千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「理系の子」

2012-05-09 00:03:36 | Book
成毛眞さんがブログで、早くも2012年度No.1候補と絶賛したのが本書の「理系の子」。成毛さんによると、サイエンスで泣けるとは夢にも思わなかったそうだ。つまり、この本を読んだ成毛さんは何度も涙をぬぐったのだった。どうしてこの本で泣けるのか。思うに、ノンフィクションの力と登場人物が世界最大のサイエンス・フェア国際大会のインテル国際学生サイエンスフェア(以後、インテルISEF)に出場した12人の高校生のストーリーに魅力がある。研究成果の画期的な点や優れた内容を紹介するよりも、その夢の舞台に登場するまでの様々な道のりに重みがある。

じっくり科学にとりくむには、それなりの環境が整っていた方が望ましく、又、有利である。インテル国際学生サイエンスフェアに出場する多くのこどもたちは、経済的にも恵まれた育ちのよい子息が実際は多いのだろう。しかし、2009年の参加者6名と伝説をつくった出場者からなる主人公12人は、決して恵まれているとはいえないバックボーンを背負っている。暖房器具のないトレーラーハウスで暮らす貧しいネイティブ・アメリカンの少年、少年矯正施設からインテルISEFに出場する若者、両親の離婚、性的虐待を受けた少女、言語障害があったためいじめられてきた少年がヒーローになり、人生を切り開いていくのもサイエンスフェアという舞台でもある。

さて、1950年に設立され、1997年よりインテル社がメインスポンサーとなっているインテルISEFは、サイエンスフェアのスーパーボールとも呼ばれる最大の高校生の科学オリンピックである。ISEFが認定する世界各国の提携サイエンス・フェアを勝ち抜いた1500人ほどのこどもたちが、毎年5月にアメリカで開催されるインテルISEFに出場する。審査員も200人の科学者も含めて1000人にものぼる。

さすがにアメリカである。何と、その賞金額は総額400万ドル超(3億円を超える)にものぼり、1000万円の奨学金や最優秀化学賞を受賞した者にはスイスに設置されている世界最大の素粒子加速装置の見学旅行といった、彼らにとっては極楽ハワイ以上のお楽しみも用意されている。研究内容によっては、政府機関や企業からの引き合いもありスポンサーがついたり、5人にひとりは特許を出願しているから、ちょっとしたベンチャー企業主にもなれる。実際、伝説のひとりは、カーボンナノチューブを使った研究から、1000万円以上の奨学金を受けたばかりか、年間売り上げ18億円企業の50%の経営権をもち、ハーバード大学に入学した時は、フェースブックのザッカーバーグよりも有名人だった。たとえ相手が高校生であろうと、成果にみあった報酬が与えられているのもアメリカらしい。

こういったこどもたちが大会に出場するには、彼らを支援するよき教師、指導者たちも必要であり、理解ある親の存在もみのがせない。又、こどもたちもしたたかで、審査員受けをするきちんとした服装で大会に挑んだり、審査員におもねるようなプレゼンテーション能力を磨いたり、と準備に余念がない。審査員も情があり、大学進学のための奨学金目当ての貧しい参加者には、ちょっぴり優しいそうだ。

さらに、文章を読んでいるうちに何度も目に付くのが、戦い、勝つ、といった競争意識である。公立小学校の通知書が絶対評価になり、平等をねらい運動会のリレーが中止となったり、他人と競いはっきり順位付けすることを避ける傾向にある日本の教育になれると、科学のフェスティバルにそのような競争がもちこまれることになじめない部分もあった。しかし、インテルISEFが高校生たちによる科学オリンピックであるならば、甲子園で戦う高校球児たちのように、全力で競い合うものであり、勝者が讃えられるのも素晴らしいことである。そして、負けたこどもたちも捲土重来で再チャレンジを誓い、そこに残るのはくやしさだけでなく、未来への希望が続く。
そして、甲子園大会で優勝した高校球児が一躍スターとなるのと同じように、アメリカでも科学オタクと敬遠されがちな”理系の子”もヒーローになりうるのだった。
科学することは、なんとおしゃれで素敵なのだろう!

それを考えると、邦題の「理系の子」という題名は違うのではないだろうか。そもそも受験体系で理系、文系とわかれることから、人間まで理系と分類する発想は本質的に科学が好きな人間を誤解していると思う。本書に登場するモデルをこなす少女の話からもそれがわかるのに、少し残念である。

原題 『Science Fair Season』

■こんな理系の子たちも
「残夢整理」多田富雄著
「ダークレディと呼ばれて」ブレンダ・マックス著
「二重らせん」ジェームズ・D・ワトソン著
「心は孤独な数学者」藤原正彦著
「完全なる証明」マーシャ・ガッセン著
「フェルマーの最終定理」サイモン・シン著