柄目木庵

良寛さまに思いをよせながら。

祝祭コンサート

2007年03月31日 | 音楽など
 昨晩のことでした。

 場所はいつもの「りゅーとぴあ」で、
「おめでとう!政令市 にいがた祝祭コンサート2007」でした。

 東京交響楽団、指揮は飯森 範親さんです。

 18:40分、ホワイエにおいて東響ファンファーレ隊による
「ファンファーレ新潟」、同時にコンサートホールのパイプオルガンによる「バッハのパストラーレ」の演奏が始まりました。
 これは「プレコンサート」ですが、このようなコンサート形式は、数年前のニューヨークでの体験以来でした。

 いよいよ第一部「田園から、青春そして祝典へ」ということでした。

*ベートーベン 交響曲第6番 田園 第一楽章
*エルガー「愛のあいさつ」とサラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」以上2曲の奏者は新潟市出身の若きバイオリニスト「鍵富 弦太郎」さんでした。
若さあふれる清新な演奏に聴き惚れました。

 次いで、
*プッチーニ「ラ・ボエーム」から「冷たき手よ」「私の名はミミ」の歌唱。
*ワーグナー「ローエングリン」から「婚礼の合唱」。
この日のために公募のオーティションを受けた方々「にいがた祝祭コーラス」の皆さんの見事な合唱でした。

 そして休憩に入りました。
「カーブドッチ・ワイナリー」による「ワイン」がお祝いに振る舞われました。
私も「白ワイン」をいただきました。

 いよいよ気分も高揚したところで、第二部となりました。
「自由から祝祭へ」がテーマです。

*ビゼー 「カルメン」から前奏曲。
 「兵隊さんと一緒に」~子どもたちの合唱「新潟市ジュニア合唱団」による。
 「恋は野の鳥」~ハバネラ(ソプラノ)、「闘牛士の歌」加茂市出身のバス・バリトンの「三浦 克次」さんの逞しい歌唱、そして間奏曲など。

 いよいよ最後は第三部、「歓喜の歌」です。

 ソリスト4人、そして、にいがた祝祭コーラスの面々。
*ベートーベン 交響曲第九番 第四楽章 「歓喜の歌」、指揮棒も折れよとばかりの力一杯の指揮に、オーケストラも合唱団も燃え上がりました。

 私は、曲が終わったとたん、まったく自然に「ブラボー!」と手を口に当てて、会場いっぱいに響けとばかりに叫んでしまったのでした。

 ほんとにすばらしいコンサートでした。新潟市、おめでとう!

第37回新津クラブ総会

2007年03月26日 | アマチュア無線
 昨日、午後3時からアマチュア無線の「第37回新津クラブ総会」でした。

 かつては、180名を超えるメンバーがいました。
たぶん、「携帯電話の普及」や「趣味の多様化」など、私たちの生活自体の変化が大きく影響していることでしょうが、現在のメンバーは40名程度となってしまっています。

 たかが趣味されどと言うところです。
通信といっても音声、画像、トンツー、デジタルと多様な手段があり、国内外とのコミュニケーションを楽しめます。
 さらにはハード、ソフトなどの技術面での工夫、開発など極まるところのない奥深さがあります。
               
 昨日は、そのような「夢追い人」たち11名が総会に出席でした。
もちろん委任状提出の方々も大勢おいででした。

 小なりとはいえ、「総会」ですから、
開会の言葉、司会者挨拶、総会成立宣言、議長選出・挨拶、などと始まります。
とはいえ、ぜんぜん堅苦しいものではありません。

 現会長の挨拶で、ぐっと和やかになりました。人柄でしょうか。
平成18年度 行事報告、決算報告、監査報告
平成19年度 行事案、予算案、
質疑応答
 「政令市移行記念局運用(4/1から4/6)とオープニング儀式(4/1)」、
 それに10月に地区研修会「実践的CW-QSO体験講習会」を行うことなどの
 提案が認められました。

 この後、クラブ内コンテストでの表彰となりました。
私は第3位入賞と言うことで、賞状と賞品(図書券)をいただきました。
この図書券は「全日空」な私にとっては、うれしくもあり貴重なもので、雑誌「CQ hamradio」購入に充てています。

 しばしの休憩です。次期役員立候補の受付でもあります。

 後半は、
平成19年度役員選出ですが、おおかたは根回しされていまして、私は「監査」と「地区研修会」担当をひきつづき行うこととなりました。

 新旧役員を代表して、新会長の挨拶がありました。
数年の間、副会長として現会長をサポートされてきたOMです。
このように、しかるべき時期には交代できるということは、新津クラブのすばらしい面であると思っています。
私なりに、新会長をしっかり支えていこうと思っています。

 総会の最後は、いつもの写真撮影です。
一人一人が皆違っていて、それぞれの持ち味で、それぞれが輝いている、すばらしい人たちなのです。
        

 さて、夜の部「懇親会」では6名の参加でした。昨年も利用した会場です。
みなさん自分の飲みたいもの、食べたいものは人もそうだということで、人の分まで注文するやり方です。これが意外といいものですね。
いろんな飲み物、ご馳走がいただけました。
 
 この席上、私は4月1日からしばらくの間発行する「個人QSLカード」のデザインをあるOMさんにお願いしました。
新新潟市の区ナンバーの入ったFBなものです。全国のハム仲間たちに送ろうと思います。

 恥ずかしいようなお話ですが、私のフィニッシュは「抹茶アイス」の2個という大盛りでした。
たくさんおしゃべりしたので、のどが渇いていたのでしょう。最高においしかった。

 夜も更けて、同じ方向のOMさんと乗り合わせでハイヤーで家に戻りました。
明日から、記念局運用に向けてハード、ソフトの準備をしようと思っています。

新潟市・政令市記念局運用

2007年03月25日 | アマチュア無線
 新潟市は、この4月1日(日)をもって「政令指定都市・新潟市」となります。
8区からなる行政区ができます。

 私の旧新津市と小須戸町が一体となり、「秋葉区」となります。

 これらのことに関連して、非常に多くの記念イベントが計画されているようです。
私たちのアマチュア無線「新津クラブ」でも、JARL新潟県支部や信越地方本部と協力し合って、「政令市移行」を全国的に発信するために、
「記念の無線局・8N0NGT」を運用することとなりました。

 昨日のことです。
新潟県支部の呼びかけで「鳥屋野潟図書館」で午後から
「8N0NGT 運用打ち合わせ会議」がありました。

 運用に協力する、新津クラブ、豊栄クラブ、弥彦クラブ、新潟ステイHC、新潟アワードハンターズHCなど、それに支部からの担当の役員の方々でした。

 協力クラブの「運用担当区」それに「運用予定」などが決まりました。
そのほか、細かな運用上の注意などが話し合われました。
 このときの支部の対応と議事進行が、実にスムーズに進行しました。
事前に用意された的確な資料の準備に、その理由がありました。

 また、会議がおわり自宅に戻り、程なく係の方がパソコンで記録されていた「議事録」がメーリングリストを通じてメール添付で配布されました。
 全く持って、脱帽でした。見事という他ない会議運用でした。
  
 ところで、私ども「新津クラブ」が、トップバッターとなって、4月1日(日)から6日(金)まで第一回目の運用を担当することとなりました。

 今日の午後3時から
「新津クラブ定期総会」です。
夜には「懇親会」となります。
これらを通じて、クラブ員の一致した協力体制が盛り上がることでしょう。
前向きで楽しい運用(移動運用、公開運用など)にしたいものだと思っています。


 それにしても、先ほどは大変強い揺れ方をした「能登沖の地震」でした。
さいわい、我が家の家屋や無線タワーに被害はありませんでした。

 被災された皆様方には、心からお見舞いもうしあげます。
 

初音だ!

2007年03月21日 | 日々これ好日
 さて、今日は「お彼岸の中日」、とてもよい穏やかな日となりました。

 家内の実家にご挨拶がてらに出かけようとして、車に乗ろうとしたそのときでした。
「ホーホケキョ、ホーホケキョ」、やや!やや!。
今年初めて耳にする「うぐいす」の鳴き声でした。
静かに耳を澄ましては、聞き入りました。
まあ、もうずいぶんお山の方で練習してきたのでしょうか。
ぎこちなさもなく、すでにみごとな鳴き方でした。

 我が家のすぐ近く、小さい梅林もあり、竹林もあります。
毎年、うぐいすの初音を聞いては「しあわせだなあ」などと思っていたものです。
今年も今か今かとずいぶん待っていたのでした。
     

 夕方、いつものように「新津川遊歩道」でのウォーキングでした。
なんとか春の兆しを見つけようと、コンパクトデジカメを持って出かけました。
          
 ちょっともう夕闇がそこまでという時刻でしたが、「ユキヤナギ」の木の芽吹きと小さな花を確認できました。
 
             
 何年か前にどなたかが植えられたのでしょう。土手の斜面に、今年も「すいせん」が咲いてくれていました。

100万冊!

2007年03月20日 | 日々これ好日
 引き続き寒気に見舞われている。明日は「お彼岸の中日」だというのに。

 相も変わらずの我が家の「紅梅」である。
雪とのコントラストはいかがでしょうか。
我が家では、白い「詫び助つばき」も咲いているのだが、やはり主役は紅梅となってしまう。
         
 
 我が家の雪景色も久しぶりである。
たぶん、今冬で一番の積雪ではないだろうか。
しかし、しょせんは「なごり雪」、午前中できれいに消えてしまった。
  

 数日前の新聞で「五泉市」の水芭蕉が咲き始めたという記事があった。
我が裏山の「秋葉湖」の水芭蕉はいかに?ということで行ってみた。
ごらんの通りで、芽も出ていない状態であった。
                   

 
 無線で通信した、あるOMさんによれば、私のようなリタイヤー人間を「全日空」と言うのだそうです。
「はた」と納得でした!
 その通りなので、午後から新潟駅南口に最近オープンした巨大書店に行ってきました。
   
 東京から新潟に進出してきた「ジュンク堂」です。
上階は「ワシントンホテル」、その下「プラーカ1」の「1階と地階」にオープンしました。
100万冊を準備したというふれこみであった。
とにかく早いうちに、一度来てみたかった。
          
 1階は一般書である。
まず、「新刊、話題書」のコーナーがあり、今日発売されたばかりの「CQハムラジオ」が10冊ほど「音楽コーナー」にあったのには苦笑してしまった。

 広い床面積と圧倒されるほどの量の書籍である。
独自と思われる分類展示もとてもわかりやすくて気に入った。
それにしても、膨大な新書版本、それに「ハウツー」ものの多さである。
2時間ほど時間がかかって、ようやく1階部分を一回りできた。

 地階部分は専門書である。
すでにくたびれ果てて、すぐに喫茶コーナーで「たっぷりのアメリカン」をいただいた。
 何はともあれ、「ハム関係の書籍」がどこにあるのか探してみた。
さいわい「無線資格関係」という書棚のひとつを確保していた。
ホットした。でも私がほとんどはすでに購入して持っているか、必ずしもほしいという本は無かった。

 自然科学特に物理学のコーナーには、名著(古典)とも言うべき書物があったりして懐かしく思った。
時代を反映してコンピュータ関連の書籍の多さは特別である。

 それにしても、どう表現すべきだろう。
確かに100万冊というのは、誇大表現のように思われるが、あるいはほんとなのかも知れない!
とにかく、私の体験ではこれほどの書物を取りそろえてあるというのは、今まで私が利用した図書館や書店では無かったことのように思う。
とにかく圧倒されるばかりであった。

 買いたい本を片っ端から抜き出していくならば、たぶん運ぶのに軽トラックに一台では足りそうもない。思わず、そんなことを考えてしまった。
実際に私が買ったのは「一冊でわかる、イラストでわかる」という「図解・日本史」と「図解・世界史」であった。
結構売れているらしい。ベストセラーとか。
最近、歴史を学ぶことがとても楽しい。

 ところで、政令市になろうとしている新潟市には、いろいろと変化が起きている。
最近、オープンした「らぶら万代」に「紀伊国屋書店」が移転オープンしている。
そちらも是非にも行きたいところである。
「全日空」であるのだから、近いうちには行けるだろう。

 

「風来人(ふらっと)」

2007年03月18日 | 日々これ好日
 今日は日曜日で、「お彼岸の入り」でもあります。
でも、例年より寒い日となっています。うっすらと積雪もありました。

 暖冬だ!暖冬だ!だったのですが、このところ例年より寒い日があったりして、ようやくいつもの季節の風情となって、なぜかホットしている気持ちです。

 我が家の「紅梅」がいよいよあでやかです。
      

 ご近所の「白梅」です。雪の白さと競い合っているようです。
          

 さて、先週の初め、私たち夫婦は思いきって「携帯電話」の機種を変更しました。
一足先に「かんたんメール携帯」を買った兄夫婦から、ちょこちょことメールが入るようになりました。
その返事を送るのに、えらく苦労しては家内が悪戦苦闘状態でした。
 ついに、私たちも「かんたんメール」機種に変更、以来頻繁にメールのやりとり。熟年同士が「メル友」です。楽ししんでいます。


すぐ近所を「能代川サイクリングロード」が通っています。
そのロードのための「駐輪場・休憩所」となる公園「柄目木りんりんパーク」の工事が終わり、明日から利用できるようになるそうです。
 暖かくなったら孫たちと大いに利用したいと思っています。
    
  


 さて、話変わります。
私の「おば」が亡くなりました。あまりにも突然でした。
この金曜日、土曜日と見附市での「お通夜・葬儀」と出席してきました。
 お坊さんの法話の中の「生死一如(しょうじいちにょ)」と言う言葉をかみしめました。
「生まれてくることと、死ということは、はじめからセットになっているのだ」と言うお話でしたが、当然のこととはいえ「生きていること」の重さをずしりと感じました。

 見附市内ですてきな場所を発見しました。
市役所の近くに「ネーブル見附」という「町の駅」なるものがありました。
 その中で、傷害をもった人や保護者の方が、とても気持ちのいい「喫茶コーナー」を作られていました。
そのコーナーの名前が「風来人」でした。
コーヒーを運んできてくださった女性の方が「フラット」と名付けたのは私なんですよ、とおっしゃっていました。なんとすてきな!と思いました。

北帰行

2007年03月15日 | 日々これ好日
 なぜか心せわしい毎日となっています。

 今日は、朝のひとときまぶしいくらいの「春の日差し」となりました。
TVなどで、近くの「阿賀野市の瓢湖」の白鳥がどんどん帰り始めていると報じていました。
 帰り始めた白鳥の他に、羽などに傷害をもったために帰れない白鳥もいるようです。

 先週は、孫の風邪引きやその小学校の学年閉鎖などで、ほぼ毎日の出勤?でした。
でも孫と過ごせる日々もいいものです。

 今週に入ってからは、連日何かと忙しい毎日でした。
特に昨日は、結構密度の濃い一日となりました。
 
 朝9時にはNTTの担当の方が見えられて「ひかり電話」の「マイナンバーの設定」をしていきました。
FAX専用のナンバーにしようと思っています。

 朝10時は、私の「歯の治療」の予約でした。
さいわい、全ての歯は自前で、入歯虫歯もないのですが歯周病(歯茎)の治療です。

 午後1時半から、地区公民館での「トーク水曜会」の例会でした。
これは心身の「自立」をメインテーマにした月一回のミーティングです。
文字通り参加者の「トーク」がメインですが、様々な切り口での様々な話題に、いつも刺激をいただいてくることができます。

 夜には7時から10時まで、楽しさ「てんこ盛り」の「新津クラブ」ミーティングでした。
*会長事務連絡
 今月25日の定期総会の資料や準備
 来月から二ヶ月間運用される「新潟市政令市移行・特別局8N0NGT」について
 10月に予定されている新津クラブ担当の「実践CW-QSO体験講習会」の検討など
*各局の活動報告
 これがまた参加者は多士済々、アマチュア無線がらみの話題が毎度のことながら沸騰する。
 今回は「CWでのゼロイン」がらみで、楽器用のチューニングメータの持ち込みや「コンサートピッチ、国際ピッチ、学術ピッチ」などとペーパーを用意された局長さんまで出て、あっという間に時間切れとなってしまった。
*次回に残された話題は
 Digital-TVについて、世界のビーコン電波をPCで、などであった。

 いつも思うことですが、様々なグループへの「所属感」とでもいうようなものが、結構その人に「しあわせ感」をプレゼントしてくれているように思いますが、いかがでしょうか。
 グループのリーダーなどに要求されるのは、このような気持ちを会員やメンバーに持っていただけるように工夫することではないでしょうか。

 

なごり雪

2007年03月09日 | 日々これ好日
 一昨日から、全国的な冬型になり寒気が日本列島に流れ込んできた。

 昨日、早朝の我が家のいつもの様子であるが、久しぶりの雪化粧であった。
        
 いつもは、旧新潟市にはいると積雪はないのであるが、昨日ばかりは「新潟中央IC」で高速を降りてもこの通り。
今日も風邪引きさんの孫のところへと急いでの道すがら、我がチャレンジャー(車)からのショットである。
     


 さいわい、今朝ほどは孫の「Sくん」の風邪もほぼ回復したようである。
インフルエンザではなかったことにホットしている。
 つい早起きしてしまった。しかし、今日は駆けつける必要がなくなった。

 カメラ片手に「なごりの雪」をパチリ。
でも、とにかく雪が降りちょっぴりでも積もったことに、これまたホットしている。
消えてしまわないうちに慎重にシャッターを切った。
 
 ついでにと言ってはなんだが、この寒さに我が家の「紅梅」が、いよいよ色美しく盛りとなっていた。
         

いろいろと頑張っています。

2007年03月06日 | 日々これ好日
 少し、書き込みが途絶えていますね。ちょっと書いてみます。

 いま「岸 洋子」のCD「希望」など、なつかしい曲を聴きながら、書き始めました。皆さんは「岸 洋子」など、もうご存じないかもしれませんね。
切々と歌うすてきな歌手でした。LPレコードで毎年のリサイタル盤などを買ったものでした。

 
 さて、先週の週末、土曜日には埼玉の親子がやってきました。
孫の「Yくん」は、どうしても彼のパパに「ラジコンカー・シューマッハ」の走る様子を見せたかったのでしょう。

 土曜の午後には、さっそく「ホビーロード(コース)」に出かけました。
多くの大人に混じってコースをビュンビュンと走らせていました。
ときには、他の車に接触したり、コースアウトしたりと、なかなか果敢な走らせ方でした。

 翌日、日曜日にはまたもや「ホビーロード」へ。
私は「パドック」に陣取って窓からコースを見たり、電池の充電などのサポート役を務めました。
 パパはこの日、「新潟駅南プラーカ 」に開店した「ジュンク堂書店」に入ったきり出てきませんでした。
取りそろえ100万冊という書店を、私もはやく行ってみたいものです。
これは後日の楽しみです。
 親子で新潟の週末を満喫して、夜になってから埼玉に戻りました。


 さて、月曜日の早朝に新潟市内の孫「Sくん」が風邪気味との連絡、緊急出動の要請です。学校も休ませるとのこと。
取り急ぎ高速道も利用して急いで駆けつけました。
 さほどの熱も出ることなく、久しぶりの「じじばばと孫」の楽しい一日となったのでした。
ママが一足早く帰ってきてくれ、私たちも安心して帰宅しました。

 ところが、その晩(昨晩)電話が入り、夜になってから容態が悪化して熱も出ているとのこと、明日も頼むとのこと。

 今日は、家内が午前中に用があり、私一人が車で駆けつけた。
午前中は比較的元気で「おかゆ」をおかわりもした。「ドラエモン」のDVDなども見たりしていた。
 午後からは家内も駆けつけてくれたのだが、急に39度ほどの体温となり、かなり苦しい様子となった。
袋詰めの「かき氷」や枕「アイスノン」を買いに走ったりした。

 聞くところによれば、「Sくん」の学年が「インフルエンザ」の罹患者が多いので、今日から3日間学年閉鎖となったのだそうです。
まさか「Sくん」は、と言う気持ちなのですが、心配です。

 何はともあれ、私たち夫婦には数日間は通勤状態が続きそうです。
若い人たちの活躍をサポートできたり、孫の面倒をみれるということは、とてもすてきなうれしいことでもあります。
孫のはやい回復を願いつつ、張り切っているところです。
 

春だ!

2007年03月02日 | お出かけ
 3月になって、もう遠慮することなく「春だ!」ですよね。

 隣家の「木蓮」の花の蕾がどんどん大きくなってきている。
それに小鳥、とくに「ヒバリ」のさえずりがうるさくなってきた。

 陽気に誘われて、今日もまた午後から「護摩堂山、そして温泉」に出かけた。
山頂は、ごらんのように、まだまだ殺風景であった。
いつもの年なら、何十センチかの積雪があるのだが。
   
 今年に入り、5回目の護摩堂山である。
山中の木々の芽吹きはまだのようだ。密かに「サンシュユ」の花を期待して登るのだが、さすがにまだであった。
そのような山肌のあちこちに「アオキ」の緑だけが目にしみる。
雪椿とアオキは、そのしなやかさから雪国にこそ似つかわしい樹木であると思う。

 山頂直下に「あじさい茶屋」がある。
たいていはそこで一服して、話し好きな茶屋のご主人の相手をすることにしている。
今日も熱い「あま酒」をいただきながら、彼の悩み話につきあった。
          
 茶屋の前の「広場」の一角に、毎年「雪割草」を移植して、大勢の登山客に楽しんでいただいているのだそうである。
ところが、近年盗掘されることが多く、しかも高価な珍種を選んで盗まれてしまうそうである。

 今年こそはと思っていた矢先、やはりほとんどを盗まれてしまった、とがっくり肩を落としてしょげていました。
なんともやりきれない話です。

 「可憐な花を愛でる心」と「盗んだ花を愛でる」ことなど両立するものなのでしょうか。とても考えられません。

 さいわい、茶屋のご主人の長年にわたる「かたくり」の移植は成功して、見事な「かたくりの花の群生」があと一月もすれば見ることができるでしょう。
ちょっとがんばらないと見れない場所がさいわいしているのか、盗掘の被害は今のところないようです。

 あま酒のあとは、急いで麓に降りていつものように「H 小柳」でたっぷりの温泉につかりました。