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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】『失敗の本質』/日本型組織の長所と短所

2018年07月30日 | ●佐藤優
 (1)日本の企業、官庁などの組織が持つ長所と短所についてバランスよく解明した古典的名著だ。副題は「日本軍の組織論的研究」。
 〈例〉山本五十六・連合艦隊司令長官は、ちっとも名提督ではない。<その戦略構想は、真珠湾攻撃とミッドウェー作戦に見られるように短期決戦思想に強く彩られている。「それは、これからの海上作戦はいかなる様相で戦われるかを徹底的に究明し、航空兵力こそ作戦の主兵であるとの認識に基づいて立てられた作戦でなかった」(千早正隆『日本海軍の戦略発想』)のである。「大勢に押されて立上がらざるを得ずとすれば、艦隊担当者としては到底尋常一様の作戦にては見込み立たず、結局桶狭間と鵯越(ひよどりごえ)と川中島とを併せ行うの已むを得ざる羽目に追い込まれる次第に御座候」といっていたように、開戦時の連合艦隊の作戦計画は、伝統的艦隊決戦と山本長官の真珠湾奇襲攻撃の妥協案であった。それは帝国海軍の継戦能力の冷徹な分析に基づいたものであったが、井上成美中将の持久戦をも考慮した航空戦力重視構想とは異なる。その点で、「日露戦争の戦訓で太平洋戦争を戦った」とも指摘されている。>

 (2)本書の内容のほとんどは、外務省を始めとする官僚組織に現在もあてはまる。特に教育制度について。
 <教育システムについては、代表的なものには陸軍士官学校、海軍兵学校があり、さらに、陸士、海兵の上に陸軍大学校ならびに海軍大学校があった。
 教育内容については、海軍兵学校では理数系科目が重視され、また成績によって序列が決まったので、大東亜戦争中の提督のほとんどは、理数系能力を評価されて昇進した。陸軍士官学校では、理数よりも戦術を中心とした軍務重視型の教育が行われた。理解力や記憶力がよく(これは理数系重視型教育においても同様であるが)、それに行動力のある者は成績がよかった。しかし陸軍の場合には、海軍と異なり陸士の成績よりは陸大の成績がその後の昇進を規定した。陸大卒業者は、記憶力、データ処理、文書作成能力にすぐれ、事務官僚としてもすぐれており、たとえば東条大将はメモ魔といわれたほどだが、またその記憶力のよさも人を驚かせていたといわれる(熊谷光久「大東亜戦争将師論」)。
 このような教育システムを背景として、実務的な陸軍の将校と理数系に強い海軍の将校が、大東亜戦争のリーダー群として輩出してきた。しかしいずれのタイプにも共通するのは、それらの人々がオリジナリティを奨励するよりは、暗記と記憶力を強調した教育システムを通じて養成されたということである。>

 (3)難関大学の入学試験、国家公務員試験、司法試験で問われるのは、教科書の内容を記憶し(必ずしも理解していなくてもいい)、その内容を1時間半から2時間半の制限時間内に筆記試験で再現する能力だ。このような能力は官僚としての必要条件ではある。しかし、この条件を満たしているからといって、外交官の業績をあげることができるわけではない。だから、実際の仕事を進める上では、公の役職とは別の属人的なネットワークが重要になる。本書では、このようなネットワークについて否定的な評価がなされている。
 <本来、官僚制は垂直的階層分化を通じた公式権限を行使するところに大きな特徴が見られる。その意味で、官僚制の機能が期待される強い時間的制約のもとでさえ、階層による意思決定システムは効率的に機能せず、根回しと腹のすり合わせにおる意思決定が行われていた。>
 北方領土交渉についても、公のラインよりも、「ロシア・スクール」の中での属人的関係が意思決定においては重要だった。日本の北方領土交渉が動いたのも、ロシア・スクールの首領(ドン)だった東郷和彦氏が、ソ連課長、欧亜局審議官、条約局長、欧亜局長など外務本省で北方領土の意思決定に関与する立場にいるときだけだった。

 (4)本書では、日本企業の組織文化を総括して、こう結論づける。
 <その長所は、次のようなものである。
 ① 下位の組織単位の自律的な環境適応が可能になる。
 ② 定型化されないあいまいな情報をうまく伝達・処理できる。
 ③ 組織の末端の学習を活性化させ、現場における知識や経験の蓄積を促進し、情報感度を高める。
 ④ 集団あるいは組織の価値観によって、人々を内発的に動機づけ大きな心理的エネルギーを引き出すことができる。>
 この指摘はあたっている。特に大部屋で仕事をするというスタイルで、上司が何を考えているか、同僚がどんな仕事をしているかは伝達される。
 もっとも、1980年代ならば、情報伝達は電話が中心だったので、声によって「定型化されないあいまいな情報をうまく伝達・処理」し、「組織の末端の学習を活性化させ、現場における知識や経験の蓄積を促進し、情報感度を高める」ことができたが、パソコンによる電子メールやスマートフォンによるSNSが主要な伝達手段になると、なんとなく共有される情報が少なくなる。

 (5)本書では、日本企業の短所については、こう指摘する。
 <戦略については、①明確な戦略概念に乏しい、②急激な構造的変化への対応がむずかしい、③大きなブレイク・スルーを生み出すことがむずかしい、組織については、①集団間の統合の負荷が大きい、②意思決定に長い時間を要する、③集団的思考による異端の排除が起こる、などの欠点を有している。そして、高度情報化や業種破壊、さらに、先進地域を含めた海外での生産・販売拠点の本格的展開など、われわれの得意とする体験的学習だけからでは予測のつかない環境の構造的変化が起こりつつある今日、これまでの成長期にうまく適応してきた戦略と組織の変革が求められているのである。とくに、異質性や異端の排除とむすびついた発想や行動の均質性という日本企業の持つ特質が、逆機能化する可能性すらある。>

 (6)高度情報化や業種破壊、さらに、先進地域を含めた海外での生産・販売拠点の本格的展開などについては、外国企業の経験も取り入れつつ、日本企業は巧みに対応している。
 しかし、明確な戦略概念に欠け、急激な構造的変化への適応が苦手で、大きなブレイク・スルーを生み出しにくいという企業戦略上の問題点は、現在もそのまま残っている。さらに、集団間の統合の負荷が大きく、意思決定に長い時間がかかり、集団思考による異端の排除という傾向は、日本経済が右肩下がりになるにつれてますます強まっている。
 組織文化は数十年程度の短期間では変化しないのである。

□佐藤優「失敗の本質/日本型組織の長所と短所 ~ベストセラーで読む日本の近現代史 第41回~」(「文藝春秋」2017年2月号)
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1 コメント

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外交官 (まらかた)
2018-01-07 22:27:10
騒がずに静かにして置くべきだ、この無能外交官が、お前が言っているとおり、黙って静かにしておいた方がいい、とは馬鹿か!そうしていたから朝鮮人が世界中に銅像を建てまくっているではないか、彼等の執拗さに負けては駄目なんだよ!同じように執拗に証拠を見せろと言い続けなければ駄目なんだよ、この無能外交官、外交に二度と口出しするなよ、屑野郎!
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