容姿端麗の千秋よりも野獣派好みの私としては、最近気になる若手の指揮者と言えば下野竜也さんだ。
彼はどう撮りようにもヴィジュアルにはならないあの風貌と体格を逆手にとって、知性をかくした親しみやすさとお茶目さで今や創立50周年を迎える読売日響の看板指揮者となりつつある。コンサートのプログラミングもなかなからるもんだ。
今宵の1曲目は、日本初演となる現代曲アリベルト・ライマンによる「管弦楽のための7つの断章 -ロベルト・シューマンを追悼して-」。ライマン(1936年~)は、ドイツ語圏を代表する作曲家だそうで、人間の声の表現力を追求して評価を得たそうだ。演奏に先立ち、下野氏によるプレトークが開かれた。指揮者の生の声で簡単な解説をする”営業”は好ましいと思う。それに、なかなか下野さんの声は営業トーク向きだ。解説によるとシューマンの遺作<最後の楽想による幻覚の変奏曲 変ホ長調WoO.24>へのオマージュが盛り込まれているとのこと。そして、実際にピアノの音で主題を紹介してくれた。
曲は7つの断章で構成されているが、明確な区切りはなく、トロンボーンのシューマンVn協奏曲のモチーフがあらわれたかと思うまもなく、次々と多くの音、音色が重なり混沌とした不協和音の渦にまきこまれていく。いみじくもライン川に身を投じたシューマンの精神世界を、音符で色彩豊かに描いた音の洪水に自らも身を投げ出しているような心地になってくる。現代音楽を演奏するのも難しいだろうし、聴衆も心地よさや美しさを感じるわけでもなく、ノリがよいわけではない。しかし、ドイツ語圏の現代歌曲コンクールでは頻繁にライマンの作品がとりあげられていることからも、現代音楽を演奏すること、聴くことは大事なことだと考えている。意欲的なプログラムに奮闘する下野氏と読売日響の団員を応援したい。
次は待望の三浦文彰君の登場。
曲目は殆ど演奏される機会のないシューマンのVn協奏曲。しかし、2009年16歳でハノーファー国際コンクールで優勝した彼は、2010年11月ミュンヘンですでに初めて演奏した経験があるそうだ。三浦さんは当初この協奏曲がどうしても好きになれなかったそうだが、パヴェル・ヴェルニコフ氏のレッスンを通じて、時間をかけて取り組んで行くうちに少しずつ好きになっていったとのこと。これまでそれなりにコンサート通いをしていた私も、実際の演奏を聴くのは初めてだったのだが、とっつきにくさの中にも美しさや苦しみが現れては消え、ベートーベンのようなどっしりとした格がなく、ぶれながらも非常にチャーミングな素晴らしい作品だと感じた。三浦さんはこの曲をもう何度も演奏してきたかのように、楽々と楽しみながら美しく繊細に音色豊かに演奏している。気負いもなく、実に自然な音楽の流れをやすやすと生み出して美しく奏でていく。本当にうまいヴァイオリニストなのだ。
小柄でどちらかと言えば華奢な三浦さんが、真紅のポケットチーフをさしてヴァイオリンを演奏している姿は、ジャニーズ系の雰囲気があり絵になる。そんな彼には、シューマンのこの協奏曲の不思議な可愛らしい曲想がとても似合っている。下野氏も読売日響もよくこの作品を選定し、又、ヴァイオリニストに三浦君という最高のキャスティングをしたものだと感心する。もう、この曲は三浦君以外に、おじさんには弾かせたくない。。。
アンコールは、若者でなければ弾けないような超絶技オンパレードのパガニーニの「パイジェルロの水車屋の娘から 我が心もはやうつろになりて」。やっぱり10代の若さの勝利だよ。
最後の交響曲は、同じくシューマンの交響曲第二番。この曲は音楽ジャーナリストの渡辺和さんによるとプロの指揮者に偏愛されるツウ好みの楽譜だそうだ。ロマン派に位置しながら、決してわかりやすい曲ではない。シューマンの曲には精神が不安定のような不安と不思議さがのぞかれ、それでいて楽しくも美しくもある。傑作ミステリー小説「シューマンの指」を書いた作家の奥泉光さんは、かなりのシューマン好き。下野さんの指揮は、混沌の中にも希望のようなシューマンを聴かせてくれた。
演奏会が始まる前の場内アナウンスで様々ないつものご注意とお願いがあったが、最後に「拍手は、指揮者が指揮をふりおろしてからお願いします」との放送があった。これはツウでなくても大事なお願いだよ。
---------------------------- 5月15日 サントリーホール --------------------------------
指揮:下野竜也
ヴァイオリン:三浦文彰
ライマン:管弦楽のための7つの断章 -ロベルト・シューマンを追悼して-(日本初演)
シューマン:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
シューマン:交響曲 第2番 ハ長調 作品61
■アンコール
パガニーニ :「パイジェルロの水車屋の娘から 我が心もはやうつろになりて」による変奏曲op.38
彼はどう撮りようにもヴィジュアルにはならないあの風貌と体格を逆手にとって、知性をかくした親しみやすさとお茶目さで今や創立50周年を迎える読売日響の看板指揮者となりつつある。コンサートのプログラミングもなかなからるもんだ。
今宵の1曲目は、日本初演となる現代曲アリベルト・ライマンによる「管弦楽のための7つの断章 -ロベルト・シューマンを追悼して-」。ライマン(1936年~)は、ドイツ語圏を代表する作曲家だそうで、人間の声の表現力を追求して評価を得たそうだ。演奏に先立ち、下野氏によるプレトークが開かれた。指揮者の生の声で簡単な解説をする”営業”は好ましいと思う。それに、なかなか下野さんの声は営業トーク向きだ。解説によるとシューマンの遺作<最後の楽想による幻覚の変奏曲 変ホ長調WoO.24>へのオマージュが盛り込まれているとのこと。そして、実際にピアノの音で主題を紹介してくれた。
曲は7つの断章で構成されているが、明確な区切りはなく、トロンボーンのシューマンVn協奏曲のモチーフがあらわれたかと思うまもなく、次々と多くの音、音色が重なり混沌とした不協和音の渦にまきこまれていく。いみじくもライン川に身を投じたシューマンの精神世界を、音符で色彩豊かに描いた音の洪水に自らも身を投げ出しているような心地になってくる。現代音楽を演奏するのも難しいだろうし、聴衆も心地よさや美しさを感じるわけでもなく、ノリがよいわけではない。しかし、ドイツ語圏の現代歌曲コンクールでは頻繁にライマンの作品がとりあげられていることからも、現代音楽を演奏すること、聴くことは大事なことだと考えている。意欲的なプログラムに奮闘する下野氏と読売日響の団員を応援したい。
次は待望の三浦文彰君の登場。
曲目は殆ど演奏される機会のないシューマンのVn協奏曲。しかし、2009年16歳でハノーファー国際コンクールで優勝した彼は、2010年11月ミュンヘンですでに初めて演奏した経験があるそうだ。三浦さんは当初この協奏曲がどうしても好きになれなかったそうだが、パヴェル・ヴェルニコフ氏のレッスンを通じて、時間をかけて取り組んで行くうちに少しずつ好きになっていったとのこと。これまでそれなりにコンサート通いをしていた私も、実際の演奏を聴くのは初めてだったのだが、とっつきにくさの中にも美しさや苦しみが現れては消え、ベートーベンのようなどっしりとした格がなく、ぶれながらも非常にチャーミングな素晴らしい作品だと感じた。三浦さんはこの曲をもう何度も演奏してきたかのように、楽々と楽しみながら美しく繊細に音色豊かに演奏している。気負いもなく、実に自然な音楽の流れをやすやすと生み出して美しく奏でていく。本当にうまいヴァイオリニストなのだ。
小柄でどちらかと言えば華奢な三浦さんが、真紅のポケットチーフをさしてヴァイオリンを演奏している姿は、ジャニーズ系の雰囲気があり絵になる。そんな彼には、シューマンのこの協奏曲の不思議な可愛らしい曲想がとても似合っている。下野氏も読売日響もよくこの作品を選定し、又、ヴァイオリニストに三浦君という最高のキャスティングをしたものだと感心する。もう、この曲は三浦君以外に、おじさんには弾かせたくない。。。
アンコールは、若者でなければ弾けないような超絶技オンパレードのパガニーニの「パイジェルロの水車屋の娘から 我が心もはやうつろになりて」。やっぱり10代の若さの勝利だよ。
最後の交響曲は、同じくシューマンの交響曲第二番。この曲は音楽ジャーナリストの渡辺和さんによるとプロの指揮者に偏愛されるツウ好みの楽譜だそうだ。ロマン派に位置しながら、決してわかりやすい曲ではない。シューマンの曲には精神が不安定のような不安と不思議さがのぞかれ、それでいて楽しくも美しくもある。傑作ミステリー小説「シューマンの指」を書いた作家の奥泉光さんは、かなりのシューマン好き。下野さんの指揮は、混沌の中にも希望のようなシューマンを聴かせてくれた。
演奏会が始まる前の場内アナウンスで様々ないつものご注意とお願いがあったが、最後に「拍手は、指揮者が指揮をふりおろしてからお願いします」との放送があった。これはツウでなくても大事なお願いだよ。
---------------------------- 5月15日 サントリーホール --------------------------------
指揮:下野竜也
ヴァイオリン:三浦文彰
ライマン:管弦楽のための7つの断章 -ロベルト・シューマンを追悼して-(日本初演)
シューマン:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
シューマン:交響曲 第2番 ハ長調 作品61
■アンコール
パガニーニ :「パイジェルロの水車屋の娘から 我が心もはやうつろになりて」による変奏曲op.38