「ササの葉で紙をつくりたい」。そんな依頼を受け,見本紙をつくってみること。
ササやタケの葉を透かしてみると,平行脈がたくさん走っています。この葉脈に沿って縦向きに裂くと,きれいに分割できます。横向きに葉を千切ると,適当にでこぼこを残して断裂します。くしゃくしゃと葉を揉むと,柔らかい感触はするものの,しなやかな感じはしません。「こんなものが紙になるのか」と疑いたくなるはず。
しかし,確かに植物繊維があることがわかります。繊維があればそれを取り出せばいいのです。取り出せば,紙をつくるのは容易です。
さっそく,これを煮ることにします。アルカリ剤は炭酸水素ナトリウムです。弱アルカリなので,煮熟時間がかかります。最低3時間程度は煮る必要があります。煮え具合を見ながら,ときどきアルカリ剤を追加投入します。
煮始めて1時間。パサパサ感のあった葉が,意外にもしなやか感を帯びてきています。煮熟後,指先で確かめると,ずいぶん柔らかくなっているのがわかります。5時間も煮るともうすっかり,採れたてのワカメといった雰囲気です。それを水洗いします。
団子状にして撮ったのが下写真。
手作業で葉から繊維を取り出します。わたしは,石臼と杵を使いました。そのあと,きれいに水洗いをします。濃い緑色の廃液が流れ出ます。取り出せた繊維は褐色。
これで,ササの葉紙を漉く工程を迎えました。そして基本の工程に沿って紙を漉き,乾燥させました。しかし,ここで難題が出てきました。できたと思ったところが,ステンレス網から紙が剥がれないのです。紙繊維と網とが,完全に結合していることがわかりました。結局,やり直しです。
今度は,繊維を全部ミキサーで細かくしてから,同じようにステンレス網で漉くことにしました。これもまったく同じ結果に終わりました。
タケの茎繊維ではまったく生じない事態が,葉の繊維で生じ,他の植物でまったく起こりえない事態がこうして起こるのはふしぎです。初めての経験です。残された方法は,手で圧を加え水切りをしてから乾燥板に貼るという手,ステンレス網に分離用のネット(ソフトチュール)をのせてから漉き水切りは自然任せという手,乾燥は思い切ってアイロンを使用するという手しか思いつきませんでした。わたしは,近頃はステンレス網で紙を漉くことにしているので,ネットを用いることにしました。
なお,繊維を取り出す段階で一点ふしぎな事実に出合いました。そのことについて付記しておきます。
分離用ネットを使用する最終段階のとき,さらに繊維を加えて大きめの紙をつくろうと思いました。それで,一回目に葉を採集したのとは別の場所で葉を採集しました。それに重曹を加えて煮たのです。重曹の種類も異なっていました。前回は薬品(商品名『重ソウ』),今回は台所用として市販されているビニル容器入り粉末。煮終わったあとミキサーにかけると,今度は元のササの葉に近い色を呈していたのです。前は褐色,今度は薄緑。この謎は解けそうにありません。なんらかの相性に原因がありそうです。
2つの繊維を混合。
こうして仕上がったのが下写真のササの葉紙です。おもしろいことに緑色の雰囲気はまったく感じられません。紙質はソフトで,手触りでひっぱりには極端に弱い印象がします。茎の繊維とずいぶん違っています。
これまで限りなく壁にぶつかって,なんとか乗り越えながら,紙漉き法のノウハウを蓄えてこられた気持ちがしています。今回の壁もまた,わたしにとっては挑戦状を突き付けられた感じがしました。今,ホッとしています。