(1)石川達三は、「金環蝕」と書かれたとびらの横に<まわりは金色の栄光に輝いて見えるが、中の方は真黒に腐っている。>というキャプションをつけた。『金環蝕』は政界汚職を扱った古典的な作品だ。1966年に「サンデー毎日」に連載され、同年、新潮社から刊行された。
(2)*年5月13日、民政党(政府与党)は総選挙を行った。寺田政臣(現職総理大臣)と酒井和明(党内に大勢力を持つ)の総裁争いにおいて、裏面の暗躍は醜態をきわめた。寺田が買収その他に使ったカネは15億とも18億とも言われた。酒井派も同じく17億から20億と噂された。
選挙結果は寺田の再選となったが、寺田派は業界からの政治献金や銀行からの借り入れだけでは資金を賄うことができず、党資金からも数億円を流用していた。これを返還するために、九州の大型ダム建設を利用して政権中枢と電力会社とゼネコンが談合によって資金を捻出した。しかし、寺田は再選後4ヵ月で病に倒れ、権力は酒井が引き継いだ。汚職を解明しようとした与党政治家、業界紙記者、フィクサーなども腐敗しており、結局、真相は闇の中という筋書きだ。
(3)この小説を通じて石川達三が告発したのは、日本の官僚と民衆の関係だ。
<官僚は民衆を信じていない。民衆とは、何か事あるごとに、あれこれと理由をつけて、官庁からかねを取ろうとする〈悪人の群〉だと思っていた。たとえば水没地区にわざわざ住み付いてしまう渡り鳥のような連中である。官僚の特色は警戒心だった。民衆にだまされてはならないという猜疑心だった。同時にそれが保身の術でもあった。
民衆は民衆で、官僚を信じていない。官僚というやつはすべて嘘つきで無責任で、責任のなすりあいをして、責任者が転々と変わってしまうので、つかまえどころの無い〈化けもの〉だと思っていた。長いものには巻かれろという諺がある。昔はその長いものは殿様だった。いまは官僚である。官僚相手の交渉では、ほとんどすべて民衆の泣き寝入りに終わる。>【注:〈〉内は原文では傍点。】
この状況は、『金環蝕』が書かれてから50年以上経った今日でも基本的に変化していない。
(4)この小説は、首相官邸や自民党本部にうごめくフィクサー、政治部記者、業界紙記者、学者、芸者、料亭の下足番、政治家の夫人など、選挙によって当選したわけでも国家公務員試験に合格したわけでもないのに、現実の政治に無視できない影響を与えている人々を見事に描いている。
特に首相夫人の寺田峯子の容喙だ。首相官邸に勤務する下級事務官が、電力会社の財部賢三・総裁に官房長官のメッセージを伝えに行った時の出来事を小説は活写する。
西尾秘書官は、財部総裁に小さな白い封筒を渡す。中には名刺が一枚入っていて、<竹田建設のこと、私からも宜しくお願い申し上げます。>と書いてある。名刺の印刷された名は寺田峯子とあった。財部総裁はかっと頭に血がのぼる思いをした。F-川電源開発は財部総裁の権限と責任において建設される。その工事をどこの何組にやらせようが、外部から口を出される理由はない。<官房長官といえども発言権はない。いわんや総理夫人などという局外者が、どんな権限をもって総裁に命令するというのか。・・・・>
首相夫人自身は、選挙によって選ばれた公人ではない。しかし、日本国家の最高権力者である内閣総理大臣を配偶者にするという立場から、実態的には絶大な権力を持つ。
財部総裁は西尾秘書官から寺田峯子の容喙ぶりを聴き取る。寺田峯子はどうやら、時々こういうことをするらしい。防衛庁長官あてに名刺を出し、軍需物資の納入について頼んだこともあった。総理の郷里の商社の人から依頼されたらしい。軍需物資とは衣料関係であった。日本の自衛隊は常備26、7万人に達する。そのための衣料品は膨大な量になる。それを納入する商社にとっては非常に大きな利権である。その利権は政治献金と結びついている。つまり、献金という名の賄賂である。
(5)官僚として政治家に近づきすぎると酷い目に遭うことがある。
寺田峯子の名刺の話が業界紙に書かれ、世間で噂されるようになった。峯子は西尾を呼び出して詰問する。
峯子の名刺に関する情報を業界紙記者に漏らしたのは財部総裁で西尾は無関係だ。
しかし、西尾は自宅のアパートから投身自殺をすることで責任をとった。警察はそれを過失による事故死として処理した。
首相周辺のスキャンダルに巻き込まれた官僚が自殺を強要されることはないとしても、「個人でしたことです」と盾にされることは珍しくない。
(6)さらに興味深いのは、国会でのF-川ダム疑惑の追求を阻止するために警察が逮捕したフィクサー・石原参吉の処遇に係る新聞記者たちの見方だ。読んでいて背筋が寒くなる。
<(石原を逮捕したのは現政府と保守政党の自衛のためだ。あの男を自由にして置いては心配でたまらないのだ。)
(石原はどれほど罪状がはっきりしていても、彼を公判にかけることは不可能だろう。おれは法廷に出たら何をしゃべるか解らんぞ、と石原は豪語している。それがこわいから参吉のための公判は当分ひらかれないだろう。検察庁は調査中と称して起訴を延ばして行くに違いない。しかも証拠湮滅のおそれありとして保釈もしないだろう。)
(石原はもう出て来られないだろう。彼は多分獄死させられる・・・・)
政府と与党とが、やるつもりならば、それはやれる事だった。現在の野党が政権を取る時が早くやって来ない限り、石原参吉は二度と(娑婆の風)に当たることは出来ないかも知れないのだった。・・・・>
□佐藤優「石川達三『金環蝕』/政界汚職を描いた古典 ~ベストセラーで読む日本の近現代史 第44回~」(「文藝春秋」2017年月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】生きた経済の教科書、バチカンというインテリジェンス機関、正しかった「型」の教育」
「【佐藤優】誰かを袋だたきにしたい欲望、正統派の書評家・武田鉄矢、追い込まれつつある正社員」
「【佐藤優】発達障害とどう向き合うか、アドルノ哲学の知的刺激、インターネットと「情報犯罪」」
「【佐藤優】後醍醐天皇の力の源 「異形の輩」とは--日本の暗部を突く思考」
「【佐藤優】実用的な会話術、ユーラシア地域の通史、宇宙ロケットを生んだ珍妙な思想」
「【佐藤優】キブ・アンド・テイクが成功の秘訣、キリスト教文化圏の悪と悪魔、理系・文系の区別を捨てよ」
「【佐藤優】企業インテリジェンス小説 ~梶山季之『黒の試走車』~」
「【佐藤優】中東複合危機、金正恩の行動を読み解く鍵、「型破り」は「型」を踏まえて」
「【佐藤優】後世に名を残す村上春樹新作、気象災害対策の基本書、神学の処世術的応用」
「【佐藤優】地学の魅力、自分の頭で徹底的に考える、高等教育と短期の利潤追求」
「【佐藤優】日本人の特徴的な行動 ~日本礼賛ではない『ジャパン・アズ・ナンバーワン』~」
「【佐藤優】知を扱う基本的技法、ソ連人はあまり読まなかった『資本論』、自由に耐えるたくましさ」
「【佐藤優】後知恵上手が出世する? ~ビジネスに役立つ「哲学の巨人」読解法~」
「【佐藤優】トランプ政権の安保政策、「生きた言葉」という虚妄、キリスト教の開祖パウロ」
「【佐藤優】「暴君」のような上司のホンネとは? ~メロスのビジネス心理学~」
「【佐藤優】物まね芸人とスパイの共通点、新版太平記の完成、対戦型AIの原理」
「【佐藤優】トランプ側近が考える「恐怖のシナリオ」 ~日本も敵になる?~」
「【佐藤優】弱まる日本社会の知力、実践的ディベート術、受けるより与えるほうが幸い」
「【佐藤優】トランプの「会話力」を知る ~ワシントンポスト取材班『トランプ』~」
「【佐藤優】「不可能の可能性」に挑む、言語の果たす役割の大きさ、NYタイムズ紙コラムニストの人生論」
「【佐藤優】人生は実家の収入ですべて決まる? ~「下流」を脱する方法~」
「【佐藤優】ソ連崩壊後の労働者福祉軽視、現代も強い力を持つ観念論、孤独死予備軍と宗教」
「【佐藤優】米国のキリスト教的価値観、サイバー戦争論、日本会議」
「【佐藤優】『失敗の本質』/日本型組織の長所と短所」
「【佐藤優】世界を知る「最重要書物」 ~クラウゼヴィッツ『戦争論』~」
「【佐藤優】現代ロシアに関する教科書、ネコ問題はヒト問題、トランプ氏の顧問が見る中国」
「【佐藤優】日本には「物語の復権」が必要である ~反知性主義批判~」
「【佐藤優】サイコパス、新訳で甦る千年前の魂、長寿化に伴うライフスタイルの変化」
「【佐藤優】イラクの地政学、誠実なヒューマニスト、全ての人が受益者となる社会の構築」
「【佐藤優】外交に決定的に重要なタイミング、他人の気持ちになって考える力、科学と職人芸が融合した食品」
「【佐藤優】『ゼロからわかるキリスト教』の著者インタビュー ~「神」を論じる不可能に挑む~」
「【佐藤優】組織の非情さが骨身に沁みる ~新田次郎『八甲田山死の彷徨』~」
「【佐藤優】プーチン政権の本質、2017年の論点、ロシアと欧州」
「【佐藤優】国際人になるための教科書、ストレスが人間を強くする、日本に易姓革命はない」
「【佐藤優】ロシアでも愛された知識人の必読書 ~安部公房『砂の女』~」
「【佐藤優】トランプ当選予言の根拠、猫の絵本の哲学、人間関係で認知症を予防」
「【佐藤優】モンロー主義とトランプ次期大統領、官僚は二流の社会学者、プロのスパイの手口」
「【佐藤優】トランプを包括的に扱う好著、現代日本外交史、独自の民間外交」
「【佐藤優】デモや抗議活動のサブカルチャー化、グローバル化に対する反発を日露が共有、グローバル化に対する反発が国家機能を強化」
「【佐藤優】国際社会で日本が生き抜く条件、ルネサンスを準備したもの、理系情報の伝え方」
「【佐藤優】人生を豊かにする本、猫も人もカロリー過剰、度外れなロシア的天性」
「【佐藤優】テロリズム思想の変遷を学ぶ ~沢木耕太郎『テロルの決算』~」
「【佐藤優】住所格差と人生格差、人材育成で企業復活、教科書レベルの知識が必要」
「【佐藤優】数学嫌いのための数学入門、西欧的思考にわかりやすい浄土思想解釈、非共産主義的なロシア帝国」
「【佐藤優】ウラジオストク日本人居留民、辺野古移設反対を掲げる公明党沖縄県本部、偶然歴史に登場した労働力の商品化」
「【佐藤優】「21世紀の優生学」の危険、闇金ウシジマくんvs.ホリエモン、仔猫の救い方」
「【佐藤優】大学にも外務省にもいる「サンカク人間」 ~『文学部唯野教授』~」
「【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次」
「【佐藤優】「イスラム国」をつくった米大統領、強制収容所文学、「空気」による支配を脱構築」
「【佐藤優】トランプの対外観、米国のインターネット戦略、中国流の華夷秩序」
「【佐藤優】元モサド長官回想録、舌禍の原因、灘高生との対話」
「【佐藤優】孤立主義の米国外交、少子化対策における産まない自由、健康食品のウソ・ホント」
「【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟」
「【佐藤優】キリスト教徒として読む資本論 ~宇野弘蔵『経済原論』~」
「【佐藤優】未来の選択肢二つ、優れた文章作法の指南書、人間が変化させた生態系」
「【佐藤優】+宮家邦彦 世界史の大転換/常識が通じない時代の読み方」
「【佐藤優】人びとの認識を操作する法 ~ゴルバチョフに会いに行く~」
「【佐藤優】ハイブリッド外交官の仕事術、トランプ現象は大衆の反逆、戦争を選んだ日本人」
「【佐藤優】ペリー来航で草の根レベルの交流、沖縄差別の横行、美味なソースの秘密」
「【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム」
「【佐藤優】18歳からの格差論、大川周明の洞察、米国の影響力低下」
「【佐藤優】天皇制を作った後醍醐、天皇制と無縁な沖縄 ~網野善彦『異形の王権』~」
「【佐藤優】新しい帝国主義時代、地図の「四色問題」、ベストセラー候補の研究書」
「【佐藤優】ねこはすごい、アゼルバイジャン、クンデラの官僚を描く小説」
「【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム」
「【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞」
「【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学」
「【佐藤優】何が個性で、何が障害か」
「【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~」
「【佐藤優】英才教育という神話」
「【佐藤優】資本主義の内在的論理」
「【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源」
「【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学」
「【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」」
「佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本」
「【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論」
「【佐藤優】第三次世界大戦の可能性、現代東欧文学、世界連鎖暴落」
「【佐藤優】司馬遼太郎の語られざる本音、深層対話、米政府による暗殺」
「【佐藤優】著名神学者のもう一つの顔 ~パウル・ティリヒ~」
「【佐藤優】総理が靖国参拝する理由、NPO活動の哲学やノウハウ、テロ対策の必読書」
「【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~」
「【佐藤優】社会の価値観、退行する社会」
「【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体」
「【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~」
「【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発」
「【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治」
「【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学」
「【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!」
「【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~」
(2)*年5月13日、民政党(政府与党)は総選挙を行った。寺田政臣(現職総理大臣)と酒井和明(党内に大勢力を持つ)の総裁争いにおいて、裏面の暗躍は醜態をきわめた。寺田が買収その他に使ったカネは15億とも18億とも言われた。酒井派も同じく17億から20億と噂された。
選挙結果は寺田の再選となったが、寺田派は業界からの政治献金や銀行からの借り入れだけでは資金を賄うことができず、党資金からも数億円を流用していた。これを返還するために、九州の大型ダム建設を利用して政権中枢と電力会社とゼネコンが談合によって資金を捻出した。しかし、寺田は再選後4ヵ月で病に倒れ、権力は酒井が引き継いだ。汚職を解明しようとした与党政治家、業界紙記者、フィクサーなども腐敗しており、結局、真相は闇の中という筋書きだ。
(3)この小説を通じて石川達三が告発したのは、日本の官僚と民衆の関係だ。
<官僚は民衆を信じていない。民衆とは、何か事あるごとに、あれこれと理由をつけて、官庁からかねを取ろうとする〈悪人の群〉だと思っていた。たとえば水没地区にわざわざ住み付いてしまう渡り鳥のような連中である。官僚の特色は警戒心だった。民衆にだまされてはならないという猜疑心だった。同時にそれが保身の術でもあった。
民衆は民衆で、官僚を信じていない。官僚というやつはすべて嘘つきで無責任で、責任のなすりあいをして、責任者が転々と変わってしまうので、つかまえどころの無い〈化けもの〉だと思っていた。長いものには巻かれろという諺がある。昔はその長いものは殿様だった。いまは官僚である。官僚相手の交渉では、ほとんどすべて民衆の泣き寝入りに終わる。>【注:〈〉内は原文では傍点。】
この状況は、『金環蝕』が書かれてから50年以上経った今日でも基本的に変化していない。
(4)この小説は、首相官邸や自民党本部にうごめくフィクサー、政治部記者、業界紙記者、学者、芸者、料亭の下足番、政治家の夫人など、選挙によって当選したわけでも国家公務員試験に合格したわけでもないのに、現実の政治に無視できない影響を与えている人々を見事に描いている。
特に首相夫人の寺田峯子の容喙だ。首相官邸に勤務する下級事務官が、電力会社の財部賢三・総裁に官房長官のメッセージを伝えに行った時の出来事を小説は活写する。
西尾秘書官は、財部総裁に小さな白い封筒を渡す。中には名刺が一枚入っていて、<竹田建設のこと、私からも宜しくお願い申し上げます。>と書いてある。名刺の印刷された名は寺田峯子とあった。財部総裁はかっと頭に血がのぼる思いをした。F-川電源開発は財部総裁の権限と責任において建設される。その工事をどこの何組にやらせようが、外部から口を出される理由はない。<官房長官といえども発言権はない。いわんや総理夫人などという局外者が、どんな権限をもって総裁に命令するというのか。・・・・>
首相夫人自身は、選挙によって選ばれた公人ではない。しかし、日本国家の最高権力者である内閣総理大臣を配偶者にするという立場から、実態的には絶大な権力を持つ。
財部総裁は西尾秘書官から寺田峯子の容喙ぶりを聴き取る。寺田峯子はどうやら、時々こういうことをするらしい。防衛庁長官あてに名刺を出し、軍需物資の納入について頼んだこともあった。総理の郷里の商社の人から依頼されたらしい。軍需物資とは衣料関係であった。日本の自衛隊は常備26、7万人に達する。そのための衣料品は膨大な量になる。それを納入する商社にとっては非常に大きな利権である。その利権は政治献金と結びついている。つまり、献金という名の賄賂である。
(5)官僚として政治家に近づきすぎると酷い目に遭うことがある。
寺田峯子の名刺の話が業界紙に書かれ、世間で噂されるようになった。峯子は西尾を呼び出して詰問する。
峯子の名刺に関する情報を業界紙記者に漏らしたのは財部総裁で西尾は無関係だ。
しかし、西尾は自宅のアパートから投身自殺をすることで責任をとった。警察はそれを過失による事故死として処理した。
首相周辺のスキャンダルに巻き込まれた官僚が自殺を強要されることはないとしても、「個人でしたことです」と盾にされることは珍しくない。
(6)さらに興味深いのは、国会でのF-川ダム疑惑の追求を阻止するために警察が逮捕したフィクサー・石原参吉の処遇に係る新聞記者たちの見方だ。読んでいて背筋が寒くなる。
<(石原を逮捕したのは現政府と保守政党の自衛のためだ。あの男を自由にして置いては心配でたまらないのだ。)
(石原はどれほど罪状がはっきりしていても、彼を公判にかけることは不可能だろう。おれは法廷に出たら何をしゃべるか解らんぞ、と石原は豪語している。それがこわいから参吉のための公判は当分ひらかれないだろう。検察庁は調査中と称して起訴を延ばして行くに違いない。しかも証拠湮滅のおそれありとして保釈もしないだろう。)
(石原はもう出て来られないだろう。彼は多分獄死させられる・・・・)
政府と与党とが、やるつもりならば、それはやれる事だった。現在の野党が政権を取る時が早くやって来ない限り、石原参吉は二度と(娑婆の風)に当たることは出来ないかも知れないのだった。・・・・>
□佐藤優「石川達三『金環蝕』/政界汚職を描いた古典 ~ベストセラーで読む日本の近現代史 第44回~」(「文藝春秋」2017年月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】生きた経済の教科書、バチカンというインテリジェンス機関、正しかった「型」の教育」
「【佐藤優】誰かを袋だたきにしたい欲望、正統派の書評家・武田鉄矢、追い込まれつつある正社員」
「【佐藤優】発達障害とどう向き合うか、アドルノ哲学の知的刺激、インターネットと「情報犯罪」」
「【佐藤優】後醍醐天皇の力の源 「異形の輩」とは--日本の暗部を突く思考」
「【佐藤優】実用的な会話術、ユーラシア地域の通史、宇宙ロケットを生んだ珍妙な思想」
「【佐藤優】キブ・アンド・テイクが成功の秘訣、キリスト教文化圏の悪と悪魔、理系・文系の区別を捨てよ」
「【佐藤優】企業インテリジェンス小説 ~梶山季之『黒の試走車』~」
「【佐藤優】中東複合危機、金正恩の行動を読み解く鍵、「型破り」は「型」を踏まえて」
「【佐藤優】後世に名を残す村上春樹新作、気象災害対策の基本書、神学の処世術的応用」
「【佐藤優】地学の魅力、自分の頭で徹底的に考える、高等教育と短期の利潤追求」
「【佐藤優】日本人の特徴的な行動 ~日本礼賛ではない『ジャパン・アズ・ナンバーワン』~」
「【佐藤優】知を扱う基本的技法、ソ連人はあまり読まなかった『資本論』、自由に耐えるたくましさ」
「【佐藤優】後知恵上手が出世する? ~ビジネスに役立つ「哲学の巨人」読解法~」
「【佐藤優】トランプ政権の安保政策、「生きた言葉」という虚妄、キリスト教の開祖パウロ」
「【佐藤優】「暴君」のような上司のホンネとは? ~メロスのビジネス心理学~」
「【佐藤優】物まね芸人とスパイの共通点、新版太平記の完成、対戦型AIの原理」
「【佐藤優】トランプ側近が考える「恐怖のシナリオ」 ~日本も敵になる?~」
「【佐藤優】弱まる日本社会の知力、実践的ディベート術、受けるより与えるほうが幸い」
「【佐藤優】トランプの「会話力」を知る ~ワシントンポスト取材班『トランプ』~」
「【佐藤優】「不可能の可能性」に挑む、言語の果たす役割の大きさ、NYタイムズ紙コラムニストの人生論」
「【佐藤優】人生は実家の収入ですべて決まる? ~「下流」を脱する方法~」
「【佐藤優】ソ連崩壊後の労働者福祉軽視、現代も強い力を持つ観念論、孤独死予備軍と宗教」
「【佐藤優】米国のキリスト教的価値観、サイバー戦争論、日本会議」
「【佐藤優】『失敗の本質』/日本型組織の長所と短所」
「【佐藤優】世界を知る「最重要書物」 ~クラウゼヴィッツ『戦争論』~」
「【佐藤優】現代ロシアに関する教科書、ネコ問題はヒト問題、トランプ氏の顧問が見る中国」
「【佐藤優】日本には「物語の復権」が必要である ~反知性主義批判~」
「【佐藤優】サイコパス、新訳で甦る千年前の魂、長寿化に伴うライフスタイルの変化」
「【佐藤優】イラクの地政学、誠実なヒューマニスト、全ての人が受益者となる社会の構築」
「【佐藤優】外交に決定的に重要なタイミング、他人の気持ちになって考える力、科学と職人芸が融合した食品」
「【佐藤優】『ゼロからわかるキリスト教』の著者インタビュー ~「神」を論じる不可能に挑む~」
「【佐藤優】組織の非情さが骨身に沁みる ~新田次郎『八甲田山死の彷徨』~」
「【佐藤優】プーチン政権の本質、2017年の論点、ロシアと欧州」
「【佐藤優】国際人になるための教科書、ストレスが人間を強くする、日本に易姓革命はない」
「【佐藤優】ロシアでも愛された知識人の必読書 ~安部公房『砂の女』~」
「【佐藤優】トランプ当選予言の根拠、猫の絵本の哲学、人間関係で認知症を予防」
「【佐藤優】モンロー主義とトランプ次期大統領、官僚は二流の社会学者、プロのスパイの手口」
「【佐藤優】トランプを包括的に扱う好著、現代日本外交史、独自の民間外交」
「【佐藤優】デモや抗議活動のサブカルチャー化、グローバル化に対する反発を日露が共有、グローバル化に対する反発が国家機能を強化」
「【佐藤優】国際社会で日本が生き抜く条件、ルネサンスを準備したもの、理系情報の伝え方」
「【佐藤優】人生を豊かにする本、猫も人もカロリー過剰、度外れなロシア的天性」
「【佐藤優】テロリズム思想の変遷を学ぶ ~沢木耕太郎『テロルの決算』~」
「【佐藤優】住所格差と人生格差、人材育成で企業復活、教科書レベルの知識が必要」
「【佐藤優】数学嫌いのための数学入門、西欧的思考にわかりやすい浄土思想解釈、非共産主義的なロシア帝国」
「【佐藤優】ウラジオストク日本人居留民、辺野古移設反対を掲げる公明党沖縄県本部、偶然歴史に登場した労働力の商品化」
「【佐藤優】「21世紀の優生学」の危険、闇金ウシジマくんvs.ホリエモン、仔猫の救い方」
「【佐藤優】大学にも外務省にもいる「サンカク人間」 ~『文学部唯野教授』~」
「【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次」
「【佐藤優】「イスラム国」をつくった米大統領、強制収容所文学、「空気」による支配を脱構築」
「【佐藤優】トランプの対外観、米国のインターネット戦略、中国流の華夷秩序」
「【佐藤優】元モサド長官回想録、舌禍の原因、灘高生との対話」
「【佐藤優】孤立主義の米国外交、少子化対策における産まない自由、健康食品のウソ・ホント」
「【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟」
「【佐藤優】キリスト教徒として読む資本論 ~宇野弘蔵『経済原論』~」
「【佐藤優】未来の選択肢二つ、優れた文章作法の指南書、人間が変化させた生態系」
「【佐藤優】+宮家邦彦 世界史の大転換/常識が通じない時代の読み方」
「【佐藤優】人びとの認識を操作する法 ~ゴルバチョフに会いに行く~」
「【佐藤優】ハイブリッド外交官の仕事術、トランプ現象は大衆の反逆、戦争を選んだ日本人」
「【佐藤優】ペリー来航で草の根レベルの交流、沖縄差別の横行、美味なソースの秘密」
「【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム」
「【佐藤優】18歳からの格差論、大川周明の洞察、米国の影響力低下」
「【佐藤優】天皇制を作った後醍醐、天皇制と無縁な沖縄 ~網野善彦『異形の王権』~」
「【佐藤優】新しい帝国主義時代、地図の「四色問題」、ベストセラー候補の研究書」
「【佐藤優】ねこはすごい、アゼルバイジャン、クンデラの官僚を描く小説」
「【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム」
「【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞」
「【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学」
「【佐藤優】何が個性で、何が障害か」
「【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~」
「【佐藤優】英才教育という神話」
「【佐藤優】資本主義の内在的論理」
「【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源」
「【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学」
「【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」」
「佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本」
「【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論」
「【佐藤優】第三次世界大戦の可能性、現代東欧文学、世界連鎖暴落」
「【佐藤優】司馬遼太郎の語られざる本音、深層対話、米政府による暗殺」
「【佐藤優】著名神学者のもう一つの顔 ~パウル・ティリヒ~」
「【佐藤優】総理が靖国参拝する理由、NPO活動の哲学やノウハウ、テロ対策の必読書」
「【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~」
「【佐藤優】社会の価値観、退行する社会」
「【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体」
「【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~」
「【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発」
「【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治」
「【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学」
「【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!」
「【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~」