goo blog サービス終了のお知らせ 

柄目木庵

良寛さまに思いをよせながら。

「ときの広場」

2006年07月31日 | アマチュア無線
 先週の土曜日(7/29)のことであった。

 何回かのチャンスを逃していた「ときの広場」の皆さんとのミーティング(懇親会)に、ようやく今回出席できたのであった。
会場は、新潟駅前「海鮮居酒屋」。6時半からでした。
顔を出すとすでに大方の人がそろっていた。

 私のBLOG「柄目木庵」からも、この「ときの広場」へのリンクが張ってある。
この「広場」に集うハム仲間達のミーティングであった。
年配の方から若い人たちも、そろって「ハムが大好きな人たち」ばかりなのである。
このことは、当たり前のように思われるが、さにあらず。

 実は、私には苦い経験があった。
もう、かなり以前のことであるが、あることを契機にあれよあれよといううちに「無線仲間のグループ」ができた。
まだ、多くの人たちがにぎやかに、華やかにアマチュア無線を楽しんでいた時代であった。
いつの間にか、そのグループの「看板」に祭り上げられていた。
 会の規約やら総会もあった。事務局での会報発行もあった。あまりにもがんばりすぎで、整いすぎたようだった。
しかし、
当然のことながら、ハムに対するそれぞれのメンバーの思いは、実にさまざまであった。それでも移動運用などは活発に行ってきた。
しかし、「飲むだけでよい」とか「上からごちゃごちゃ言うな」などと文句が出始めるようになってきた。
事務局を交代していただいたりもしたが、対応し切れなかった。崩壊は時間の問題となってきた。
いつの間にか、私も含めて多くの人が去っていった。
 整いすぎた形は多くの仲間を包含するには窮屈となってきていたのであった。
そして時代は、ご存知のように「ハムの世界」も急激に大きく様変わりしてきた。

 さいわい、いまやある意味でほんとに「アマチュア無線」が好きな人だけが残った、という状況である。
この「ときの広場」は、広場と名乗るように、まさに「広場」なのである。
ちょっと立ち止まる人もいれば、いつも立ち寄る人がいたり。さまざまである。
私は、このような広場的なお付き合いが、とても気に入っている。

 「ときの広場」とは、いわき市の「オーロラグループ」とともに「佐渡移動運用」をした人たちの間から、自然発生的に生まれた。「とき」の名がそこから来ていると聞いている。

 月一度であるが、「6mAMのロールコール」をサポートする人が出たり、アンテナ作りに余念のない人、奥様とのマッチングのためにアンテナに苦心されている人、奥様同伴で参加される方、などなどすばらしい方々ばかりである。
共通項は「アマチュア無線大好き」なのである。
 実は、この間の「JA0AAさんのアンテナ・メンテ」をお手伝いした人たちも、この仲間でもある。

 私は、この夜、孫との約束もあり、少し早めに失礼したのだが、無線談義が夜遅くまで続いたのだとか。最後までお付き合いできなかったことはとても残念ではあった。
次回のチャンスを楽しみにしたい。

「AAさんのアンテナ」のメンテ。

2006年07月24日 | アマチュア無線
 今日もまた朝からの雨模様、一日中降り続いている。

 ところが、昨日7/23(日)は午前中は強烈な日差しと暑さとなり、午後には曇りとなったものの蒸し暑い一日であった。

 以前から、この日を予定していた「JA0AAさん宅」のアンテナメンテナンスであった。雨なら中止としていたが、晴れ男は誰だったのだろうか。

 午前九時半に我ら三人組は、AAさん宅に集合。
西会津からキャップのJN7TRH,新潟市内からサブのJG0NQO、それに地上スタッフJA0AAQ,総監督はJA0AA。
シャックで作業内容の確認をしたあと、外でアンテナを見上げながら段取りをする


 今回は、前回のチェックから「ポールの交換、HFワイヤーアンテナのステー交換、ウィンチ撤去など」が主たるところである。

 3段のクランクアップタワーには、確か以前には「HFのYagiアンテナ」があがっていたはずである。年を重ねられてAAさんは自らメンテできるようにと、数年前にオールバンドでワイヤーダイポールとされていた。
タワーもアップを断念されて、ポールのトップからダイポールを張られていた。

 今回のポール交換には、タワーに二連はしごを沿わせて、ポールを引き抜き、取り替える手法がキャップの提案で採用された。
 それにしても、大変な暑さである。高所作業の二人には腰にポカリをつけてもらい、水分補給を忘れないようにと注意!
 さすがにキャップとサブのチームワークはすばらしい。
やがてタワーに沿って高い位置にはしごが固定された。
これで、作業性は抜群によいこととなった。
    

 ポールトップのUVのアンテナをはずし、ポールが無事引き抜かれた。
              

 取替え用のポールの先端部にかぶせる「アルミ缶」は、先代のポールで実績のあった写真の「ビール缶」が我が総監督のお勧めであり、こだわりであった。
    

 いよいよ、新しいポールの取り付けである。高所での作業だ。緊張も最高となった。
              

 無事成功とは言うものの、疲労も最高となった。11時半少し早いがお昼とした。
 みんなで私の車に乗って、総監督の案内で高級食堂に案内される。ファミレス専門の私には、ちょっとびびりそうであった。
しかし、すこしぜいたくさせていただき私らは高級和洋定食、それにキャップはうなぎ定食でスタミナをつけていただいた。どうも大変散財をさせてしまったようで恐縮だった。久々のグルメ、おいしさに大満足。
 また、話がはずんだ。なんと総監督はサブの高校の大先輩であることも判明。
サブはしきりに感激していた。

 元気回復したのと曇り始めてきたので、暑さも若干しのぎやすくなった。
午後の作業は快調であった。
           

 トップにGP、キャップ製作の新たな腕をポールに取り付けて、ワイヤーダイポール類を吊り下げた。
サブは各バンドのワイヤーの展張具合を調節、またステーの交換などに忙しい。
 地面からタワーの上ばかり見ていた私は、すでに首も回らないくらいの状態であったが、時々必要な材料や工具などをロープに巻きつけて引き上げるお手伝いをしていた。

               

 上の写真は、ついに作業完了で記念写真を撮っておこうということで、総監督の奥様がシャッターを切ってくださった。

 実は、作業中もクーラーボックスに飲み物を準備いただいたり、シャックでもおいしいお茶菓子や果物などを準備いただいた。奥様あってのわれ等が総監督なんだと思った。

 この後、僕らはそれぞれの車に戻り、なんと430MHzでAAさんとQSOをしていただいた。シャックにもどり、さっそくQSLカードを書いていただいた。私はJA0AAさんの「開局50周年記念交信証」のカードを特にお願いした。
われ等のキャップもサブもとても感激していた。

 ほんとに、このような機会に恵まれるということは、めったにないことである。しかも、こんな形のアマチュア無線活動もいいなあ、とつくづく思った。

 帰りの道を3人で、意気揚々と気分最高でモービルQSOしながら帰ったのでした。

 JA0AAさん、奥様、ほんとにありがとうございました。
貴重な体験をさせていただきました。
 どうぞ、ながくながくハムライフを楽しまれてください。

支部大会(柏崎)

2006年07月10日 | アマチュア無線
 今年のJARL新潟県支部大会がこの日曜日9日に、柏崎市であった。

 この日、私は密かに会場から比較的遠くないと思われる「洞雲寺」を何らかの方法でたずねてみることを考えていた。良寛を看取ったという「貞心尼」のお墓にお参りしたかった。

 我が新津クラブの有志が、朝八時前には新津支所駐車場に集合。
ちょうど5人ということで、クラブ会長の車で一路柏崎市へ。車内では話の種がつきない。あっという間に会場「柏崎市産業文化会館」であった。
            

 会場に到着するや否や、「やあやあ、どうも!」の連発となった。
数え切れないたくさんの、なつかしハム仲間。一年ぶりなのである。何人もの人たちが大会スタッフとして活躍していた。

 私のアマチュア無線暦では、今年JARL会員20年ということで県支部からの表彰状をいただいた。およそ10年間のお休み(子育て、オーディオに専念)があり、さらにそれ以前の記録は一切残してはいなかった。要するに再開局して20年ということである。ということは「ハムフェアー」にも連続して20年通っているということになる。

            

 今年、地方本部長、支部長が交代して一気に役員が若返ったようである。
とても結構なことだと思う。大いに変革を実行して、斬新な支部運営をしていってほしい。

 型どおりに議事・報告が進んだ。どうも立派過ぎる大会である。ミニ全国大会ではない、素朴な小さな大会でいいのではないかと思っている。

 午後には、「ハイパワー半導体アンプについて」ということで、この道のベテランハムの講演であった。専門的な内容は理解外であったが、このアンプ作りにかける情熱には並々ならぬものがあり、「ハムの楽しさ」の広さや深さ、その多様性に改めて感嘆させられた。

 最後の「お楽しみ抽選会」では、なんと柏崎クラブの会長さんが生産された「こしひかり 1kg」があたった。今晩でもいただいてみようと思っている。

 多くのボランティア・スタッフの協力で支部大会も無事終了した。
ほんとに皆さん、ご苦労様でした。来年、またお会いしましょう。

 来年は、お隣「五泉クラブ」がホストである。私の仲間JI0KAI/石川さんが会長である。なにをおいても、全面的な協力をしようと思っている。

 さて、我が新津クラブの面々が、帰りに「貞心尼のお墓」へのお参りに一緒につきあってくれるとのこと、ありがたいことであった。
この件については、べつに稿を改めたいと思う。

楽しいALL ASIAN

2006年06月18日 | アマチュア無線
 今日は午後から、しばし「ALL ASIAN DX CW」コンテストに参加しました。

 このアマチュア無線のコンテストは日本(JARL)主催で、世界中のアマチュア無線家が楽しみます。一応はアジア州の無線局が「もてる」ことにはなっています。

 もうひとつ、とてもユニークなのは「信号の強さ」に加えて「オペレーターの年齢」も互いに交換します。
私の場合は、年々、年齢を送信することに抵抗を感じるようになりながらも毎年参加しています。

 太陽黒点の最低期で短波帯のハイバンドは苦しいのですが、28MHzからはじめました。それでもロシアの局がたくさん出ていました。さすがだと思いました。

 15時過ぎから21MHzに移り、ハンガリーなどとも交信できました。しかしどうもぱっとしません。14MHzに周波数を替えました。イギリス、フランスやヨーロッパロシアなどどんどん聞こえていて交信できました。アンテナのビームがヨーロッパ方面を向いていました。
 アンテナを垂直型に切り替えると、韓国、マリアナ諸島、フィリッピンなどがよく聞こえていたので交信できました。

 実は、交信のたびに送られてくる「年齢」を聞き取ることに神経を使ってきたのですが、送られてくる年齢がみな私より少なかったのです。いささか困惑してきました。フランスの方が66歳、ヨーロッパロシアの局長さんが64歳などでした。
ああ、もう少しだと思っていたら「フィリッピン」の局長さんが「72歳」と送ってきました。この方とは3回目の交信であることがハムログでわかりました。そうか、72歳であったのか。
 私はもう「尊敬の念をこめて」、私のナンバーを打ち返しました。
アマチュア無線は「King of Hobby !」なのだ、いくつになっても楽しむぞ!

 なんか、ふっつりと緊張が切れて、夕方早々にQRT(お休み)してしまいました。

交信証(QSLカード)

2006年06月09日 | アマチュア無線
 数日前から、ビューローから送られてきていた交信証(QSLカード)のデータをパソコンに入力していた。
今日は、さらに私の通信した相手のアマチュア無線局あてに交信証を印刷して、日本アマチュア無線連盟の「QSLビューロー」に発送した。

 たいていは宅急便で送られてきて、ほぼ200枚くらいである。
今回は何年か前の世界的なコンテストに参加したときのQSLカードが10枚くらいあった。残りは国内局からのものである。
 
 外国からのものは、アメリカ、フランス、ニュージーランド、ロシア、北欧、中国などで、やはりいわゆる先進国からのものが多くなる。
私の場合はすべて「ビューロー経由」であって、俗に言う「グリーンスタンプ(ドル紙幣)を同封」してまでカードを獲得するというようなことはしていない。

 世界中のより多くの地域との交信はもちろん楽しみたいと思うが、パワーにもの言わせた交信や生活時間を狂わせてまでは、のめりこめないでいる。
私の弱い電波ではあるが、伝播状況にもよるが世界の隅々まで飛んでいってくれていることを確認している。地球的規模での思いがけない通信・出会いを楽しみたいと思っている。
 
 相手の局への私のQSLカードの印刷であるが「Hamlog」ソフトを自分用に変更して使っている。
今回は、通常の国内交信、外国局との通信、衛星通信など3種類のソフトを切り替えてそれぞれ印刷した。
特に、国内局には今年結成15周年を迎えた「いわきオーロラ・グループの記念カード」を発行している。
いつも郵政公社の「エクスパック¥500」を使ってビューローに郵送している。

 ところで、そろっと頭を痛め始めているのが、1万枚を超えたカードの整理と保管である。私にとっては一枚一枚が宝物である。
しかし、現実にはとにかくカード全体の重量は相当なものであって、持ち上げるなどというのは無理である。大きなプラスチックケースのいく箱かに分類・整理している。さらにかなりのスペースが保管場所として必要である。

 実は、カードそのものではないが、カードに記載されている必要な情報はパソコンにデータとして保存されているのである。
また、最近は交信実績を照明する各種の「AWARD(アウォード)」には、実物のカードを添付する必要がなくなりつつあるようだ。
だから、しかるべきAWARDに代えてしまうのもひとつの手ではある。
しかし、いただいたカードのデータを入力したら、即廃棄などということが実際にできるのかな。データにはない一枚一枚にこめられたその局長さんの「思い」こそ価値あるものではないのか。

 私も若くはない。膨大な紙くずを残すわけにいかないとも思っている。
さて、どのようにしたらいいだろうか。思案中である !

 

はやくも6月か!

2006年06月03日 | アマチュア無線
 なんとも時の過ぎることが早いと思いませんか。

 このところ梅雨に入らないうちにと遊びほうけていました。

 1日(木)「越後湯沢」の「ナスパ・ニューオータニ」で温泉三昧でした。
兄夫婦たちと私ども3組の6人です。
大変大きな湯船にびっくりしました。同じ世代、気の許せる人との一夜は格別でした。
 翌日はロープウェーで「湯沢高原・アルプの里」に上りました。
一気に1,000mも上がると、そこは別天地、残雪の見える山々の大パノラマが展開しました。「湿生園・あやめヶ池」では水芭蕉が見れて、蛙の合唱でにぎやかでした。
   

 3日(土)、この日は前々からの約束の移動運用。
小千谷市のOM・Sさんとは毎年一緒に移動運用を楽しんでいる。今回は南蒲原郡に唯一合併せずに残った「田上町」での運用となった。
 三条ICで待ち合わせた。なんとSさんは、奥様同伴であった。実はお二方とも「1アマ」のおしどりハムである。
 田上町の町営野球場脇に陣取って運用した。奥様もいろいろとお手伝いをされてアンテナも無事あがった。後部座席に無線機を置いて電鍵操作をするOMをそっと見ているXYL(奥様)でした。とってもうらやましい光景でした。

  

 さて、今日4日(日)も快晴。
私の所属する「新津クラブ」の移動運用の日である。大河・阿賀野川を渡り「阿賀野市」への移動運用。土手沿いの「防災センター」の広場に集合。
立て続けに3回目となった私の移動運用なので、設営もすっかり手馴れたものであった。
 他の参加者の運用バンドに影響されないように、どのバンドにも電波を出せるように「オールバンド・バーチカル」のロングワイヤーとした。10mの高さのポールとワイヤーである。
                  
 さいわい、10,18MHzなどのワークバンドで多くのQSOができた。
実はHF帯の運用前に、衛星通信(VO-52)のパスがわかっていたので、車についているGPアンテナで10分足らずの時間に9局もの衛星通信ができた。
一回のパスでこれだけの通信ができたのは、初めての体験で大変うれしかった。
                     


 クラブコールで運用していた他の方が21MHzなどのSSBでパイル状態で全国から呼ばれていたようだ。
わいわいがやがやとお喋りをしたり、飲んだり食べたりしながらの無線運用ほど楽しいものはない。
    
                

 南の方では、梅雨前線が見られるころとなっています。
まもなく北上してくることでしょう。あっという間に6月になっちゃったという気がします。
 さいわい、ビューローから宅急便でQSLカードがきていました。しばし、カード整理とカードの印刷・発行もしなければと思っています。

「いわき」のサムライたち

2006年05月29日 | アマチュア無線
 いわき市のアマチュア無線グループ「いわきオーロラグループ」の創立15周年の「記念運用」が行われました。

 ときは、この5月27日(土)から28日(日)、場所は「いわき市芝山公園」でした。ちょうど低気圧に伴う前線が関東から東北を通過したようです。
さいわい、設営と撤去の際には「天が味方」したようで、雨の降っていない状態で作業できたようです。
 夜来の風雨もなんのその、飲んで食べて無線して、その熱気たるやまさに「アマチュア無線の武士達」でありました。

 私とオーロラグループとのお付き合いは、磐越自動車道の開通を縁として始まりました。それは太平洋と猪苗代湖を通り日本海と結ばれたことによる「うみ」のとりもつ「えにし」でもありました。

 今回も、磐越道の緑にしびれ、カンコーヒーの「ブラック」の苦さを味わいながら走っていました。突然私のコールが無線機から飛び込んできました。
さすがです。われらが「キャップ」はすべてお見通しでした。
すでに目の前に「小野IC」でした。下道に下りて案内をいただきながら無事「芝山公園」到着。

     

 「いわき市」には海のイメージが強かったのですが、どうしてどうして「山並み連なる」広大なところでもありました。富士見台展望台からのショットです。
眼下の公園内に小さくテントが見えます。そこが今回のベースキャンプでした。
 この富士見台展望台にGPを上げて、縁の下にちゃっかりテントを設営した「キャップ・XXH」でした。

           

 下の写真が基地局です。
威力を発揮した50MHzのYagi、沖縄をはじめ各地にサービスできたようです。
さらに下の写真は、中心部に¥100ショップで求めた「まな板」を利用した「AWXアンテナ」、29MHzのFMで安定した通信ができていました。

      

                

 写真は、今回は一日早く乗り込んだ先遣隊の前進基地です。
3.5と7MHzフルサイズ・ダイポールや21MHzYagi,その他VUのアンテナ群です。
このサムライ達はかの有名な「SCYとDIY」でありました。
このあと、多くの人がさらに21MHzのアンテナの地上高をあげる作業をあっという間にやってしまいました。これがオーロラのすごさですね。
             

 参加者の方の中には、夜半の嵐をものともせずにバイクで駆け上がって参加されたり、事情あって日帰り参加やお声がけしかできなかった皆さんも多いようでしたが、その「参加しているんだよ!」という情熱があるんですよね。
 下の写真は、嵐の前の「サムライたち」のショットでした。

   

 またまた、なにかの節目にはぜひ参加させていただきたいと思っています。

 ちょっとご紹介がてらに。
実はわれらがキャップ「XXH」さんのコーディネイトで、毎年オーロラシルバーの面々が「まんたらの旅」と称して、旅情たっぷり旅を楽しんでいます。
いずれ今年もレポートできることでしょう。とても楽しみにしているのです。
ちなみに、昨年は「木曽路」の旅でした。

私のコンテスト参加

2006年05月22日 | アマチュア無線
 昨日は「新潟コンテスト」の7MHzとハイバンド(14,21,28MHz)部門があった。

 この新潟コンテストだけは、地元だけにやむなく「CQ CQ」を出して、多くの方から呼んでいただく。これはこれで、とてもエキサイティングで楽しい。
しかし、私のコンテスト参加は、いつも呼びに回っているのがパターンである。
 好きなペースで気軽に参加、これが好きなのである。
局数を稼ぐでもなし、ましてや入賞など考えることもない。いつのまにか、私なりの楽しみ方のパターンとなってしまっている。そのくせコンテストは好きなのである。

 極力参加をするようにしているコンテストがある。
地元主催の 「JA0OSO JA0VHF]そして「新潟コンテスト」である。
JARL主催の「All JA、6m&Down, Field-day conntest、全市全郡」それに「All ASIAN」などは積極的に参加して、参加証で毎年世界地図や日本の地図を完成させるのが楽しみである。 

 それに世界的なお祭りにも相当する「CQ WW Contest」、これはむちゃくちゃはやいCWでのCQを、何度も何度も聞いておもむろに呼んでみる。そして型どおりながらリプライがあるともう興奮してしまう。
おお!あそこまでわが電波は飛んでいるのか、そして時間とともに聞こえてくる地域が東から西へと変わっていく。そして結局世界一周となってしまう。
とてもエキサイティングで、毎年やめられないのである。


 まあ、私のような欲のない、それでいてコンテスト参加が好きだというのが一人くらい、いてもいいのではと思っている。
実を言うと、私のような者の存在がないとコンテストは成立しないのである、と密かに自負してもいるのです。hi。

春のアンテナメンテ。

2006年04月29日 | アマチュア無線
 今日は、とてもよいお天気。まさにアンテナ日和でした。

 かねてからお願いしていたプロ(JN7T**さん)が来てくれました。それにサポーターの3人、計4人のアマチュア無線家たちが、我が家のアンテナのメンテナンスに駆けつけてくれました。ほんとに頭が下がります。

 この冬のアンテナエレメントへの着雪と季節風は、予想外の被害をアンテナに与えていました。
短波帯のGPアンテナのエレメントが曲がってしまいました。
短波帯のダイポールアンテナが傾いてしまいました。
超短波帯のGPアンテナが横倒しになっていました。

 特に、短波帯のGPアンテナのエレメントは写真のように折れ曲がり、ねじも切断されていました。一番高い位置に上がっているとはいえ、想像以上の負荷が及んだようです。


 いよいよプロの出番です。
まずタワー上に持ち上げる物の入念なチェック。そして地上で安全ベルトをタワーに巻き付けて力を加えて引き寄せ、不具合のないことを確かめます。
 いやー、こんなにも安全へのチェックを厳重にするのかと、感心しきりでした。


 古いエレメントをはずして新しいエレメントをタワー上に引き上げます。
下にいるサポーターたちも大活躍です。


 ついに新しいエレメントへの交換が終わりました。念のため各バンドでSWRをチェックしました。OKでした。
これでまた、オールバンドに出て楽しむことが出来ます。ありがたいかぎりです。


 ここで、ちょうどお昼時となりました。
家内が準備してくれたラーメンやご飯などで昼食、そして私の入れた特別ブレンドのコーヒーで労をねぎらいました。
私を入れて5人での昼時、それは楽しいものでした。
「阿川泰子のジャズ」のレコードでサービスもしました。

 午後は、ダイポールやGPの傾いたものを、ばっちりと修理していただき無事メンテナンスの終了となりました。


 私のシャックにご案内して、メンテナンスの終わったアンテナでALL JAコンテストに参加する様子を見ていただきました。
SSBでは呼んでも呼んでもなかなかQSOできません。
しかし、CWで呼ぶとたいていは一発で応答があり、QSOできてしまいました。

 いずれにせよ、ちょっと遠ざかっていた無線活動も、大いに楽しめそうです。
ほんとに、皆さんの友情に支えられてアマチュア無線ができるのだ、とつくづく再認識したところです。感謝!感謝!です。

うれしい対応!

2006年04月02日 | アマチュア無線
                 
 
 以前にも書いたことがあります。
私の愛用している無線アンテナの一本が、この冬の強い季節風で折損していました。

 まだちょっと先ですが、五月の連休には、高所作業のプロであるお友達によるアンテナのメンテをお願いしてあります。

 折損したコメット・アンテナ「CHA250B」は、アンテナ建設の段階ですでに強度不足は明らかでした。7mにもなる垂直エレメントがあまりにも強度的に貧弱でしたので、ある程度予想された故障でした。
 メーカーでは、その後2度に及ぶ改良をしたようで型番が「CHA250BXII」となりました。たぶん、多くのクレームがあったのでしょう。
 私の場合にも、折れ曲がったのは中ほどのパイプでした。内部にグラスファイバーのパイプを挿入して2重構造としたようです。

 実は、HFトライバンド八木アンテナの不用になっていたエレメントでも利用して
CHA250Bのエレメントを作ろうかと思っていたのです。
しかし、待てよ。メーカーにクレームをしてみようと思い立ち、さっそくメールしてみました。このことは金曜日のことだったのです。

 ところが、今日日曜日の午前中に、なんとダンボール箱に入った「CHA250BXII」の交換用の改良済み(垂直)エレメントが届きました。
考えてみると、即座の対応をとっていただいたことになります。
いまどきこのような「メーカーの良心」を地でいくような会社があったのかと、一気にうれしくなりました。

 私の場合には、この「CHA250B」と「T2FD」という2本のオールバンド対応のアンテナで国内そして近隣国とのQSOに活躍してもらっています。
性能的には多少の不満はあるものの、その使い勝手のよさは捨てがたいものがあります。実は一方は垂直アンテナであり、もう一方は水平アンテナです。とても対照的なそれぞれの個性があり、そのときのコンディションやノイズの状態で切り替えて使用しています。
 また、DXとのQSOにはヂュオバンダー214Cが活躍します。


春の日に

2006年03月27日 | アマチュア無線
 昨夜は雨だった。
しかし、今日は実にさわやかな快晴。

 貴重な朝の時間ではあったが、思い切って散髪をして、やや短めのヘヤースタイルとした。これで春へとスイッチを切り替えた気分となった。
 帰宅してから、家の周りのはき掃除とさっそく生えてきた雑草をちょっと引き抜いて、プランターのパンジーの手入れなどした。

 
 ところで、昨日は新津クラブの定期総会。
かつては180名を超える会員も、今では40名ちょっと。12名の出席だった。
型どおりの報告、次年度計画なども終了。
 そのあと雑談時間となった。そこで「月一度のミーティングの話題が程度が高くて内容もわからず、出席も遠慮がち」という意見が出てドキッとする。
何か大事なことを忘れてしまっていたことに気づかされたように思った。

 夜は、懇親会ということで場所を移して6人で和気あいあいの飲み会。
アルコールもお手伝いしての無礼講!いけない話も出たり。
 上級資格に挑戦された方がさわやかに語られていた。
一方で、移動運用でのオーバーパワーや4アマの電信QSOとかなども話題として出たりした。

 ルールがあるから楽しめる「ハムの世界」なのだと思っている。
でも最終的には、各自の「心のありよう」なのでしょうね。


鶯の初音

2006年03月25日 | アマチュア無線
 昨日のことになる。
お彼岸も明けて、いよいよ春への準備である。お天気もよし。

 朝から樹木の「冬囲い(雪囲い)」をはずす作業を始めた。
そのとき、ホーホケキョ、むむ!まさしく「うぐいす」だ。
我が家の近くに狭いながらも竹林がある。そこからであろう。
しばらくして、ふたたび聞えた。もうかなり上手に鳴いているではないか。


 冬囲いを解かれた木々は、陽光を浴びて気持ちよさそうに見える。
冬囲いをした頃に咲き始めていた「赤い山茶花」が、選手交代を意識してか、はらはらと散り急いでいるようだ。
 代わって、「侘び助」が白い花をたくさんつけている。
何本かある「ヤブ椿」の中に一輪だけが先駆けて花開いていた。大方は蕾のままである。 





                        


 今日は、実は衛星通信の実験を予定していた。
庭仕事を中断して、11時06分から始まるパスに合わせて、車で15分ほどの阿賀野川の土手まで移動。

 まずは、東西南北をコンパスで確認。
車は南に向けて停車。パソコンに直射日光を当てないためである。
アンテナをたてて、無線機を働かせる。パソコンでの制御とアンテナの能力テストが今日の目的である。
 ところがである。パソコンの画面がぜんぜん見えない。鏡のように私の顔が映るだけ。
そもそもカーソルがどの辺を動いているかもわからない。
衛星通信ソフトを立ち上げることもままならない。何たることだ。あまりのお天気のよさ。明るすぎてパソコンの液晶画面が見えないのだ。




 そうこうするうちに、衛星(VO-52)が地平線から現れる時間を過ぎてしまっている。アンテナを北からちょっと西よりにセット。無線機のパソコン制御はあきらめて、435.260MHzで「トトトト」と打つと、すぐに144MHzでの自分のダウンリンクを見つけることが出来た。
「CQ CQ de JA0AAQ JA0AAQ K」を何度か繰り返すが応答無し。
そのうちに、九州の局のCQが聞えてきた。一発で互いに「599」交換。

 やがて衛星は遠ざかり始めて、受信周波数が急激に変化する。アンテナをちょいと回して再度ダウンリンクを確認するが成功しなかった。
ついに衛星は南の地平線に沈んだようだ。
 やはり実践を繰り返しさまざまなノウハウを積み重ねる必要があることを痛切に感じた。またこれがアマチュア無線の醍醐味でもあろう。

 すぐに引き上げて、冬囲い撤去の作業を続けた。
12月の冬囲いは「シルバー人材センター」の方が3人がかりで、一日で終わっている。
私の場合は、取り外しだから、よほど楽なのであるが、不要になった縄や竹材の整理・収納などもあるので、一日で終了とはいかなかった。

パソコン制御

2006年03月12日 | アマチュア無線
 昨日は暖かであった。しかし、今日は朝から「みぞれ」模様である。

 我が家での衛星通信の運用、特に「VO-52]でのアップリンク周波数の430MHzに問題がある。残念ながらお隣のお家には電波障害を及ぼすようである。

 したがって、どこか野原などで心おき無く運用を出来るようにと衛星通信の移動運用を考えている。
 せっかくだからと、暖かくなり移動運用に出かけたときには、無線機のコントロールをコンピュータで行えるようにしておきたい。
そんなことを考えて、昨日は我が家の車庫の脇で実験をしてみた。

 無線機とパソコンの相互通信(コントロール)には、古い規格の「RS-232C」のクロスケーブルを必要とする。
残念ながら、どこを探してもクロスケーブルはない。そもそも9ピン(メス)のコネクターが手に入らない。
私の相談に乗ってくれたのは、わが新津クラブの田中OMであった。さっそくケーブルを自作して届けてくださった。
さらに、144と430のクロス八木アンテナまでプレゼントしていただいた。

 クロスケーブルで接続して、いろいろと設定をするが、なにしろわかりやすく書かれたマニュアルなども無く、コンピュータと無線機が相互に通信できるまでに時間がかかった。

 CALSATというソフトが衛星の軌道やドップラー効果の値も計算してくれている。
気がついたら無線機FT-847の周波数が、コンピュータで制御されながら刻々と変化しているではないか。思わず「ヤッター」と叫んだ!

 このときはダミーアンテナだったが、送信もOK のようだ。
しかし、パワーが異状に小さい。何のことはない。バッテリーが上がり気味だった。無線機とDC/ACコンバーターでのパソコン使用は、かなりの電力を使うことがわかった。これも今後の課題である。

 実は、まだまだ課題も多い。
コンピュータへの送信パワーのフィードバックがない。ケーブルは必要最小限の3本だけのものであるが、結線不足の端子があるかもしれない。
何よりも、衛星を見ながらの運用で設定を種々代えてみる必要があろう。
そして、いろいろな方から衛星用にとアンテナをいただいている。これらも全部試してみたい。

 いずれにせよ、今年は衛星通信だけでも大いに楽しめそうである。

衛星通信用アンテナ

2006年03月02日 | アマチュア無線
 今日は寒気団が日本をすっぽりと覆うという予報であった。

 でも、午後になっても曇り空のまま。
思い切って「ガレージ」に出勤。衛星通信用のアンテナの架設装置の工作を始めた。

 ホームページやブログなどで、この道の先輩の皆さんから、いろいろと情報をいただいたり、技術的な面のヒントをたくさん収集しておいた。

 移動運用で利用したいと思って準備したナガラの「DO-11]というアンテナがある。簡単に物干し竿にくくりつけて窓の外に出して、低軌道衛星(VO-52)からの電波を受信してみた。実はそのときの衛星の軌道にもよるのだろうが、あまりよく聞こえてはこなかったので、ちょっと不安もある。

 ただ、利得が少ないのは承知の上で、指向性がブロードな点が気に入っている。
一回のパスでアンテナを手で回す回数を減らしたいということなのである。


           
                    

 以前、消雪パイプに使っていた長さ2m直径が30mmの塩ビパイプがあったので利用してみた。
先端から30cmくらいのところに金ノコでくさび状に切れ目を入れて、ガスバーナーの上で熱して20度ほど曲げた。
アンテナに付属していた金具でばっちり固定できて、この場合は仰角20度ということになる。
衛星が現れて地平線に消えるまで欲張るとすれば、仰角はこんなものかというアバウトなものである。実践をとおして改良すれば良い。

 出来上がる頃になったら、さすがに冷えてきて白いものがちらほらと降ってきた。
あわてて工作中のガレージから外に引き出して、その辺の杭にくくり付けて写真だけは撮ってみた。

 まだ実践(移動運用での使用)を経ていないのでなんともいえないが、お天気のよい日にその辺の公園に出かけて試してみたいと思っている。

モールスキー

2006年02月27日 | アマチュア無線
 発行直後に買い込んでいた「モールス・キーと電信の世界」という本をようやく読み終えた。

 途中まで読んで、中断していたが最近集中的に読んでみた。
有線・無線の歴史とそれに伴う「モールス・キー」や関連する事柄などについて、多くの写真や資料を駆使して、「うんちく」を傾けられている。
すばらしい内容でよくぞまとめられたなあ、と思う。
とても参考になった。

 私の場合は、CWのキーイングに関しては、
最初から「縦振り電鍵」で習熟することは無理だと思っていた。
だから、迷わず「パドル」操作から始めている。
しかも、右手用にセットされたパドルを、そっくり左に持ってきて、左手で操作するようにしている。まったく違和感もない。
今では、右手では打てないようである。

 何年たってもキーイングはへたくそである。何年たってもたどたどしい。
そこで、「パドル」が悪いからだろうなどと道具のせいにしたりして、パドルも何台か取り替えたりもした。
今では、すっかり手になじんでいる3台のパドルが現役である。
 
 机の上でまず動きだすことのない「ケンプロのキーヤー」は、とても使い心地がよい。
 「バイブロのパドル」は、その作りの確かさにほれ込んでいる。何よりも美しい。今はさらに使い込んで手になじませようと思っている。
 同じバイブロの「コードウオーリアJr.」はミニパドルで移動運用のときに使っている。
 
 特別のこだわりがあるわけではないが、やはり相性のようなもの、使い心地のよいものが私なりにあるようだ。

 ところで、さっぱり耳の方が上達しない。
早いCWの聞き取りやコンピュータに打ち込みながらの聞き取りには、大変苦労している。
 すこしでも上達しようと「CW-freak」などのソフトの助けを借りて練習したこともある。でも、長続きせずまったく上達はしない。
それでも最近は、「ボケ防止」にCWはいいのではないだろうか、などと情けないようなことを考えて時々は、そのソフトで練習をしている。

 ハムログには私のキャッチフレーズ「スロー・ライフとスローCWを楽しんでいます」と出てくる。
それでいいのだ。それでいいのだ!