千の天使がバスケットボールする

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「緑の帝国」マイケル・ゴールドマン著

2008-07-21 21:11:21 | Book
私が定期的に講読している雑誌「選択」に、元世界銀行副総裁の西水美恵子さんの「思い出の国 忘れえぬ人々」が連載されている。連載43回にあたる今月号には、西水さんがインドの首都デリーに初めて訪問した時に、同行の当時の世界銀行のチーフ・エコノミストから、涼みがてらと称してヤムナの河くだりに誘われた時の話が掲載されていた。
太古から、「ヤムナには女神がおわす」と敬われて、古代ギリシャの文献にもその美形と豊かな水量が潤す流域の富が記されているが、その女神の面影はいまや全くない。河というよりも重油に似た「真っ黒なフィルムのような水面が不気味に光る」。それにも関わらず、岩場に洗濯ものを打ち付けて洗濯をする男衆や一日の稼ぎを得るために首までつかった獲物をしとめる釣り人たち。やがて朝日がのぼり、土手の上下を行き来する人々で河べりは活気づいてゆく。水浴、洗顔、歯磨き、水汲み、と朝の水仕事にまじって水遊びに興じるこどもたちを眺めて、思わず微笑んだ著者は、すぐさまこどもたちの頭上に黒い大きなコンクリート管の大穴に気がついた。そこから漂う汚臭とともに、灰色ともこげ茶色ともつかない大量の水が飛沫をあげてヤムナに流れ落ちている。この汚水の成分に関して、今更説明は不要だろう。著者は、死人に頬を撫でられた様な気がして、悪寒がとまらなくなったという。

「Water for all」
世界の人口の40%がきれいな水へのアクセスがない現状で、「すべてに人に安全な水を」というこのキャンペーンは世界銀行だけでなく、地球上の誰もが願うことだろう。これまで世界銀行は貧困緩和という輝かしい旗をふり、先進国の金融機関から資金を集めて、発展途上国にプロジェクト融資をしてきた。しかし、はかり知れない債務負担は、債務国政府に過酷な重圧を与え、飢餓などの悲惨な社会現象をおこしている。負債の利子分の返済だけで手一杯で、肝心な教育、衛生設備、福祉政策に予算がまわらなくなってしまったことは衆知の事実である。その結果、世界銀行とIMFは、債務免除というアメのかわりに重債務貧困国に公共水道事業の民営化を押付けた。新しい水政策は、途上国から国営をとりあげ、公共サービスの民営化、すなわち多国籍企業化に方向転換せざるをえなくなった。資金援助を受けるためには、いたしかたがなかったとはいえ、公共財の供給者から民間財の単なる管理人へと格下げされた。こうした事業を請け負ってきた多国籍の先進国企業から、大多数の貧困層は「良き客」となることを求められるが、人々はこの新しい商品を購入できる資金力がもともとないので、水道はとめられ、従来からの井戸水もとめられ、公衆衛生状態は更に悪化している。

世界銀行の歴代総裁が、すべて米国人から選ばれているように、世界銀行は市場第一主義のネオリベラル政策を推進している。ところが、プロジェクトが環境破壊的だと非難がではじめると、狡猾にも身をひるがえし、地域自然環境を本当の意味で熟知している”当該国ではなく”先進諸国の環境NGOと手をくんで、逆に公有の自然資源を基盤とした産業を多国籍企業に競売するという問題解決策を提示し、環境アセスメントを開発手続きに組み入れるようになった。
本書は、巨大化した世界銀行の、グリーン(環境)とネオリベラル(民営化)の抱き合わせ販売のようなあらたな開発レジーム、グリーン・ネオリベラリズムの戦略と実体をうきだし、その矛盾と問題を静かに分析している。世界銀行とはいえ、ひとつの銀行であり、常に銀行としての格付けを迫られる市場主義から逃れられない。そして、優秀な人材と潤沢な調査費からうみだされた研究成果は、他の追随をゆるさないくらいの権威があるのも事実。しかし、その知識の集積を運用するのは、世界銀行流の開発手法を身に付けて、現場を知らずに昇進と出世を気にするエリートの世界銀行コンサルタントたちである。

昔の後進国という言い方から、80年代以降は、発展途上国という呼称に変更された。発展途上国は、発展する途上にある国と解釈するが、これでは評者のナオミ・クライン氏が言うように発展する以前に衰退するばかりである。しかも、よくよく考えてみると、このようなスキームが最貧国ばかりの問題ともいえないのではないか。地球温暖化対策が、排出権ビジネスの”発展途上国”であるわが国も、彼らのようなエリート金融マンによって利用される可能性を秘めているのだから。

インドの小都市に属するデリーですら、貧民街の人口は年々50万人ずつ増えている。西水さんのエッセイは、「大河ヤナムの女神身から授かった宿題。いまだに答えの糸口さえ見えてこない」という文章で結ばれている。毎回、世界銀行の誇り高い志と成果を紹介する西水美恵子さんの、現場を歩く行動力とその高い目的意識を尊敬し、また女性ならではの細やかな感受性に共感をもちながら、なぜか、申し訳ないが私はこの方を好きになれないでいる。

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