今夜もSherlockがございますよ~~
BSプレミアム、21時からです♪
みなさん、ご準備はよろしいですか、って、なんのだよ、自分。
下の記事のコメント欄(ありがとう)で、シャーロックとジョンが
「陰陽師の晴明と博雅に似ている」
「弥勒シリーズの信次郎と清之介だ」
「家守奇譚の綿貫と高堂はどうよ」
「た、確かに!」
・・・と、皆様とお話ししてるうちに、そうや、「冬天の昴」のレビューを書いてないや、と思い出しました。
あさのあつこさんの弥勒シリーズに関しては、以前こちらの記事で、信次郎と清之介の関係がいい!と騒いでましたが、その5作目が今年の3月に出ました♪
(iguさんに教えていただいて、あわてて読みました♪ iguさん、いつもありがとうございます!)
冬天の昴
4作目で「このシリーズ、終わりにしようと思っているのでは?」と不安になったので、次の本が出たのはとっても嬉しいです♪
(以下、ネタバレはありませんが、本文の引用があります)
今回は舞台がまた江戸に戻り、女郎と武士が心中したシーンの妻のモノローグから始まります。
この奥さんがあの人だなんて。
時代物のミステリーとしても、最後までぐいぐい引っ張るストーリーテラーのあさのさんですが、やはりなんといっても、信次郎と清之介と伊佐治の三人組のやり取りが光ります。
清之介が信次郎について、
『 孤独は人を苛む。苛まれるから人なのだ。
父は、人であることを捨てよと息子に命じた。人を殺すためだけの道具になれと命じたのだ。そして、信次郎は、言う。
おまえは、人斬りだ。商人の形をした人斬りなんだよ。
そう執拗に言い募る。
しかし、木暮さま、もしかしたら・・・・・・。
清之介は無言でここにはいない信次郎に語りかける。
もしかしたら、あなたの方がよほど……、独りであることに平然と耐えていけるあなたの方がよほど、人斬りに近いのではありませぬか。あなたはご自分のうちの頻闇をただ、わたしに重ねているだけではございませんか。』p172
と思いをはせれば、信次郎は信次郎で
『 口の中が苦くて堪らなくなったのだ。水を飲みたいと思う。冷たく澄んだ水を一息に飲み干したい。そして、美味い茶が欲しい。仄かな苦味とこくのある茶だ。遠野屋の茶だった。
あいつの淹れる茶は、何であんなに美味いんだ。別段、変わった茶葉をつかってるわけじゃねえだろうが、やたら美味い。湯の加減がいいのか。こちらの好みを知り尽くしてるのか。
奥歯を強く噛み締める。
知り尽くしているだと? 冗談じゃねえよ、知り尽くされてたまるかい。まったく、こんなときに、何を考えているんだ、おれは。』p185
と修羅場で清之介のお茶を所望している。
『「親分、そんなに顔を近づけてくんなよ。気味が悪いや」
「なんだったら、鼻の頭をなめて差し上げやす。それが嫌なら、ちゃんと答えてもらいやしょうか」』p303
伊佐治も相変わらずマイペースで信次郎に迫っております。
本の帯には
「これが、あさのあつこの代表作だ!」
なんて書いてある割には、お話自体は他のものと比べると割とあっさりめで、短編になりそうな話を引き延ばした感もちょっとありますが、なんといってもキャラクターの魅力で読ませるのです。
ものすごく頭が切れるのに、クールで人間らしさに欠ける信次郎が、清之介や伊佐治との関わりから、人間の温かさを感じられるようになっていくのか、シリーズの先が楽しみで気になる作品です♪
なお、このシリーズを読んだことのない方は、ぜひぜひシリーズの一作目から読まれることをお勧めいたします。
弥勒の月 (光文社時代小説文庫)
夜叉桜 (光文社時代小説文庫)
木練柿 (光文社時代小説文庫)
東雲(しののめ)の途(みち)
BSプレミアム、21時からです♪
みなさん、ご準備はよろしいですか、って、なんのだよ、自分。
下の記事のコメント欄(ありがとう)で、シャーロックとジョンが
「陰陽師の晴明と博雅に似ている」
「弥勒シリーズの信次郎と清之介だ」
「家守奇譚の綿貫と高堂はどうよ」
「た、確かに!」
・・・と、皆様とお話ししてるうちに、そうや、「冬天の昴」のレビューを書いてないや、と思い出しました。
あさのあつこさんの弥勒シリーズに関しては、以前こちらの記事で、信次郎と清之介の関係がいい!と騒いでましたが、その5作目が今年の3月に出ました♪
(iguさんに教えていただいて、あわてて読みました♪ iguさん、いつもありがとうございます!)
冬天の昴
4作目で「このシリーズ、終わりにしようと思っているのでは?」と不安になったので、次の本が出たのはとっても嬉しいです♪
(以下、ネタバレはありませんが、本文の引用があります)
今回は舞台がまた江戸に戻り、女郎と武士が心中したシーンの妻のモノローグから始まります。
この奥さんがあの人だなんて。
時代物のミステリーとしても、最後までぐいぐい引っ張るストーリーテラーのあさのさんですが、やはりなんといっても、信次郎と清之介と伊佐治の三人組のやり取りが光ります。
清之介が信次郎について、
『 孤独は人を苛む。苛まれるから人なのだ。
父は、人であることを捨てよと息子に命じた。人を殺すためだけの道具になれと命じたのだ。そして、信次郎は、言う。
おまえは、人斬りだ。商人の形をした人斬りなんだよ。
そう執拗に言い募る。
しかし、木暮さま、もしかしたら・・・・・・。
清之介は無言でここにはいない信次郎に語りかける。
もしかしたら、あなたの方がよほど……、独りであることに平然と耐えていけるあなたの方がよほど、人斬りに近いのではありませぬか。あなたはご自分のうちの頻闇をただ、わたしに重ねているだけではございませんか。』p172
と思いをはせれば、信次郎は信次郎で
『 口の中が苦くて堪らなくなったのだ。水を飲みたいと思う。冷たく澄んだ水を一息に飲み干したい。そして、美味い茶が欲しい。仄かな苦味とこくのある茶だ。遠野屋の茶だった。
あいつの淹れる茶は、何であんなに美味いんだ。別段、変わった茶葉をつかってるわけじゃねえだろうが、やたら美味い。湯の加減がいいのか。こちらの好みを知り尽くしてるのか。
奥歯を強く噛み締める。
知り尽くしているだと? 冗談じゃねえよ、知り尽くされてたまるかい。まったく、こんなときに、何を考えているんだ、おれは。』p185
と修羅場で清之介のお茶を所望している。
『「親分、そんなに顔を近づけてくんなよ。気味が悪いや」
「なんだったら、鼻の頭をなめて差し上げやす。それが嫌なら、ちゃんと答えてもらいやしょうか」』p303
伊佐治も相変わらずマイペースで信次郎に迫っております。
本の帯には
「これが、あさのあつこの代表作だ!」
なんて書いてある割には、お話自体は他のものと比べると割とあっさりめで、短編になりそうな話を引き延ばした感もちょっとありますが、なんといってもキャラクターの魅力で読ませるのです。
ものすごく頭が切れるのに、クールで人間らしさに欠ける信次郎が、清之介や伊佐治との関わりから、人間の温かさを感じられるようになっていくのか、シリーズの先が楽しみで気になる作品です♪
なお、このシリーズを読んだことのない方は、ぜひぜひシリーズの一作目から読まれることをお勧めいたします。
弥勒の月 (光文社時代小説文庫)
夜叉桜 (光文社時代小説文庫)
木練柿 (光文社時代小説文庫)
東雲(しののめ)の途(みち)