵盤を見ただけの印象でもベーゼンドルファーとスタンウェイがとても違っていた記憶があります。本書を読むともっとピアノのことが知りたくなりました。

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パリ左岸のピアノ工房 (calafのMusic Life)
こんばんは。初対面の続きを書きたかったのですが、お相手の方に連絡がとれません。残