らんかみち

童話から老話まで

映画を観てハンサムスーツを買いに行ったら

2010年02月18日 | 童話
   人物
 田島 波瑠(51)プータロー
 下村 愛子(28)洋服店員
 
○洋服チェーン店
   バイクを店先に停め、ヘルメットを脱いで髪の毛をかきむしる田島波瑠。
   自動ドアが開き、タイトスカートの黒いスーツを着た下村愛子が、客に従って店から出てくる。
愛子「ありがとうございました。またのご来店をお待ちいたしております」
   斜め60度のお辞儀で見送ってから田島に向いて微笑み、
愛子「いらっしゃいませ、お持ちいたしておりました」
田島「お、オレを?」
   人差し指を自分に向けながらバイクを降りる。
愛子「本日はどのような品をお探しでしょうか?」
   田島を店内に招く笑顔から、並びの良い白い歯が輝く。
田島「えへへへぇ、ハンサムスーツなど一着、なぁ~んちゃって」
愛子「かしこまりました、こちらへどうぞ」
田島「えっ、本当にあるんかい!」
愛子「こちらがハンサムスーツになります」
   ずらりと並ぶスーツの前で立ち止まり、田島に向き直りつつ手を翻す。
田島「こ、こんな細身のスーツ……」
   自分のお腹と59800円の値札を交互に見ながら、ため息をつく。
愛子「先日『ハンサムスーツ』がテレビで放送されてから、
 『ハンサムスーツが欲しい』とご来店されたのは、お客様で10人目です」
田島「ははぁ~、映画に影響されたメタボのバカはお前だけじゃないから、安心しろって?」
愛子「ッホホホホ、愉快なお客様ですこと」
   作り笑顔も愛くるしく、田島に媚びる。
田島「えっと、ジーパンとかは、あるのかなぁ」
愛子「ご、ございますがぁ……」
   表情を失った愛子が先導し、10着ほど吊されたジーンズの前で立ち止まる二人。
田島「たったこれだけ?」
愛子「申し訳ございません」
   一旦はウェスト79cmのジーンズを手にしながら、76cmに持ち替える田島。
愛子「ご試着ですね?」
   試着室に案内してカーテンを閉める愛子。
   田島がジーンズを履くのに悪戦苦闘していると、
愛子「あのぅ、79cmをお持ちしましたが……」
   試着室のカーテン越しに愛子の声が聞える。
田島「す、すんまへん」
   カーテンを半分開いた田島に、微笑みながらジーンズを手渡す愛子。
   79cmを履き終え、カーテンを全開して愛子に正対する。
愛子「これぐらいで、いかがでしょう」
   両腕を田島の右足に回し、たわわな胸を絡めるように、
   かかとの折り返しにクリップを止めながらたずねる愛子。
田島「気持ちいいで……ちょ、ちょうどいいですぅ」
   カーテンを閉め、フーっと大きく息を吐いてからズボンを履き替え、
   試着室から出て二着のジーンズを愛子に渡す。
愛子「裾上げが混み合っておりまして、30分少々お時間を頂けますでしょうか」
   先に支払いを済ませるよう促す愛子。
   支払いを金券とポイントで済ませ、店を出て飯屋を探し歩く田島。
   
   
○めし屋 (店内)
   カウンターに座っている田島に、牛丼セットが運ばれてくる。
田島「せやけどあの店員、えぇ女やったのぅ」
   宙を泳ぐような目でニヤニヤ笑いながら、備え付けの薬味のビンに手を伸ばし、
   ハッと息を飲み顔を上げる。
   視線の先には食事を済ませた愛子がおり、田島を見て微笑んでいる。
   半開きの口で愛子を見つめながら、ビンを握った手を振り始める田島。
   そこへタクシー会社の制服を着た青年が手を拭き拭きトイレから出てきて、
   「お待たせ~」と愛子に声をかける。
   立ち上がって口元を手で押さえ、笑顔で田島に会釈して青年と腕を組んで店を出る愛子。
田島「チッ、男がおるんかい……おっと、かけ過ぎたか?」
   舌打ちし、振り続けていた手を止めて丼に目を移す。
   丼には、盛られた牛肉を覆い隠すほどの、つま楊枝の山ができている。
田島「え? なに、はぁ、ぇえーっ!」
   握っていたビンに目を移すと、つま楊枝が一本出かかって止まっている。
   丼とビンを交互に見る田島。
   居合わせた客たちが田島に気付き、くすくす笑いが広がる。
   ビンに引っかかっていた最後のつま楊枝が、ポトリと丼の上に落ちる。
   
                  (了)
             
 童話講座のお師匠さまが、「地の文や台詞で状況を説明するのではなく、場面が見えるように書きましょう」と宣うのですが、これがなかなか難しい話でして、シナリオ公募など念頭に無いのですが、練習のために書いてみたわけです。
 
 ここで問題なのは「作り笑顔も愛くるしく、田島に媚びる」という部分です。シナリオを読む人には意味があっても、ト書きとしては何の機能もしていないんですね。
 つまり役者が演じるにあたって、愛子に一目惚れした田島ならここでどんな仕草をするのか、たとえば「田島の頬が赤く染まる」といったことを伝える必要があります。もしアニメだったら「田島の目がピンク色のハートに変わる」みたいな表現でしょうか。
 いずれにしても「田島は愛子に一目惚れした」という言葉を使ってしまったら、その瞬間から地の文が魅力を失うってことでしょうね、あぁ難しや。
 
 なお念のために、この物語はフィクションであり、実在する組織、商品名、人物、エピソードなどとは一切関わりがございません。(決して決して、本当に本当に)
 いや昨日、金も払わずに青山さんで時価5380円(内、裾上げ料400円)のジーパンをゲットしたんは、事実でっけどぉ……。