松山の御朱印&風景印巡りの続きです。
石手寺の境内にはもう一つ、地蔵院があります。
地蔵院は真言宗豊山派のお寺で、本尊は延命地蔵菩薩です。聖徳太子が伊予に行啓した際に恵明法師に建立させたとされます。その後現在地に移されています。
こちらは砥部の理正院と同じく伊予十三仏霊場になっています。
地蔵院の御朱印です。
石手寺の山門を出て東に少し歩きましょう。
こんなところで「近鉄特急」の文字を見るとは思いませんでした。
その先に松山石手郵便局があります。
松山石手郵便局の風景印です。もちそん石手寺の三重塔が描かれています。
道後の温泉街に戻りましょう。
この坂の奥に宝厳寺があります。何てことのなさそうな坂ですが、実はかつて「ネオン坂歓楽街」、またの名を「松ヶ枝遊郭」と呼ばれた一画でした。当時の建物はほぼなくなり、地域の再生をどうするか模索中です。
宝厳寺は665年に伊予の国司・越智守興により創建されたお寺です。当初は法相宗でのち天台宗となっています。その後「遊行上人」とも呼ばれる時宗の開祖・一遍がこの地で生まれ、時宗のお寺となっています。
室町時代作の一遍上人像が国の重要文化財に指定されましたが、2013年に本堂と庫裏を焼失し、一遍上人像も焼け落ちてしまったそうです。このため本堂は2016年に再建されており、まだ新しさを感じることができます。
宝厳寺の御朱印です。
まだまだ続きます。
石手寺の境内にはもう一つ、地蔵院があります。
地蔵院は真言宗豊山派のお寺で、本尊は延命地蔵菩薩です。聖徳太子が伊予に行啓した際に恵明法師に建立させたとされます。その後現在地に移されています。
こちらは砥部の理正院と同じく伊予十三仏霊場になっています。
地蔵院の御朱印です。
石手寺の山門を出て東に少し歩きましょう。
こんなところで「近鉄特急」の文字を見るとは思いませんでした。
その先に松山石手郵便局があります。
松山石手郵便局の風景印です。もちそん石手寺の三重塔が描かれています。
道後の温泉街に戻りましょう。
この坂の奥に宝厳寺があります。何てことのなさそうな坂ですが、実はかつて「ネオン坂歓楽街」、またの名を「松ヶ枝遊郭」と呼ばれた一画でした。当時の建物はほぼなくなり、地域の再生をどうするか模索中です。
宝厳寺は665年に伊予の国司・越智守興により創建されたお寺です。当初は法相宗でのち天台宗となっています。その後「遊行上人」とも呼ばれる時宗の開祖・一遍がこの地で生まれ、時宗のお寺となっています。
室町時代作の一遍上人像が国の重要文化財に指定されましたが、2013年に本堂と庫裏を焼失し、一遍上人像も焼け落ちてしまったそうです。このため本堂は2016年に再建されており、まだ新しさを感じることができます。
宝厳寺の御朱印です。
まだまだ続きます。