語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】世界を知る「最重要書物」 ~クラウゼヴィッツ『戦争論』~

2017年01月11日 | ●佐藤優
 (1)「アメリカ・ファースト」を掲げるドナルド・トランプ氏(共和党)が米国大統領に当選したことに象徴されるように、世界規模で国家エゴが強まっている。二度の世界大戦による大量虐殺と大量破壊の反省から国連が結成され、戦争を違法化しようとする努力が続けられてきたが、国際法では究極的に戦争を違法化するに至っていない。

 (2)カール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780~1831年)は、近代的な戦争論を語る場合には避けて通ることができない人物だ。クラウゼヴィッツの死の翌年に公刊された『戦争論』は、各国の軍人や政治かのみならず、エンゲルスやレーニンのような革命家にも強い影響を与えた。
 クラウゼヴィッツは、戦争を政治に包摂する。
 <戦争は、政治的行為であるばかりでなく、政治の道具であり、彼我両国のあいだの政治的交渉の継続であり、政治におけるとは異なる手段を用いてこの政治的交渉を遂行する行為である。してみると戦争になお独自のものがあるとすれば、それは戦争において用いられる手段に独自の性質に関するものだけである。ところでかかる場合に、戦争術が一般に要求できること、そしてまた個々の場合には将師が要求して差し支えないことがある、それは--政治の方向と意図とがこれらの手段と矛盾しない、ということである。とは言えこの要求は、実際には決して些々たる事柄ではないのである。しかしかかる要求が政治的意図にどれほど強く反映されるにせよ、そのようなものがいちいち政治的意図を変更し得るなどと考えてはならない。政治的意図が常に目的であり、戦争はその手段にすぎないからである、そして手段が目的なしにはとうてい考えられ得ないことは言うまでもない>

 (3)国家に政治的目的があって、それが外交交渉で実現できない場合には、軍事力によってその目的を実現するのが戦争なのだ。
 こう考えると、国家の政治活動が続く限り、戦争がなくなることはない。サダム・フセイン政権を打倒することを目的とした米国による対イラク戦争、戦争には至らなかったが、軍事力による威嚇を用いてロシアがウクライナからクリミアを併合した事例を見ても、近未来に大国が戦争以外の手段だけを用いて政治行動をするとは思われない。だから、われわれも戦争について学ぶ必要があるのだ。

 (4)クラウゼヴィッツは、価値観を抜きにして戦争を冷静に定義する。
 <我々は戦争について公法学者たちのあいだで論議されているようなこちたい【注・わずらわしい】定義を、今さらここであげつらう積もりはない。我々としては、戦争を構成している究極の要素、即ち二人のあいだで行われる決闘に着目したい、およそ戦争は拡大された決闘にほかならないからである。ところでかかる無数の決闘の集まりを一体として考えるには、二人の決闘者の所作を思いみるに如くはない。要するに決闘者は、いずれも物理的な力を行使して我が方の意志を相手に強要しようとするのである、即ち彼が端的に目的とするところは、相手を完全に打倒しておよそ爾後の抵抗をまったく不可能ならしめるにある。
 《してみると戦争は一種の強力行為であり、その旨とするところは相手に我が方の意志を強要するにある》>【注・《》内は傍点】

 (5)戦争とは、強力行為(国家が行使する合法的暴力と言い換えてもよい)によって、ある国家が他の国家に自らの意志を押しつける行為なのだ。裏返していえば、他国の意志を忖度して、自発的にそれに従う姿勢を示せば、戦争を避けることができる。国家としての名誉と尊厳を放棄すれば、戦争を回避することは可能になる。
 しかし、そのような選択をする国家は、国際社会でまともなプレーヤーとしては扱われない。日本の場合、中国やロシアの意思に従うことを強要されないようにするために日米安保条約を締結し、米国と軍事同盟を結んでいる。その代償が、米国の意思を忖度して、日本が自発的に米国の利益に適う行動を取ることだ。

 (6)さて、戦争が行われた場合、どの時点で目標が達成されたと考えればよいのだろうか。クラウゼヴィッツは興味深い見方を示す。
 <戦争の目標は、その本来の概念から言えば、常に敵の完全な打倒でなければならない。そしてこのことこそ、我々が出発点としたところの根本概念である。
 ところで敵の完全な打倒とはいったいなんであろうか。そのためには、敵の全国土の攻略は必ずしも必要ではない。仮りにオーストリア軍とプロイセン軍とが1792年にパリを占領していたならば、革命党との戦争は--人間の考え及ぶ限りでは、--それで終結した筈である、またそのためには、革命党に属する諸軍を予め撃破する必要はなかった、これらの軍は、まだ絶大な力を具えた唯一の革命軍ではなかったからである。これに反して、もしナポレオンが1814年にも依然として精鋭な大軍を統率していたならば、同盟軍がパリを占領したところで、まだ一切を解決したことにはならないだろう。しかしナポレオン軍の大部分は、当時すでに消耗していたので、1814年および1815年には、パリの占領が一切を決定したのである。1805年にオーストリア軍を、また1806年にプロイセン軍を粉砕したように、ナポレオンがもし1812年にも、カルガの街道にあった12万のロシア軍を、モスクワ攻略以前もしくは以後に粉砕することができたならば、たとえ攻略すべき広大な土地をまだ残しているとしても、首都モスクワの占領が講和を招来したことはほぼ確実であったと言ってよい>
 要するに、軍隊を統率する政治的な司令塔や軍の主力部隊などを粉砕することで、敵を無力化しなくてはならないということだ。戦争は人情を排し、冷徹に行われなくてはならない。

□佐藤優「戦争とは何なのか? 日本はどう行動すべきか? 世界を知る「最重要書物」/カール・フォン・クラウゼヴィッツ『戦争論』 ~名著、 ビジネスパーソンの教養講座 第20回~」(「週刊現代」2016年12月31日・2017年1月7日合併号)
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