千の天使がバスケットボールする

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「人類が消えた世界」アラン・ワイズマン著

2008-07-04 19:31:50 | Book
もしも或る日、人類が忽然と消滅してしまったら。核爆発、惑星衝突、氷河期の到来、致死的ウィルス、、、。いや、正確に言うと、人間だけが消滅したら、という仮定である。友人によると、完全に消滅することはなく、ほんのわずかな人間はたいてい生き残る”はず”なのだそうだが、SF小説でも映画でも、人類消滅までのシナリオはあるが、本書は誰も想像しなかった、むしろ人類が完全に消えた後の地球はどうなるのか、という科学的シュミレーションをした本である。

真っ先に水没するのが、ニューヨークの地下鉄である。毎日、地下鉄のトンネルが約5000万リットルの水に飲み込まれないよう定期的に監視してメンテナンスをしていた人間がいなくなると、あっけなく排水機構が停止して地下鉄が水没して、36時間以内に街全体は水浸しになるだろう。それもそのはずである。もともと起伏に富んでいたマンハッタン島を押し潰し川床に捨てて、土地を拡張してあの壮観なビルが林立する都市を形成していたのだから、閉じ込められていた水の報復がはじまるだけなのだ。やがてブルックリンの橋は落ち、ビルが劣化して火災が発生し、すべての建築物が崩壊して、雑草が生い茂り野生の動物がかえってくる。人類の痕跡は、ゆるやかに後退していく。
その一方で誕生して50年しかたっていないプラスチックは、プランクトンの6倍もの重量となって海の表層を漂っている。これらプラスチック原料のナードルと呼ばれる微粒子は、年間5500兆個、約1億1350万トン生産され、海鳥やクラゲが食料と間違えて体内にとりこんでいる始末である。プラスチックを分解できる微生物が登場するまで、10万年もの長い長い気が遠くなるような時間を要する。さらに441ヶ所に設置された原子力発電所は、しばらく自動運転するものの、次々とオーバーヒートして燃焼したり溶解していき、大気中や近隣の水域に膨大な量の放射能が拡散していく。残存期間は濃縮ウランの場合、地質的な長さに及ぶ。

これまで、人間が自然に対して大きな負荷を与えてきた実態が、明々白々となる。反省すべきことがあまりにも多し。しかし、本書が古来より日本人の健康と成長を維持してきた鯨肉を配送所から自己中心的に持ち出した「緑豆」なる環境保護団体や、流行としてブランドもののエコバッグを買いに走る奥様向けかと思いきや、著者がインタビューする様々な分野で働く人々や研究者の意識や発言は、実に多くの示唆に富み、また意表をつかされ深遠に満ちているのである。たとえば、生物学的時間が尽きてもなお一部のプラスチックが残る可能性について、環境におけるプラスチック分野の預言者とも言うべき研究者によると、隆起と圧迫によってプラスチックは別のものに変化することになる。
変化こそ自然の特質であり、変わらないものなど、なにひとつない」と。

「そして、皮肉なことに人が人工的に森や自然を管理して環境を保護するよりも、むしろなにも手入れせずに放置した方が生物や自然にとって好ましくありがたいという事実。管理されてこなかった森は、10倍もの生物の多様性があり、これは森そもののが何千年にもわたってみずからを完璧に管理してきたことを示している。このような自然の驚異の前には、自然を壊滅させていながら今度は”保護する”人類の驕りする感じさせられる。

また著者のリサーチは幅広く、人類の誕生から、数ヶ月に渡って辛抱強くオスを一頭ずつ始末して最後に縄張りとメスを手に入れるチンパンジーの生態から、人間の民族間の対立による虐殺の考察まで、ジャーナリストが科学する視点からなる小気味のよい刺激はユーモラスすら感じさせられて、読んでいて興味がつきない。
放射能汚染地帯に生息するハタネズミは寿命が短くなるかわりに、性的成熟と出産を早めて帳尻をあわせて、結果、生息している総数が減少していないというエピソードは、世界一の長寿である日本人女性の晩婚化や独身比率の高まり、出産数の減少を説明できるではないか。あんなに長生きできれば、なにも結婚という形態をとる必要もないし、高度な医療のおかげでひとりっ子でもこどもを失う心配もまず杞憂におわる。かくして我が国の娘は、なるべく長く姫状態を維持していくことになる。一方、ハタネズミのメスは日本人女性と事情が異なるから、自然は選択のスピードをあげ、次々と世代交代をくりかえし放射能により強い固体が生まれる可能性を求めているのかもしれない。

おおいなる自然に何度も感銘をうけるのだが、50億年の時が過ぎれば太陽が膨張してこの地球は燃え尽きて死を迎える。こうして、人類の軌跡は完全にとだえてしまうのか?人類が消え、地球も消滅して、その後はSF小説のような素敵な終わり方である。

本書は、「TIME」誌による2007年度ノンフィクション部門のベスト1に選出されたが、著者の世界中に及ぶ多くの専門家の意見を聞くフィールドワークによる発想の豊かさとが、通常のノンフィクションをこえる魅力となっている。しかも著者のシナリオは、単純な環境問題の善悪とは少し異なる。自然にとっては、そして地球にとっては、人類もひとつの生物種に過ぎないことを本書で悟るだろう。