【野中圭一郎著、プレジデント社発行】
歩いていたら突然後ろから音もなくすぐ脇を車が通り過ぎてびっくり! エンジン音が小さいハイブリット車の登場で、同じような経験をした人は多いにちがいない。「耳が聞こえない人は日々、こんな怖い思いをしながら暮らしているのだ」。かつて出版社に勤めていた頃に聴導犬の訓練風景を目にしていた野中氏はふとそう思った。盲導犬に比べると聴導犬の認知度は低い。マイナーな存在の聴導犬のことをもっと多くの人に知ってほしい――そんな思いが本書の執筆に駆り立てた。
聴導犬は耳が不自由な人たちのいわば耳代わり。訓練士が生後2カ月ほどの子犬を自宅で飼いながら訓練し、2歳前後になると希望するユーザーに引き合わせる。ユーザーがその犬と暮らす目途がついたところで、犬とユーザーが一緒に聴導犬の認定試験を受ける。著者は聴導犬と暮らすユーザーや訓練士への取材を重ねて「理想の聴導犬ブランカの大胆さ」「聴導犬になれなかったあづね」「鳥の鳴き声を教えてくれたあみのすけ」など9つの物語を紡ぎだした。
そこに描かれているのは訓練士と聴導犬、ユーザーと聴導犬の強い絆と信頼感だ。ある訓練士はユーザーに渡すときの心境を「嫁に出す母親の気持ち」と表現し、ユーザーの一人は聴導犬を「天の恵み」「犬に姿を変えた如来」と形容する。ただ「聴導犬を持つということは、世話をしてもらうと同時に世話をすることも意味する」。聴導犬もやがて年老いて役割を果たせなくなってしまう。引退しペット扱いになると、ペット禁止のアパートにはもう住めない。そこであるユーザーは聴導犬の老後に備えペット可のマンションに引っ越したという。ユーザーが聴導犬より先に年老いたり病気で世話ができなくなったりすることも。やむなく訓練士が引き取りに行くと、聴導犬が「なんで(ユーザーも)一緒に来ないの?」といった表情で泣いていたそうだ。
2002年施行の身体障害者補助犬法で、公共施設や乗り物、飲食店、病院、ホテルなどに聴導犬、盲導犬、介助犬を同伴できるようになった。外出するときには「聴導犬」と書かれたケープを身に付ける。ただ盲導犬に比べ聴導犬を目にする機会はまだ少ない。それもそのはず。実際にユーザーを手助けしている聴導犬は全国でまだ70頭にすぎず、盲導犬の950頭の十分の一にも満たない(2018年1月現在)。補助犬法の施行から既に約16年になるが、今でもなお「犬の同伴はだめ」と断られるケースも少なくないという。