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作曲者と題字制作者
・作曲=千住 明(せんじゅ あきら、1960年10月21日-)は東京都出身の作曲家・編曲家・音楽プロデューサー。
慶應義塾大学工学部を経て東京芸術大学作曲科卒業。同大学院修了(主席)。修了作品「EDEN」は史上8人目の東京芸術大学買上となり、東京芸術大学芸術資料館に永久保存されている。編曲やプロデュースなど幅広く活躍する。特にドラマ音楽を多く手がける。「映像音楽の魔術師」と称されることもある。
・題字=柿沼 康二(かきぬま こうじ、1970年7月16日 - )は、「芸術としての書」をテーマに、世界的に活躍する書家。
「老齢の芸術」と言われ続けた書道の世界から突如現れた革命児。 20代後半からNHK「にんげんドキュメント」などテレビやマスメディアで急激に取り上げられ、大筆の超大作パフォーマンス、制作前のストイックなランニング、矢沢永吉やレッド・ツェッペリンなどロックミュージックを爆音で聴きながら制作する、金髪のカリスマ書家である。「書道界の革命児」「次世代型アーティスト」「世界の柿沼」「岡本太郎的な精神」「サムライ書家」などと紹介される例が多い。その異端さとアバンギャルド性が高く評価される一方、それら奇抜な側面を根底から支える日常は、実に基本に忠実なものである。歴史上の能筆家の古筆を徹底的に模写する「臨書(りんしょ)」という作業、文字の形、運動感、呼吸、リズム、歴史的背景など書道の原理、原則、哲学を全て体に染み込ませるべく日に何時間も臨書に費やす。古の型から現代的且つ新しい書を追及しようと提唱した師手島右卿の「新古典主義」を受け継ぎ、現代書の可能性を広げ続けている。
お二人の略歴はウィキペディアより。
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山本勘助ゆかりの地 ウオーキングコース
豊川市は戦国武将の武田信玄の軍師だった山本勘助が、青年期を過ごしたとされる同市牛久保町内の史跡を結ぶ道をウオーキングコースとして整備する。11月にも案内看板を設置し、地元の奉賛会と連携して同23日にイベントを開き、地域の活性化とイメージアップを図る。
勘助は少年時代、牛久保を治めていた牧野氏の家臣である大林氏の養子に入り、約10年を過ごしたと伝えられる。町内の長谷寺(ちょうこくじ)の住職と長年親交があり、信玄に仕えた際に髪を託し、その遺髪を納めた墓が同寺に残っている。
町内には、桶狭間の戦いで討死した今川義元の胴塚がある大聖寺などの史跡もあるが、勘助の知名度はいまひとつ。そこで、勘助が主人公のNHK大河ドラマ「風林火山」が来年放映されるのを機に、市は大々的に売り出すことにした。
JR牛久保駅前に見どころを地図や解説で紹介するメーン看板(高さ1.8メートル、幅2.2メートル)を設置。駅を起点に大聖寺、長谷寺、牛久保城跡、巨木などを回る約4キロのウオーキングコースを設定する。途中、4カ所に地図や所要時間を示す看板(約70センチ四方)も立てる。
イベントでは長谷寺に解説パネルを展示し「山本勘助ゆかりの地」と書いたのぼりで雰囲気を高めるが、詳細は、市と地元で協議中。市は、市議会9月定例会に提出する一般会計補正予算案に勘助PRの関連事業費約500万円を盛り込んでいる。
豊川市は「遠方から人を呼び込み、豊川全体の観光客増加につなげたい」と期待している。さらに、勘助の生誕地とされる豊橋市賀茂町でも地元住民が解説板を設置するなどの活動を展開しており、双方が一体となったPRも見込まれる。
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