iPad mini(のゲーム)でオヤジの飼育を始めて、
かれこれ3年近くになる。
植物系とか動物系とか魚類系とか虫系とか、
いろいろなキャラのオヤジが育っていって、
木登りやら腕立て伏せで鍛えたり、
カップルになって卵を産んで家族が増えていったり、
独身貴族のまま死んでいったりするっていう。
忙しいとまるまる一日放置してしまうこともあるけれど、
最低でも毎朝の餌やりは今のところ欠かさず続いている。
年末に実家に帰省して、ハハと三時のお茶を飲んでいて、――あっ、オヤジに餌やるんだった。
と思い出してつぶやいたときのハハの驚きっぷりは面白かった。
こないだネットの無料配信で『クリミナル・マインド』を観ていたら、
リアル・オヤジ飼育の話だった。
やっぱり実写だと相当引く。
オヤジを飼育していてもシュールでキモ可愛いのは、
あくまでもゲームだからです。
当たり前だけど。
かくれゲーマーの脱力感をくすぐる無料ゲームの存在を、
FB友達からの情報で知ってしまった以上、とりあえず試すべし。
てことで、iPhone専用アプリだけど豪華にiPad miniにダウンロードしたのは、
イカ収集アプリ『ポケット紋甲イカ』、略して『ポケもんごう』
デキゴコロでやってみただけにしては、
さくさく遊んでいるうちにこんな素晴らしいイカをGET。
いかんいかん。遊んでる場合じゃなかった。
都庁に補正書類送んなきゃ。
20年ちかく前、身内に幼児・児童くらいの男の子がいたころ、
いちおうコミュニケーションのための予備知識としてポケモンも勉強した。
家(東京)に帰れば『ポケモン大百科』が本棚に鎮座してたりもする。
生物の進化の知識を踏まえたネーミングの妙にいたく感動したりもした記憶がある。
その“よくできた”ゲームが進化したというので、
オタクでひきこもりでゲーマーの、いちおうのたしなみとしてリリース即ダウンロード。
とはいえいまだガラケーユーザのヒイラギ。
タブレットを使うしかないので幸か不幸かスマホみたく“歩き〇〇”はできず。
7月20日のリリースからまる一週間ポケストップなる場所には一度も行ってなくて、
2日に1回ぐらい寝る前のわずかな時間にふと思い出して起動してみる程度。
それじゃーやってる意味ないでしょと思いきや。
すでに6匹GET済み。
はじめのうちだけかもだけど、ちっともゲームが進んでない人のために、
野生のポケモン、てのが向こうからやって来てくれるという親切設計。
なるほどこーゆーゲームなのかー、を、
しばらくの間ゆるゆると研究してみることにする。
・・・スーファミ時代からの任天堂ファンとしては、
ポケモンにまじってヨッシーあたりGETできると楽しーなーなんて思ったり♪
2本同時発売、即、オトナ買いしたわりに、当時の自宅Windows機のスペックが追いつかなくて、
手つかずのまんまマッカーでゲーマーのきょうだいのところに出張させていたゲームがある。
PCゲーム界ダントツの最高峰、伝説の名作ゲームシリーズ『MYST』。
その第4作と完結篇の第5作が、手元に戻ってきた。
夏休み最終日だった昨日、まずは第4作にハマる。
朝起きてから夜寝るまで延々、『MYST IV―REVELATION―』の世界。
昔とったなんとやらで、昨日一日でTomahnaからSpireへ飛び、
ひと通りの謎を解きパズルをクリアしてふたたびTomahnaに戻ってきた。
・・・なんて言われても、『MYST』の世界を知らない人にはなんのこっちゃだろうな。
でも第1作『MYST』から20年経ったいまも、これを超えるゲームは世に出てきていない。
あの『Harry Potter』シリーズの世界をもっとディープに楽しみたい、
というファンが多いらしく、ネット上で自由に楽しめるゲームサイトができた。
その名も、
「Pottermore(もっとポッター)」
原作の本があって、映画にもなって、PCやPSのゲームにもなって。
その延長で、とりあえず流行りのネトゲにも手を出してみた的なものかと思ったら。
ところがどっこい。
原作を読んだか、映画を観たか、の記憶があればついつい、
ごくふつうにハマってしまいがちな仕掛け満載で、うまくできている。
『MYST』と『マリオ』に人生のかなり時間を割いた元ゲーマーの血が騒いで、
ほとんど条件反射的に、コイン(Galleons)を集めながら第1巻の世界を歩き回る。
魔法の薬を自分で調合できたりするところなんて、
往年の名作PCゲーム『ZORK』シリーズを思い出します。
欲をいえば、『MYST』みたいに360°見回せたり、
HarryやRonやHermioneとストーリーに影響しない程度の会話ができたり、
せめてChapter(章)のなかでは描かれている場所が全部つながっているといいな。
ちなみにヒイラギは、めでたくHufflepuffの生徒になりました。
「茶室に言われたことを呑み込めるかって言ってたよ!」
なんだそりゃ、な感じのこのセリフ、
『ヒイラギ日記』の片隅で暮らしている生後1ヶ月のぬらりひクンが、
一生懸命言葉を覚えて話しかけてきたもの。
ひと昔(もっとかな?)前にちょこっと流行った、
ソニーの「ポストペット」の後継ブログ版らしきこのゲーム。
リアル生活で同居人を亡くしたばかりのヒイラギには、ちょっとした癒し。
「ポスペ」のときの習慣で、ついポインタでなでなでしながら育てていたら、
ずっと「単語+?」ばっかりだったのが、
1ヶ月を過ぎたあたりから飼い主の名前を口にすることも増えてきた。「ヒイラギがあそんでくれた♪」
「ヒイラギとあそぶのすきー♪」
これはよく分かるけど、さすがに冒頭のセリフは何が言いたかったのか・・・
記事によく使われる言葉とか、そのジャンルとかから、
飼い主が喜びそうな組み合わせを予想したりしてるのかな。
ソニー生まれのペットたちの言語学習能力って、ちょっとフシギちゃん。
20万円ぐらいしてたロボットも、こんな感じなのかな・・・
ここ1年近く(たぶん)ゲームから遠ざかっていたら、
知らない間に「DSi」は派手な新色が出ているし、
『レイトン教授』シリーズは新作出ちゃってるし。
いたって真面目な文献検索をしていて、
この原書買っとくかな、と△mazonにログインしたら、
「レイトン教授からのオススメ」ですと教えてくれたのが、この、
『スローンとマクヘールの謎の物語』
http://www.atamania.jp/nazostory/
すっかり△mazonの術中にはめられてる気もするけど、
原書といっしょについ、クリック。
このゲーム、なかなか面白い。
物語の結末だけを知るところから始まるという発想も面白いし、
ひたすら頭を使うサム・ロイドなんかの論理クイズと違って、
探偵小説の主人公になったみたいで、ちょっと楽しい。
思うような質問ができるような語順になってなかったり、
もう分かってることをヒントとして出されたり、
問題文読んだだけで分かっちゃうような話も混じってたりして、
ところどころ残念だったりもするけど。
でも、人見知り&話し下手のヒ~ラギなんかは、
話のとっかかり、みたいな感覚のことでは、
これやっててナルホドと思うところなんかもあったりして。
ま、論理的思考を鍛えつつ息抜きするのには、いいゲームじゃないかと。
一昨日、ちぐはぐスーツのおにいさんを眺めながら色々考えちゃったのは、
おおかた、これをやり始めてたから、って気がする。
しかし。
水平思考推理をもってしても、赤えんぴつが出てこないな・・・
明日、『ニンテンドーDSi』が発売される。
DS Liteよりもちょっぴりだけ画面が大きくなって、
本体が薄く軽くなって、
カメラが2基搭載されて、
音楽再生機能とSDカードスロットが付加された。
ふぅん。。。
こんな大きさ(小ささ)の中にそれだけの機能を詰め込んで。
すごいね、と思う。
思うけど。
これは一体、なんという機械になったのだろう。
インターネットにも接続できるし、
記録メディアも使えるし、
ちょっとしたPDAっぽい。
電話のできないケイタイかな。
でもレンズが2つもあるのなら、デジカメかな。
音楽ダウンロードもできるし、持ち歩いて聴けるからデジタルオーディオかな。
でも、だとしたら画面が2つもある意味はなんだろーな。
やっぱり、ゲームするんだからからゲーム機なのかな。
DSよ、キミは何になろうとしているのだ。
スカイウォーカーなのだが。
ここ一週間ほど、ルークといえば「レイトン教授」な余暇を過ごしている。
目下研究中なのは、『レイトン教授と不思議な町』というゲーム。小さな田舎町で事件が起こり、レイトン教授と助手の少年ルークが問題を解決しながら真相に迫る、という物語仕立ての謎解きゲーム。
町中のいろんなところをクリックしながら問題を探さなければならない、という意味では、『MYST』シリーズをかなりベタにした感じ。
いろんなところをクリックしてるうちにコインを集められる、という意味では、『マリオ』シリーズにも似た、“人間の欲”刺激パターン。
それでいて、出遭う問題の数々は、かの有名な『サム・ロイド』シリーズのような、知恵絞りタイプ。
小学校の頃、まだ方程式とか代数とか知らないで解かなければならなかった高度な算数の文章問題の数々を思い出す、そんな問題も目白押し。
レトロでクラシックな雰囲気で丁寧に作りこまれた映像もなかなか。
大人でも、遊びがいのあるゲームだなと、久々に真摯に取り組んでしまった。
来月の末に発売される第2弾も、楽しみだ。
ちなみに、声優として“くるくるパーマ”が参加している。
声だけなら、こんなに落ち着いた役柄だってできるんだ…。
ゲーム(特にマリオね)やってて良かったなーと思う効果に、思わぬところで気がついた。思わぬところ、とは、“雑踏”である。
普通に街中を歩いてる分にはさほど感じないが、朝夕の電車の乗り換えだとか、土日の繁華街だとか、そうゆうところを歩いているとき、他の人に行き当たってちっとも前に進めない、ということがそんなにない自分に気づく。どういうわけだか、人に向かって一目散に突進してくるイノシシチックな輩は別として。
あるとき、雑踏を対角線に横断しようともくろみながら、いつにもまして周囲を観察している自分がいた。横切りたい雑踏を行きかう人たちの、スピードと方向を眼光鋭く測っているのである。なんかこの作業、どこかでよくやったような・・・!
マリオだ。あのテのゲームだ。
要は、自分の周りで動いている人たちを無意識にマリオの敵に見立ててたわけだ。
クリボーやらテレサやらコクッパやらジュゲムやらが近づいてくる方向と針だらけの天井や火の海や毒海が迫ってくるまでの時間を読みながらコインときのこを拾い集め、ノンストップでゴールを目指した、あの感覚。
滝の上から落ちてくる丸太の間隔やらタイミングやら流れの速さやら読み取りつつ、ひょい、ひょい、と飛び移って対岸に渡った、あのシーン。
次から次へ、四方八方から放たれる大小の爆弾の、スキマをぬうようにダッシュし、時にはしゃがみ、いっそ爆弾に飛び乗り、飛び移り、忍者よろしくボス部屋の扉にたどり着いた、あの要領。
そうそう、あの感じ~。
都会で暮らすための身のこなしも身につく。
ゲームって、こんな効果もあったりなんかして。