語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】外交に決定的に重要なタイミング、他人の気持ちになって考える力、科学と職人芸が融合した食品

2016年12月24日 | ●佐藤優
   
 ①森山優『日米開戦と情報戦』(講談社現代新書 880円)
 ②今一生/雨樹一期・写真『猫とビートルズ』(金曜日 1,200円)
 ③斎藤忠夫『チーズの科学 ミルクの力、発酵・熟成の神秘』(講談社ブルーバックス 980円)

 (1)①を読むと、外交においてはタイミングが決定的に重要だということがわかる。森山氏の次の指摘はその通りだ。
 <最大の悲劇は、日米の強硬(と相手がみなす)態度が、最悪のタイミングで噛み合ってしまったことであろう。くりかえしになるが、国境紛争調停の段階で日本が南部仏印に進駐しておけば、アメリカが全面禁輸で対抗することは、おそらくなかったであろう。強硬策に踏み切る準備が整っていなかったからである。(中略)しかし、ともに相手との対立をおそれて強硬策を回避した。実際に7月に日本が南部仏印に進駐した際、日本はアメリカの反発を予想していなかった。ところが、予想外の反発に、交渉による解決とともに、資源のための戦争という選択肢が急浮上する。日本の、外交交渉による解決への希望は、ハル・ノートという予想外の対応によって終止符がうたれた。そして、日本は太平洋全域における大規模攻勢という、これまた想定外の行動に出たのである>
 外交交渉によって日米開戦を避けられる可能性はあったのだ。

 (2)②は、著者と写真家の人間的な優しさが見事にかみ合った作品だ。ジョン・レノンとポール・マッカートニーが作った「イエスタデイ」がについては、2人が幼年期に母親を失っていたことに焦点をあて、次のように指摘する。
 <親を失えば、子どもでいられません。自分を育ててくれた母を急に失った少年は、すぐに心理的に自立することを迫られてしまいます。(中略)
 母親からの愛を失った後だからこそ、「お母さんになら何をしても許され、いつでも甘えられるのに」という気づきに至るのです>
 本書を読むと、他人の気持ちになって考える力が付く。

 (3)③は、発酵食品の奥深さを教えてくれる。
 <チーズの熟成期間には、冷やすことはあっても加熱することは絶対にありません。高温になると熟成に必要な乳酸菌やカビなどの微生物は死んでしまい、酵素は失活してしまうからです。チーズ熟成庫の温度は一般的には12℃前後の低温に保たれています。しかし、このような低温であっても熟成中には、チーズの組織中では微生物が遊離アミノ酸に作用して、独特の風味が発生するような「化学反応」が起こっています。したがって、やはり多様で風味豊かなアクション・フレーバーが少しずつ生成されているのです>
 冷やすことだけで、チーズの味や香りの微妙な差異を作り出していく過程に科学と職人芸の融合がある。チーズが複雑な過程を経て作られる作品であることがよく分かる。

□佐藤優「科学と職人芸が融合した食品 ~知を磨く読書 第178回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年12月17日号)
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