高校二年生秋から高校三年生夏に掛けて、無地のノートに書きなぐった原稿が出てきた。(既出)
他人に見せられる代物ではないが、当時のアニメの影響は明らかに反映しているため、少し私見を述べさせてもらう。
当時、松山市では、なぜか日活系のエロ映画館で「さらば宇宙戦艦ヤマト」を上映しており、一方NHKでは、火曜日の19;30から「未来少年コナン」を放映していた。
奇しくも、35年振りの邂逅と言えようか、映画館では「宇宙海賊キャプテンハーロック」と「風立ちぬ」が同時期に上映されている。
50歳前後の男性諸氏ならば既におわかりであろうが、今年は、35年振りに、先般引退表明をした宮崎駿氏と、これからも新メディアを駆使して映画を作り続けると宣言した松本零士が互いの作品で直接対決した年なのである。
当時、「男おいどん」⇒「宇宙戦艦ヤマト(テレビ版)」⇒「ワダチ」⇒「大純情くん」⇒「さらば宇宙戦艦ヤマト」と松本零士氏の作品に心酔していた自分は、何気にNHKで見始めた「未来少年コナン」に衝撃を受けた。
ファルコにせよ、フライングマシーンにせよ、メカは全て丸っこくて垢抜けていない。しかし、その分アニメーションとしては、色々な角度に切り替えが簡単で、要するに動かしやすい。
そしてキャラクターが良く動く。
ヤマトのスターシア、ハーロックのミーメ アニメの中の女性キャラは静かなイメージが強い。
一方、コナンの場合、コナンはもちろんのこと、モンスリーもラナもヒロインが動く動く。
特に、傷ついたコナンをかくまうために、ハイハーバーの麦畑の中で、ラナがしゃがんで囮となって走る姿は今でも記憶に焼きついている。
宮崎駿氏は奥さんと東映の組合活動を通じて知り合ったことでも分かるとおり、共産党系の思想を母体としている気がする。ハイハーバーでインダストリアルの兵隊が島民の説得に応じて銃を捨て、農機具の鍬に持ち替えるシーンが象徴的であった。
だからと言って、松本氏が「右」と言う訳では無いが、そのアニメの思想は全く別のベクトルを向いていた。
しかし、当時17歳で、まだ童貞であった(これは別に関係ないか)自分は、ピュアに二つの作品の対立する方向性を無理矢理に合理化しようとしていた。
長い前置きになったが、こういう時代背景を受け、元々松本零士の作品を習作として、手足やマツゲの長いヒロインを描き、ゴツゴツしたメカニックを描いていた自分は、動かし易い丸みを帯びた乗り物を描くようになり、キャラクターの顔もラナ、モンスリーに近づいていったような気がする。
※この点については、既にいつかかずまるさんに看破されていた。
そのため、別添マンガのコマには、
○「さらば宇宙戦艦ヤマト」で白色彗星の駆逐艦の攻撃を受けて、ヤマトの船腹がアナボコだらけになるシーンと
○「未来少年コナン」でギガントが煙を吹いて墜落していくシーン
両方の影響を受けたシーンが描かれているのだろか。
35年も前のことだから、よく覚えてない・・・・・・