【華麗・重厚な山車の〝担ぎ上げ〟も見どころ】
愛知県知立市で3日、知立神社の祭礼「知立まつり」が繰り広げられた。起源は古く江戸初期の1653年に始まったという伝統行事。1年おきに本祭(ほんまつり)と間祭(あいまつり)が行われており、本祭の年に当たる今年は5台の山車(だし)の上で名物の山車文楽とからくり芝居が奉納された。国の重要無形民俗文化財に指定されており、一昨年には「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコの無形文化遺産に登録されている。
山車は高さ約7m、重さ約5トンで、金箔を張った彫刻が美しい。車輪は松材で直径80cmほど、幅もかなり分厚い。「試楽」と呼ばれる2日はあいにくの雨模様で宮入りは中止となり、町を巡行した山車も大きなビニールで覆われた(5町のうち2町は巡行も中止になったとか)。「本楽」の3日は心配された雨も上がり、午前10時前には名鉄知立駅に近い新地中央通りに山車5台が勢ぞろい。笛や太鼓、三味線などによる「神舞(かみまい)」と呼ばれるお囃子に合わせ東海道など目抜き通りを巡行した後、昼すぎから1台ずつ宮入りした。
山車5台が勢ぞろいしたところで文楽の上演がスタート。まず山町が「日高川入相花王(いりあいざくら)渡し場の段」を披露した。よく通る義太夫の語りと三味線に合わせ1体の人形を3人で操る。山車の上で上演される3人遣いの人形浄瑠璃は知立以外では見られないそうだ。この後、中新町の「鎌倉三代記(三浦之助母別れの段)」など3本の文楽が上演された。からくりを披露したのは4番目に登場した西町で演目は「一の谷合戦」。太夫の語りと三味線に合わせ糸で操るからくり人形だけで物語を演じるもので、これも全国的に極めて珍しいという。
華麗な山車の巡行も見ごたえがあった。特に交差点などで方向転換する際の山車の〝担ぎ上げ〟。知立の山車の最大の特徴は梶棒が後方だけにしかないこと。その梶棒をわずか8人で担ぎ上げて後輪を浮かせ、その間に前輪を基点に方向を変える。その直前、梶棒連の8人はしばしの間、整然と並び背筋を伸ばして目を閉じ呼吸を整える。その一瞬に渾身の力を発揮するため精神統一を図っているのだろう。
8人は山車操作の指示者の合図に合わせ、梶棒に肩を入れるや「せいのー」と一気に担ぎ上げる。方向転換した後がまたすごい。今後は全員が同時に尻餅をつくほど倒れ込み後輪を地面に「ドッスン」と落とす。その衝撃の凄まじいこと。地響きが轟き大揺れする山車が壊れるのではないかと心配になるほどだった。その間続く梶棒連を鼓舞する囃子の名調子も印象的だった。知立ではこのまつり本番に向け各町内が1カ月ほど前に宿開きを行い、梶棒連や人形遣い、囃子方などがそれぞれ稽古や諸準備に励んできたそうだ。
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