仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

パンドラとIKEAに行きました

2010-02-21 10:58:51 | 劇場の虎韜
遅ればせながら、ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』を観てきた。『ターミネーター』以来、キャメロンの映画をいいと思ったことは一度もないが、『エイリアン2』で海兵隊を絶賛した男が180度の転向をみせた点は面白かった。いうまでもなくこれは『駅馬車』の陰画であり、『ダンス・ウィズ・ウルヴズ』の系譜に属する作品だが、物語のうえでのオリジナリティには乏しい。最終的には自然環境を巻き込んでの殺し合いにしか決着を見出しえないところが、良くも悪しくもハリウッド的であり、キャメロン映画の思想(そもそも、思想を云々してはいけないのだな)的限界なのだろう。主人公の決断は、やがて地球とパンドラとの全面戦争を招来するはずだが、それについての展望や解決策は一切示されない。『ナウシカ』や『もののけ姫』の製作において宮崎駿がぶつかった問いは、キャメロンの前には立ち上がらなかったということだろうか。一部では、アメリカの大国的正義を批判する作品とみられているようだが、どうも9.11以降の二項対立的情況を促進する面があるような気がしてならない(決起を叫ぶ主人公の演説は、『インデペンデンス・デイ』で、「独立の日」の名の下に異星人との徹底抗戦を宣言する大統領と結局は同じだろう)。『エイリアン2』をエイリアンの側からみた物語だ、ということもできるかな。隣の席に座っていた60~70代のご婦人が3Dに驚き、ラスト近くでは涙を拭っていたように、映画としてのカタルシスはあるのだが…(個人的には、ナヴィの行う送り儀礼がよかった)。
ところで技術的には、実写とCGの違和感ない融合の世界に目を見張る。その分、映像としては絵画的印象が強く、運慶的というより快慶的なスタイルになっている(この比喩、分かってもらえるだろうか?)。これは意図的にだろうが、パンドラのジャングルは多くの生命が息づく猥雑さ、危険さより、ユートピア的な美しさが先に立っている。あたかもゴーギャンの絵画をみるようで、共感の存在自体は否定しないが、オリエンタリズムの変奏である点もまた確かだろう。細かく作り込まれてはいるものの、やはりどこかでリアルさが希薄な点が、全体を通して観て「ファイナル・ファンタジーっぽいな」という感想を抱いてしまう原因かも知れない。

さて、映画のあとはモモと合流してIKEA港北店へ。新居に必要な本棚、机などを購入するためだ。新横浜駅前から出る直通シャトルバスに乗り込み、あとは広大な店内を散策してセルフ・サービスの買い物。この「セルフ・サービス」であることによって、通常の家具店よりかなり安い値段で品物を入手することができるのだが、大量の買い物をすると、そのことがかえって仇になるようだ。ネックになったのは185×185cmの本棚8棹で、これをレジに運んでゆくこと自体が重労働だった。仕方なく近くの店員さんに助けを求めたが、「セルフ・サービスにご協力下さい」ととりつく島もない。しかし、なかには親切な店員さんもいて、その協力のもとなんとか台車6台分800kg以上の運び出しに成功したのであった。それにしても、いくら「セルフ・サービス」が売りだからといって、購入量からすればこちらはかなりの顧客のはず。それが店員の方に気を遣わなくてはいけないというのは、何か間違っている気がしてならない。おかげで大いにカロリーを消費した一日であった。

※ 写真は、IKEA内のレストランにて。学食のようだった。
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