千の天使がバスケットボールする

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「二重らせん」ジェームズ・D・ワトソン著

2010-10-16 18:11:04 | Book
今年もノーベル賞発表の季節がやってきて、そして去っていった。予想オッズでは先頭を走っていた山中教授にメダルはまだ届かなかったが、ips細胞が画期的な発明であることには間違いない。

さてそれでは、生命科学分野で20世紀最高の発見はと問われたら、私は1953年のDNA(デオキシリボ核酸)の二重らせん構造の“解明”を推奨したい。「ネイチャー」の1953年4月25日号に掲載されたわずか1000語からなる短い論文。短くシンプルだからこそ美しさがある発見。この発見によって、分子生物学の分野はまさにビッグバンのような発展を遂げ、遺伝子治療やバイオテクノロジーの分野でも様々に貢献している。最近は、社会や経済学でも、何気ない日常会話でもよく使用されるDNA。ここで私はいみじくも、何よりも”大いなる発見”に関心がいくのだが、本書はその重要な発見を成し遂げた”誰が”が意味をもつ。

著者は、英国ケンッブリッジ大学の研究室でポスドクとして働き、仲間のフランシス・クリックとともに二重らせん構造を解明した米国人生物学者ジュームス・D・ワトソンである。弱冠25歳で偉業を成し遂げたのだが、それまで殆ど無名だった彼は、62年に相棒のクリック、またDNA研究に長く貢献をしてきたモーリス・ウィルキンスとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞後の67年、今や世界的な著名研究者となったワトソン自身がふりかえり、米国からやってきた一人の若者が、伝統ある英国のカレッジの落ち着いた雰囲気の中でDNAに魅せられて、素敵な女の子たちのとのパーティを楽しみながらも、猛然と研究に励み、輝かしい成果を勝ち取った彼の主眼で書いたドキュメンタリーである。だから、歴史的事実よりも、彼個人の印象や感想によるひとつの青春日記に近い。

本書からは、訳者の中村桂子さんのあとがきにもあるように、日本人の好みそうな「科学の体系を世界の科学者が力をあわせて発展させることが大切」というような尊敬されるようなタイプの科学者とは少し違う科学者像に考えさせられるものがある。未知であるから知りたい、謎だから解明していという熱烈な探究心には、人類に貢献したいといった大義名分など念頭にない。また後年、人種差別発言で問題となるような彼の資質の萌芽が、モーリス・ウィルキンスの元で助手として働いていた優秀な女性研究者、ロザリンド・フランクリンへの印象を述べた記述からも伺われる。彼女、通称ロージィのX線回析から二重らせんの解析の手がかりをもらったことへの深謀があるのかもしれないが。後年、多くのの論議をよぶロージィのデーターを無断で閲覧した行動は兎も角として、彼女を含めて、ライバルを想定し激しい競争を楽しむ様子は、まるでオリンピックで金メダルをとったアストリートの英雄の回顧録さながらである。それぞれの研究者のその時の勝ちっぷり、負けっぷりが悪意なくいきいきと書かれていて、言葉をかえると繊細な相手への思いやりに欠けていて、ちょっと私のような凡人の感性とはどうも違うようだ。それに功名心もなかなかの人である。DNA構造の解明という栄冠をめざして、熾烈な闘いに挑む研究者たちの嫉妬、焦燥、不安が無邪気に書かれた内容は、皮肉にも暴露本としても話題をよんだ。それにも関わらず、読書後は不思議な爽快感が残ったのも率直な感想。そして半世紀も経った今日も尚、現代的な生命観は色あせていない。

米国に戻ってからは若くしてあまりにも大きな成功をえたために、研究者としては燃え尽きてニューヨークのコールド・スプリング・ハーバー研究所の所長、後に会長など、研究環境を整え、研究者を育てる方向に行ったのは、最後まで科学者としての道を歩くクリックとは対照的である。クリックは元々物理学者だからものすごく頭がよいと言った少女がいたが、DNAとアミノ酸配列をつなぐためのアダプターが必要であると思考実験ですでに予言もしていた。余談だが、当時36歳だったクリックについては口数が多くておしゃべりという記述が何度も登場するが、晩年、ソーク研究所のカフェテラスで珈琲を飲んでいる彼を見かけた福岡伸一氏によると、著名な研究者に声をかける人もないのがこの研究所の流儀なのか、談笑の輪から離れてひとりでいる物静かな紳士というのが印象だったそうだ。

序文にローレンス・ブラッグ卿が寄稿しているのだが、彼によるとそこにたまたまデータを見た同僚が決めてとなる新しいアイデアを思いついた時として、競争が二ヶ所以上で起こるとなればある程度の遠慮はいらないのは、科学者の不文律だそうだ。本書は、1986年に出版されて何度も重版され、現在でも生物学を学ぼうとする高校生向けの本として紹介されている。今年のノーベル賞化学賞に鈴木章・北海道大名誉教授と根岸英一・米パデュー大特別教授というふたりの日本人が選ばれたが、これもスウェーデン王立アカデミーに名前をアピールする北大の運動が実を結んだという報道を読んだ。1番でなければ、やっぱりいけないのも本書から伝わってくる。
ケンブリッジにあるイーグル・パブという店には、2003年からある青い銘板がはられているそうだ。1953年2月28日の昼、この店の常連だったジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックが飛び込んできて、生命の秘密を発見したと宣言した。そう、このパブは、DNAの二重らせん構造にまつわるエピソードの記念すべき50周年を迎えたのだった。

■もうひとつの二重らせん
「ダークレディと呼ばれて」ブレンダ・マックス著

■こんなアーカイブも
「動的平衡」福岡伸一著
ノーベル賞よりも億万長者


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