事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

天覧試合なんか知らない~第二試合

2007-10-26 | スポーツ

  (2001年9月)30日の試合には、やはり泣かされた。長嶋の挨拶にではなく、実は槇原のシーンで。あの、緊張でこわばりながらのメッセージを聞きながら、私は十数年前の広島市民球場を思い出していた。

Timemachine_0607 その試合は、広島VS巨人のカードには珍しく延長12回まで無得点で進んだ投手戦。巨人の先発槇原、広島大野豊の壮絶なピッチングが続いていた。私はその試合をバーのカウンターで見ていたのだが(なんか私は野球を飲み屋でばかり見ているようだ)、客は私一人。バーテンダーと二人で、流れるジャズを背景に、無音のテレビ画面を見つめていた。当時斎藤、桑田、槇原の三本柱が巨投では確立されており、槙原の翌日はたいがい桑田に回るローテーションだったのだが、次の試20000706makihara 合でKOされた桑田のことを解説者は「昨日の槇原のピッチングのせいで力みましたね」と語るほど、槇原の球威、コントロールはともに抜群の出来。対する大野も、例の内角に切れ込むストレートがテレビ画面を通しても怖いほどだった。結局この試合は、12回表に巨人が上げた1点を槇原が完封で守り切って勝ったのだが、この時の震えが来るほどの感動は忘れられない。プロのピッチャーって凄い。プロ野球って、こんなに面白いのかと……。

 王が、またやってくれたらしい。同じ9月30日の近鉄戦。ダイエーのピッチャー陣が、ホームランシーズン記録に挑むローズに投げたストライクは4打席18球中、わずか2球(朝日新聞より)。85年のバースに対した巨人(監督はもちろん王)と同じことをやっている。ため息がでる。日本のプロ野球はまだこんな馬鹿げたことを続けているのか。

 チームとして勝負を避けたのではなく、「監督に対する我々の配慮だ」(若菜コーチ)という発言が本当だとしても、ただ一人、王貞治だけは「勝負しろ」と言えたはずだし、王に本当に球界のことを、そしてファンのことを考える頭とハートがあったなら、王にはそうする義務さえあったはずなのに……。

030313_bbl_rose_200  野球人としての長嶋が【ミスター】を名乗ることが許されているのは、この王と対比すればよくわかると思う。自チームの中継の視聴率に一喜一憂し、テレビ局のスタッフとともに視聴率を上げるためにどんな方策があるかをこれほど真剣に考えた監督が他にいるだろうか。Jリーグの発足に誰よりも危機感をもち、人気のためなら“長嶋茂雄というブランド”を自ら徹底して利用し、マスコミに利用されることを許した人なのである。復活した背番号3のユニフォームを見せるために、カメラの位置まで意識して、嬉しそうにスタジアムジャンパーを脱いでみせたあの顔!

 ファン、という存在の有り難さと、そして怖さを知っている人だったのだと思う。プロ野球が、観客・視聴者の存在なしにはあり得ないのだ、という至極当たり前のことをいつも考えていたのだろう。

 だからむしろ、巨人のユニフォームを脱いだこれからこそ、日本プロ野球の沈滞を打破するために、長嶋ブランドは有効なはず。親会社の宣伝材料ぐらいの認識で、いっかなチームの強化に身を入れないオーナーたちや、若い層のファン獲得など思いもよらず、ナベツネをはじめとした老害連中の言うことばかり聞いているコミッショナーや機構にとっては特に。あ、長嶋は巨人の終身名誉監督になっちゃったんだっけか。あーナベツネめまた余計なことを。

 新監督原には、実は少し期待している。長嶋直系をこれだけ印象付けられれば(ホントは川上=藤田人脈だったはずなのに)、いやでも観客を意識した野球をしなければならないだろうし、選手会等を通じて、むしろ相手チームに敬愛されている人柄はひょっとしたら監督向きなのかも。でもちょっと心配なのは、デーブ大久保が日テレの番組でばらしたネタ……

Ookubo_2 いやー原さんってすんごい大雑把なんですよ。あの人がNHKでキャスターやってた頃、俺に聞いてきたんですよね。
「デーブさー。川上さんの名前(哲治)ってさー。なんて読むんだ?テツジか?テツハルか?」
「原さーん。」
「ま・どっちでもいいけどさー」どっちでも良くはないでしょ(笑)。そいでそばで聞いてた吉村が「あ、俺も知らねー」だって(笑)。で一週間ぐらいたってみんなでゴルフしてる時に遠くから岡崎が大声で
「原さーん!わかりましたー!テツハルでしたー!!」

……大丈夫か巨人(笑)。若返りを宣言した以上コーチ陣は軒並み若手に移るのだろうが、権藤ぐらいは入れといた方がよかないか?
 でも、前監督の数ある挿話のなかで私が一番好きなのは、長嶋が立教の学生時代の電車の中での会話。
「みんな、今度の黒澤明の『やりょうけん』て映画は面白いらしいぞ。」
「……長嶋、それ野良犬(のらいぬ)だよ」
大丈夫だよな、原でも(笑)。

0607_ou_shigeo 槙原の挨拶で泣けたのは、おそらく『自分の時代の野球が終わってゆく』ことへの感慨だと思う。同世代の選手が次々に現役を引退していくことは、仕方のないことだと理屈ではわかっていても、今度の【人事】はそれにほぼトドメをさした。それ以上の意味で、天覧試合の頃から長嶋を愛し続けた世代にとっては、彼の勇退はやはり痛いのだと思う。徳光は嘆きすぎだが。

 しかし、日本プロ野球は、それこそ天覧試合や槇原大野を知らない世代を取り込めなければ明日はない。このままでは、プロレスや大相撲の灯が消えていったように、私たちは“日本プロ野球が隆盛だった時代”=“長嶋のいた時代”にたまたま遭遇した消えゆく世代ということになってしまう。
その覚悟を裏切ったのが、同じ日の王貞治だったというのはつくづく泣けてくるわけだが……。くそ。がんばれローズ。あと100本打て

【2001年10月2日】

Nagashimasan2 ……あれから6年。長嶋はご存じのように病に倒れ、王はソフトバンクで「元気でいるかぎり監督を」と孫正義に要請されるぐらいの名監督に。原はナベツネによって理不尽に解雇され、最低監督だった堀内を経由して復活。で、先日のクライマックスシリーズではまたしても甘いところを見せたと(^o^)。ローズは隠居したと思ったら復活してバカスカ打ちまくり、大久保はなんと西武のコーチに就任。
 6年前との最大の違いは、しかしこんな野球ネタにみんな興味がなくなりつつあることだ。日本プロ野球よ、どこへ行く……

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天覧試合なんか知らない~長嶋茂雄のこと~PARTⅠ

2007-10-26 | スポーツ

Sigeo 今回は2001年9月29日の、長嶋辞任電撃発表のときのことを。

 もうずいぶん前になる。酒田の焼鳥屋で、友人と酒を飲んでいた。お互いに巨人ファンであることもあって、ペナントレースの話題で大盛り上がり。巨人ファンの悪い癖は、世の中全てが巨人バンザイという発言を許すのではないかと油断しているところ。カウンターの少し離れた所で独り呑んでいた柄の悪そうな中年がからんできた。

「お前ら、巨人ファンか。」
「……はい。」
しまったなあ。
どこがいいんだあんなチーム。」
「……。」やばい。かなりのアンチ巨人だよ。
「何で好きになったんだ?」
「んー、やっぱり子どもの頃に長嶋が……」
「ナガシマぁ?……長嶋か。それなら、まあ……わかる。……呑め。」わざわざ寄ってきてビールを注いでくれた。

 長嶋の現役時代を憶えているのは、もう30代も後半の連中が下限だろう。とにかくめちゃくちゃに華やかな男で、メディアも煽りまくっていた。そのことが刷り込まれていたせいか、王のホームラン記録云々には醒めた気持ちしか持てなかった。当時から、記録よりも記憶、と思っていたのであろう。そんなしゃれた言葉など思いもつかない頃だったわけだが。

Shigeo2  ジャイアンツが東京のチームのくせに地方にファンが多いのは、「踊る大捜査線」の号でも説明したように、ネット局が少なく、特に山形は読売傘下日テレ系山形放送しかネットしていなかったせい。要するに、テレビに映る野球とはすなわち巨人戦。これでは、好きになるか、アンチになるかの選択肢しか地方の子どもにはなかったわけだ。中継は7時30分から8時55分まで。延長なし。その後の展開は10時55分のわずか5分間のスポーツニュースまで待たなくてはならなかった時代。他のチーム、特にパ・リーグのチームにとっては我慢ならないはずのそんな状態を打破したのがフジ「プロ野球ニュース」だったのだが、まあそれは別の話。

 74年10月の引退試合のことは、実は後楽園の映像よりももっと印象深いことで覚えている。当時中学生だった私は、当然のように深夜放送に没頭していたのだが、その夜のDJ(パーソナリティ、なんて呼び方はもちろん存在しない)は吉田拓郎。テレビ出演拒否を貫いていた彼が「いやー今日はさすがにテレビで長嶋の引退試合見てたけど、たまにはテレビもいいのやるなーと思いましたね。」とコメントしていた。そのとおり、テレビ史上に残る、名シーンではあった。

 監督としての長嶋のことは、采配のことだけを考えればおそらく二流、の烙印は逃れ得まい。確かに頷けない采配は多かった。今季も、清原へのバント指示とか、何故か干し続ける清水とか、いろいろやってくれていた。

 だが、初年度に、打たれても打たれても打たれても打たれても打たれても打たれても新浦を使い続け、結局はエースに育て上げたことを見ても、単に無能な監督、と片づけられてはちょっと困る。技量としては藤田の方が上だとしても、選手を育てた点ではかなり評価されていいと思う。悪しき純血主義にとらわれていた球団に、非常時(自分の引退)を理由に日本プロ野球助っ人史上もっとも華麗な守備を見せたデイブ・ジョンソンを入団させたり、西本や新浦ら朝鮮系の選手をうまく使いこなした国際派(笑)ぶりだってたいしたものだ。どうやら野球通に評価の高いらしい野村やら森の今季の采配の混迷を見るがいい。監督にとって陽気さも必要条件であることがよくわかる。
 
Oyabun  現役時代や二度にわたる長期政権の間、長嶋はある意味読売の事情に振り回されてきたように思える。正力親子や(松太郎って長嶋が入団したとき生きてたっけ?)、販売の神様務台、そして現在のナベツネ、氏家に至るまで、ある者は応援し、ある者は川上を通じて敬遠しにかかった。しかし結局、長嶋人気に彼らが翻弄される結果に終わっているのは痛快ではある。今回の勇退でも、読売グループは必死で“ごくろうさま”ムードを盛り上げようと必死のようだが、前回(解任)程ではないにしろ、やはりダメージは避けられないだろう。

 長嶋が巨人入りするにあたっては、南海をふったために先輩である大沢親分をかなり怒らせたことが伝えられているので、サンデーモーニングではディープな舞台裏が話してもらえるかもしれない。それとも長嶋礼讃ムードに蹴散らされてしまうだろうか。一人ぐらいこんな時だからこそ喝!を入れてくれてもいいのだが。裏番組の徳光は徹底して神格化にかかるだろうからなおさら。

 ただ、正直に言えば今回の勇退で私はホッとしている。長嶋を愛するが故に、傷がつかず、ファンからの怨嗟の声の中で消えてゆく事態にならなかったことと、〈誰よりも監督がスター〉である球界はやはりどこか歪んでいると思うのだ。ナベツネの言うとおり永久政権などということになっていたら、長嶋の名は汚れ、誰も知りたくもない長女ネタ(精神を病んでいるらしい)とかがマスコミを騒がせたりしていたかもしれない。

一輪ぐらい、美しいままで消えてゆくひまわりがあってもいいではないか。             

ああ言いたいことはもっとたーくさんある。とりあえず、今回はここまで。次回は【視聴率を気にしてくれる監督】としての評価を。明日はドーム最終戦か……。

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