仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

フロイトをどう扱うか

2011-12-10 04:40:38 | 議論の豹韜
先週の3日(土)、神道宗教学会の大会シンポジウムが終わって、ようやくシンポラッシュも完走することができた。今年はあまり出来がよくなかったが、まあ、仕事を抱えに抱えている現在の情況を考えればやむをえないところだろう。神道宗教学会のシンポは、古代から近現代に至る報告者がいずれも真摯・誠実に学問に取り組んでいて、何か爽やかで気持ちのよい印象だった。いずれもこれまでの仏教史、神道史の枠組み・概念を再検討する内容で、コメントを付けつつ、自分自身の課題も明確になった気がする。コーディネーターも兼ねた報告者の藤田大誠氏、古代の報告者加瀬直弥氏、中世の太田直之氏、近世の遠藤潤氏、コメンテーターの引野亨輔氏、司会の藤本頼生氏に心から感謝申し上げる次第である。

さて、あとは〆切を延ばしている原稿を順番に片付けてゆかねばならない。単行本もそろそろ脱稿せねばならないが、同時並行してT社の禁忌の論文ににも精力を注ぎたい。その関連で、最近凝り始めているのがフロイトである。フロイトについては、以前物語研究会シンポで死者の問題を扱ったとき、『トーテムとタブー』『エロスとタナトス』を検討して感銘を受け、その後非常に気になっている存在だった。学生の頃は、兄の影響でデュルケームなどを読んでいたせいか、精神分析の個的心理還元主義に否定的な先入観があり、概説程度を手に取るくらいでほとんどまじめに取り組んだことがなかった。しかし、あらためて読みなおしてみると、まずフロイトは人物として極めて面白い。エディプス・コンプレックスをはじめとするさまざまな概念も、自分を分析対象に、その罪悪観の根源をとことん追究した結果だと知れる。実際、彼の精神分析記録をみていると、患者との対話の最中に自己のトラウマに気づくなど、物語の相互構築の行われているのが分かる。きっと、歴史の物語り論を考えるうえでも重要だろう。よく考えてみると、精神分析学には、「個人心理の歴史学」という側面がある。個人心理が構築されてくる過程を臨床経験に基づく理論によって解明し、現状の分析に援用する。現行の心理状態は、その構築過程で生じたさまざまの問題によって異常をきたすため、精神分析学者は対象の精神を脱構築することで、過去の問題を明るみに出してゆくのである。セルトー『歴史と精神分析』やゲイ『歴史学と精神分析』も、この観点から読みなおしてみたい。

昨年は、アメリカ文学などとの共同作業のなかで、モースやレヴィ=ストロース、今村仁司や中沢新一の仕事を読み直し、動植物/人間の対称性の歴史をアジアの地域性において素描した。その折重要な分析対象となったのが異類婚姻譚だが、フロイトやクラインの議論を読んでいると、やはり個人意識の形成過程と社会的条件、そして環境的条件をどう架橋して考えてゆくかが重要な問題となってくる。ぼくはこれまで、後者の社会/自然環境との関係に方法論的な重心を置いていたが、やはり個人意識の方へも臆せず取り組んでいかなければならないようだ。例えば異類婚姻譚だが、ぼくは対称性との関連において把握していたけれども、そのうち異類が女性であり主人公への献身的奉仕の末に去ってゆくタイプの物語は、乳児期における母親への依存/憎悪の表象であるとする説明にも魅力を感じる。母親への意識が、そのまま地母神、自然環境へと投影されているとみることもできる。精神分析学者が物語を扱う際、極めて超歴史的なものとして分析する点(普遍的人間心理という対象構成の仕方からすれば、とうぜんそうなるわけだが)は批判せざるをえないとしても、生物学でさえ遺伝と歴史・文化との関係を論じる現代なのだから、各地域・時代の特徴を踏まえて個人心理の構築過程を把握し、それに対して前代的言説形式が社会的にどう供与され新たな形式を生み出してゆくか、やはり変転する自然環境がどう関係を及ぼしてゆくか考察することは可能なはずである。

しかし、フロイトはあまりに便利に消費されすぎて、現在周辺科学ではあまり注目されていないのかもしれない。先日の日文協シンポでも「快感原則の彼岸」について言及してみたが、懇親会も含めてまったく反応が得られなかった。ゲイが20年前に記した、「フロイトを批判する歴史学者は多いが、フロイト理論や精神分析学についてきちんと勉強している歴史学者はいない」という言葉は、未だ生きているような気がするが…。
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