二日連続の国際イベント開催は、みんながみんな“異常”事態だった。
カオスにもほどがある状態からようやく解放され、撤収の荷物を積んでオフィスに向かってひた走るタクシーの車内には、同僚3人と、ヒイラギ。
1人が、腑に落ちないという様子で話し始めた。
連続9日間も早朝から深夜までの勤務になっている同僚たち。見るに見かねて、明日にも非常勤の二人はお休みを取らせてもらえるように、と総務の人にお願いをした。それがイベント司令塔(故障中)の逆ギレ男の耳にどこからか入り、予想どおり逆ギレされた、と。
それも、逆ギレの矛先は、直接ではなく、非常勤さんに向けられた。どうして(休みたいなら休みたいと)自分に言わないで他の人に言うのか、とえらい剣幕でプライベートのケイタイに電話をかけてきて、同僚が電話を代わると、「このイベントの間の出来事の中で最も腹立たしい」とまくしたて、最後にこう言った、と。
「こういう仕事のやり方は、プロとしての意識に欠ける」
しかしこの逆ギレ本人、
週明けに迫るイベント陣頭指揮をほっぽりだして、金曜に休みを取り、
マイレージを使って週末旅行にでかけ、
はしゃぎすぎてギックリ腰で救急車に乗り、
使い物にならない状態で帰ってきたうえに、
二日間のイベント本番のうち半日は病院に行って不在、
などという、社会人として考えられない非常識の極みをやってのけた。
その男の言い分が、
「こういう仕事のやり方は、プロとしての意識に欠ける」
二日間立ちんぼで東奔西走してくれたもう一人の非常勤さん。いったん座るときっと立てなくなるから、と、最後まで黙々と役目を果たし続けた。
周りから「明日はお休みできるんでしょ」と労わられた彼は、遠慮がちに、そして背筋を伸ばして、こう言った。
「じゃあ、これから職場に戻ってメールをチェックして、次の会議までの仕事の状況を見て、もし大丈夫でしたら、明日の午前中だけはお休みさせてもらうかも知れません」
素晴らしいプロ意識ですね、というヒイラギに、車中の同僚はみな大きくうなずき、非常勤さんは少しはにかんだ。
皆さんと別れ、遅い夕食をとりに行きつけのレストランに立ち寄った。
いかにも入りたての、初々しいウェイターさんが注文をききに来た。
パスタと、サラダと、グリーンピースのスープのセットを、と頼むと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「本日はセットのスープがミネストローネしかないのですが」
セットじゃなくて、グリーンピースのポタージュだけならありますか、とためしに訊いてみれば、それもないらしい。残念。
それじゃ、ソフトドリンクでいいです、とオーダーした。
しばらくして、息をはずませてウェイターさん再び登場。
「お客さまっ、単品でよろしければ、1つだけならグリーンピースのスープをお作りできるそうなのですが」
ダメモトで、厨房に訊いてくれたようだ。たくさんの客の中の一人のささやかな希望。かなえてあげられないかとトライしてくれたまっすぐな真心が、なんだかとても嬉しかった。
それじゃ、単品でぜひ、お願いします、ありがとう、と追加注文をした。
運ばれてきたグリーンピースのスープは、とても美味しかった。プロの味がした。