日々精進!!!

どうなるのでしょうか・・・。

一連の出来事 その7 最後。

2016-10-05 15:03:39 | Weblog
この前の土日、ジャニの応援しているグループのコンサートが大阪でありました。
すごく悩みました。
「ご挨拶させてください」とツイートに書いて、誰も反応が無かったら、
今の私は多分立ち直れないだろう。
でも、このまま書かなかったら2日間ぼっちが確定する。
どっちも傷つくならwじゃあもう書いちゃえと呟きました。

本当、嬉しかった。体が日焼けしても(肩にタンクトップの跡がついた)
どんなに汗だくでも、ツイッター上でやりとりしたファンの方と
挨拶できたこと、「会ってください」と言われたこと、
軽く飲みにまでいけたこと。
自分が1人じゃないという喜びが凄かった。

先ほども申し上げたとおり、鬱は遺産相続と就職次第ですが、だいぶ
マシにはなってきています。
ただ、「1人」になるときついです。
1人だと余計なことを考えるし「ぼっち」を自覚するのが本当きついです。
だから今、それが理由で働きたくて仕方ありません。
お芝居のチケットもガンガンとっています。1人で行っても、観劇中は
関係ないからw
変に時間を作ると(相続や就職を含め)余計なことを考えるから。

たかのりさんのアドバイスで、できるだけジムに行き身体を動かすことも
なかなかいい傾向です。
マッチョさんたちを見てぼっちはきついとはあまり思わずwランニング中の
1人は脳にいいように作用しています。

でも、これじゃないという自分もいます。
1人で行動することを恥ずべきこととして考えるぐらい自分が嫌いだった
あのころにはもう戻りたくないけど、何も時間を無理やり埋める作業を
している自分に虚しさを感じなくはないです。



今の私の課題は
「自分のことを好きになる。」
「自分で自分を愛してあげる」
です。でも、これが今の私にはまったくわからないのです。
3○年間、必死に隠していたけど、
「自分の軸」=「他人から好かれる、大切にされる、愛される」
だった、心が0歳児の私が
「はい今から自分を好きになってください」と
言われたところでわからないのです。
「自分が好き=人が私のこと好きと言ってくれる」
これ以外考えられないのです。
今まであんなに強がってた「1人の自分」はもう大嫌いだし。

(ただ、一度鬱になった直後に大阪の友人に
「自分が孤独なんて思わないでくれ。大阪に私がいる」
と叱られたのは反省しています)

自分を愛し、好きになって、1人の自分も心から楽しみ、そして友人たちいる
時間も大事にし、自分を誠実に愛することによって、誠実に愛してくれる
恋人も見つけ、自分に向いている仕事をして自分でお金を稼ぐ喜びを
久しぶりに感じたい。

これからこのブログが、観劇と、日常に、これが入ります。
このブログを通して精神的に成長をしていきたいです。
どうかいろんな人の意見をいただけると(あ、優しくねw)有り難いです。

まぁ基本は楽しいブログにしていきたいので、宜しくお願いいたします。
最期まで読んでいただき有難うございました。
引き続き宜しくお願いいたします。
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一連の出来事 その6

2016-10-05 14:38:58 | Weblog

前の前の話の続きですが、無意識のうちに横浜の夜景を見に行った時、
ツイッターでさも「複数人と行った」とうそをついたことがあります。
この時、実は同じ場所にいたカップルから「あの人、1人なんだよ」と
陰で笑われたんです。いや、聞こえてたら陰でもへったくれでもないけどw

その時必死に強がってたんですよ。
「悪いかよ。私はおひとりさまができるサバサバした女性なんだよ」と。
今ならようやく認められます。羨ましくて仕方ないです。


投薬は続いていますが、鬱もだいぶ落ち着きました。(酒も飲んでますw)
ただ、遺産相続の行方によってはわかりません。
そして鬱になったこと、そのあと楽しい時間を過ごしたことによって、
3○年間自分をずっと偽ってきた
「自分のことが大嫌い」
もようやく認めることが出来ました。
そして過去の要因も知り、1人でいる自分が大嫌いだったと、こちらも
ようやく認めることができました。

私の「大嫌いな自分」の象徴は「常に孤独」です。
常に孤独だったから、「気づいた」今、ぼっちというものに極度の嫌悪感を
感じ、私に全くない「沢山の人に好かれる」ことが素晴らしいことなんだと
考えてることに気づきました。



これが今の最大の課題です。
この齢になって、1人行動が、恥ずべきものになったんです。
まさかこの歳になって、トイレに1人で行けない女子の思想になるなんて。
1人でハワイまで行った女が。今の私からしたら驚愕の対象です。

いい大人なんで、物理的に1人行動が必要な時は幾度となくやってきます。
例えば、就職面接。これはどう転がっても1人で行くしかない。
ところがそのあと、用事があるだ、2件目の面接があるだ、なんでもいいです。
この間にランチしようとか、ちょっとお茶して時間つぶそうが、できなくなったんです。
それは、私にとって「恥ずべき事」なんです。なぜなら、1人だから。ぼっちだから。

観劇もそう。十何年、1人で行って「あー面白かった。ご飯買って帰ろう」
これが、恥ずべき事になったんです。ご飯はテイクアウトで正解。
なぜなら、1人だから。

バカでしょ?w
もう1人の私がずっとやってたこと、つまり
「大嫌いな私が、無理して、格好つけて、強がってやってたこと」
だから、異常なまでの嫌悪感しかないんです。

ただ、くれぐれも誤解されたくないことが2点あって、
1つは、1人行動をされている人を軽蔑したり笑ったりすることは全くありません。
むしろ逆です。
「あー1人で動けるあの人素晴らしい!!」
「自分をキチンと愛して好きになって、本当の意味で1人を楽しみたい」
この2点です。尊敬です。「あの頃に戻りたい」とは意味が少し違うけど、戻りたい。

もう1つは、こんな私でもたまに誘ってくれる友人たちは
「1人じゃない自分を飾ってくれるアクセサリー」では断じてありません。
自分のことが大嫌いで、人付き合いが全くうまくいかなかったあの時(今もか)
ずっとこんな私(ほらこの言い方がもうダメですよね)と一緒に遊んだり
飲んだりしてくれた数少ない友人たちは、一生涯大切にしたい財産です。
特に大阪の親友2人と、ずっと東京で笑って過ごしてきたたかのりさん。
本当に大切にしたい感謝の気持ちしかない人たちです。


それだけはどうか誤解のないようにお願いいしたいです。
これで終わる予定でしたが、長文になりそうなんで、次まで持ち越します。
本当すみません。
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一連の出来事 その5

2016-10-05 13:51:11 | Weblog
ちょっとスピリチュアルになるのかな?
一応、精神科医の先生の見解でもあるので聞いてください。

思春期に派手にいじめられていたのが要因とずっと思っていましたが、
どうやら違うようです。

私は父と母が離婚が決まってから妊娠が発覚した子です。
(離婚300日以内の親権などに関しては一切知りません。
一度聞いたところ「お母さん幸せじゃなかった時期だから話したくない!」と
一喝されてそれ以来聞けませんでした)

それでも母は産み育てると宣言し実家に帰ったものの、周囲の反対、
近所の目、時代も時代でしたのでかなりいろいろあったようです。

母はとても美人で(俺様ばあちゃんそっくりw)実の両親に一番
かわいがられていたようです。
それでこの結婚(お見合い)を勧めた自責の念もあり、益々兄弟姉妹の中で
面白くないという意見もあったようです。

そんな中で物凄いストレスを10か月受けた私も相当なストレスを感じ
お腹の中にいたようです。
人格障害とかとはまた違えど、相当な「何か」をスタートラインから受けたようです。
それは生まれてから溺愛されても「最初」がそうだったら何か影響が
あるようです。

「であるようです」ばっかだなwまぁ生まれる前の話なんで。
相当不安定だった胎児時代のようでした。


人は周りに大切にされて、自分を大切にすることを覚える生き物だそうです。
思春期もかなり重要なポイントになるが、一番最初はそれがお母さんになる。
胎児のころ、半端なく傷ついた。お母さんがなによりかなり不安定だった。
私は人との繋がりを求めているが、うまくいかない。

「あの火曜日」は間違いなく鬱病。でも舞台やファン感謝祭、そして小旅行で
「人とつながって」落ち着いた。

今後は「他人のつながり」で信頼を得ることが重要になる。
ちょっとしたことで傷つく自分をキチンと自覚すること、自分が大嫌いだから、
ちょっとした刺激すら悪いことに解釈する自分を自覚すること。

人の心はいろんな分野に分かれている。
知識、知能、意欲・・・
私の感情はまだ「0歳か1歳」なんだそうです。それは言い過ぎかと思うがw
私が私を大事にしなかったから、方法を知らないし教えられない自分は
まだ赤ちゃんなんだそうです。

自分を大事にする方法を一番最初に教えるのは母親、それが上手くいかなかった。
母親ももしかしたらかなり自分のことが嫌いだったのかもしれない。
母がしあわせだったら学べた筈。

まずは少しずつ人とつながり、自己の重要性を知ることが第一。
傷ついても「私の心は0歳」と思えばいい(ただし迷惑かけたら謝る)と。

お医者さんやカウンセラーさんの見解はこうでした。
認めることによって、こんなことになるなんて、本当思いませんでした。
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一連の出来事 その4

2016-10-05 13:28:10 | Weblog
突如鬱病になったのと同じように、なぜ突如この気持ちが出てきたのか
この気持ちに気づいたのか、受け入れられるようになったのか、
心療内科の先生やカウンセリングの先生に聞いてもわかりません。
ただ「そういうのは、本当に不意に訪れるもんだよ」とは言われました。
カウンセリングの先生は「それを受け入れられる心の状態になったんだよ」
とも言われました。

3○年間生まれてきて、あまり幸せな人生ではないのは確かだと思います。
思春期はずっといじめられてきて、(私の青春は19歳からです)
婚約破棄をして、社会人生活は気持ちいいぐらい恵まれなかった。
(「他にもっと辛い人がいる」というのはやめてください。
それを言うとキリがない)
親族は不仲で常にどこかでいがみ合っていた。
祖母の幼児返りが凄く家は休まるところではなかった。
この齢まで独身で、就職も出来ず今も親の遺産で生きているクズで、
友達も少ない。

それでも肩肘張って、頑張って生きてきました。そんな自分も悪くないと
思ってました。
大嘘です。大嫌いです。

最期、うつ病になった最大にして最後の理由
「孤独に耐えられなかった」
お前はエリザベートかw

ジャニのそのグループのファンになって、それ専用のツイッターの
アカウントを作ったんです。情報やチケットの為に。
まぁ嫌われたw最初のほうの嫌われぶりは凄かった。あまりの凄さに
たかのりさんに飲み屋で愚痴ったほどw
でもそれも「人のせい」にしていました。
「本当、あいつら性格の悪い奴らばかり!」って。

そのくせ、リツイートやいいねを貰うと、本当に嬉しかった。
脳内麻薬でした。自分の承認欲求や、自己顕示欲が心から満たされて
いくのがわかった。気持ちいいなんてもんじゃなかった。

でも、うまくいかない。
ツイッターって、フォロワーさん同士のやりとりって見られるのですが、
私より後に始めた人が、いろんな人とどんどん仲良くなり、
オフ会で酒を飲んだりお茶会したり、舞台やコンサートが被った時に
挨拶させてくださいとか言ってどんどん友好を広げていく中、
私には1件も来ない。ずっと1人。
「それも悪くない」って必死に言い聞かせてた。
「1人のほうが私には向いている」とずっと思わせていた。
心の中で本当は必死に焦っていたり、泣きそうになっていたのに。

東京きてから、いや、東京来る前からずっと殆ど1人。
誰も自分を愛してくれない。むしろ粗末に扱われる。



そりゃそうですよ。だってこんだけ自分で自分を嫌って、それを必死で
取り繕っていたら、第三者なんか誰も愛してくれませんよ。
恋人だってできない。
自分が嫌いで、自分を認めたこと、自分を好いたことない人間が
人に愛される、好かれる、自分をキチンと肯定できる人たちの仲間に
入れてもらえるわけがないんです。

「そんな自分を好き」って3○年間ずっと偽ってきたのが、この旅行で
1日目にとても幸せな時間を過ごし、2日目に友人に大自然の中
優しくされたこと、そして恐怖のあまり鬱病にまでなってしまったこの
タイミングで、ようやく自分で認められたんです。

「私は自分のことが大嫌い」だと。

そして「自分が大嫌い」と認められたことによって、わかったんです。
「大嫌いな自分の象徴」は「ぼっち」なんです。

私、東京きて、ツイッターのアカウントで、1人で横浜に夜景を見ても、
1人で飲んでいても、まるで「2人以上で飲んでいる」と装ったことが
何回もあるんです。しかも何が怖いって、無意識でw

これに関してはあとでまた話します。今、一番の課題はこれなんです。長い!w
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一連の出来事 その3

2016-10-05 12:44:02 | Weblog
そんな中、どうしても、遠方のお出かけをしなきゃいけなくなりました。

その好きなジャニのグループが、ファン感謝祭を行ったんです。
場所は福岡、名古屋、仙台。
そして私は折角だから盛岡に住む八女さん(アンコロ日記別冊の管理人)に
会おうと、仙台一択にしていたんです。
去年、yukiさん、あきらさん、サザンビーチさんと行った八女さん家と盛岡の
旅行が本当楽しくてまた行きたいなと。
そして、見事当選。考えたらこの段階で運を使ったのかもしれないw
当選したのは数か月前、勿論、こんなことになるなんて思いもしなかった。
が前泊のホテルも取ったし、八女さんは私の為にスケジュールやプランを
考えている。そんな気持ちをないがしろにするほどまだ性根は腐ってなく
身体も動いてくれました。

とにかく投薬で何とか心を持たせて向かったファン感謝祭と小旅行は
本当に楽しかった。2日間、全く薬を飲まなかったんです。

ファン感謝祭はやっぱり単純に好きな芸能人と身近に接せられる喜びで
緊張したけど嬉しかった。
あと、なに様と思うかもしれませんが、非常識なファンが全くいなくて
終始空気が喫茶店で開催されているようなお茶会のようだったのもよかったw

盛岡は東京では感じられない自然と観光や料理、そしてなにより
プランを考えて案内してくれた八女さんのやさしさが嬉しかった。
実は帰りの新感線が、もしかして夜中しかないかもしれないってときに
(結局奇跡的にキャンセルが出て夕方帰られたのですが)
「まぁ夜でもいいか」と八女さんのこと全く考えずに思ったほどw

2日間「心の洗濯」をしたんです。
タイミング的にもむちゃくちゃ良かった。
で、帰りの新感線で自分の席を見つけ、荷物を棚に置いて、着席して
落ち着いた瞬間に、ずーっと、ずーっと、多分生まれた時からずっと
思ってたのに、認められなかったことに、遂に気づいたんです。


「私って、自分のことが大嫌いだ」と。
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