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語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】後醍醐天皇の力の源 「異形の輩」とは--日本の暗部を突く思考

2017年04月09日 | ●佐藤優
 ★綱野善彦『異形の王権』(平凡社、1986/後に平凡社ライブラリー、1993)

 (1)綱野善彦(1928~2004年)は、ユニークな歴史家で、毀誉褒貶があるが、中世日本における天皇と被差別民の関係、また中世に日本が海洋交通を通じて東アジアから東南アジアにかけて開かれていたという歴史観を示すことで、アカデミズムに大きな衝撃を与えた。
 また、専門家だけでなく一般読者の興味を引くテキストを構成する能力があったので、日本中世史に対する社会の関心を向ける上でも大きな役割を果たした。
 特に、南北朝時代の後醍醐天皇(1288~1339年/在位1318~39年)を扱った『異形の王権』がよく読まれた。網野は、後醍醐天皇に対する評価が、太平洋戦争を境にして大きく変化したことに注目し、概要次のように述べる。
 後醍醐天皇が天皇史上きわめて特異な役割を果たしたことは、その評価はさておき、事実として広く認められている。建武新政府崩壊後、南北朝動乱を境に、前近代天皇のあり方、その権威と権力の実質が大変化を遂げたことも異論の余地はあるまい。それだけに、後醍醐の政治に係る研究は、①建武の中興ととらえた戦前と、②前後に類を見ない専制、反動的な政治と見る戦後とでは、その評価が大いに揺れ動いている、云々。

 (2)後醍醐天皇の特徴は、従来と異なる人々を自らの権力基盤を強化するために活用したことだ。この文脈で注目されるのが、「異類」や「異形」と呼ばれた人々だ。網野は、概要次のように言う。
 建武政権の末期に近い1335(建武2)年、新政府の発した「陣中の法条々」は、このころ陣中-内裏の内部に「異形の輩」が出入りしていたことを明らかに物語っている。内裏=天皇の居所の中にゴミを捨てたり、汚したりする者が出入りし、それを政府が制止するために法令を発する。異様といえば異様だが、笠松宏至はそこに建武政府の特徴を見出し、この内裏に出入りする者の中の一つのグループとして①「全国各地から蝟集してくるおびただしい訴訟人の群れ」を挙げ、他のグループとして②物売りや「聖俗いずれとも判断のつかない者ども」があったとしているが、網野は②の中に、覆面をつけ、足駄をはいた・「悪党」のいたことは確実だと考える、云々。
 制止や禁止を定めた法令が公布されるのは、そのような事実が存在するからだ。被差別民を含む人々、従来は天皇の権力に直接組み入れられていなかった人々糾合し、権力基盤を強化することによって、後醍醐天皇は大胆な改革を実行しようとしたのである。

 (3)このような改革を行う場合、イデオローグが不可欠になる。その機能を果たしたのが男女間のセックスを教義に取り入れた真言密教の僧侶・文観だ。文観は同時に「異類」や「異形」との人脈を持っていた。綱野は、次のように指摘する。
 <後醍醐は文観を通じて「異類異形」といわれた「悪党」、「職人」的武士からまでをその軍事力として動員し、内裏にまでこの人々が出入りする事態を現出させることによって、この風潮を都に広げ、それまでの服制の秩序を大混乱に陥れた。>
 結局、後醍醐天皇が天皇親政の回復を目指した建武の中興は頓挫した。
 その結果、権力の実体は武士である足利尊氏がトップを務める幕府に移った。
 しかし、足利幕府は、天皇自体を否定することはせずに大覚寺統の後醍醐とは別の系譜の持明院統の天皇を擁立する。しかし、その後も足利尊氏は後醍醐天皇に対して畏怖の念を抱き続ける。
 そして、足利幕府は、第3代将軍・足利義満のイニシアティブで南北朝の合同を実現した。実態としては、足利幕府に後押しされた北朝による南朝の吸収であった。

 (4)しかし、南北朝時代にどちらの王朝が正統であったかという論争が明治時代末期に起こり、政府は南朝を正統とした。その結果、学校教科書では南北朝時代という言葉が使えなくなり、吉野朝時代と呼ばれるようになった。そして、皇国史観の中心に後醍醐天皇が置かれるようになった。
 敗戦後、GHQの主導で民主化教育が進められる過程で、後醍醐天皇は否定的に評価されるようになった。網野自身は、講座派(日本共産党系)の歴史家で、共産党を離れてからも発想自体は典型的な講座派だった。後醍醐天皇に民衆を糾合する力があったと主張する言説を展開することは、講座派の歴史家としては勇気を要することだった。

 (5)網野は、結論部で、次のように述べる。天皇陛下の生前退位が問題となっている現今、本書は読み返されるべき一冊である。
 <後醍醐天皇は、を動員し、セックスそのものの力を王権強化に用いることを通して、日本の社会の深部に天皇を突き刺した。このことと、現在、日本社会の「暗部」に、ときに熱狂的なほどに天皇制を支持し、その権力の強化を求める動きがあることとは決して無関係ではない、と私は考える。いかに「近代的」な装いをこらし、西欧的な衣装を身につけようと、天皇をこの「暗部」と切り離すことはできないであろう。それは後醍醐という異常な天皇を持った、天皇家の歴史そのものが刻印した、天皇家の運命なのであり、それを「象徴」としていただくわれわれ日本人すべても、この問題から身をそらすわけには決していかないのである。>

□佐藤優「後醍醐天皇の力の源 「異形の輩」とは--日本の暗部を突く思考 ~名著、再び ビジネスパーソンの教養講座 第31回~」(「週刊現代」2017年4月8日号)
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