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in Switzerland  酪農場の国にて

ただいま、復興支援中。
このブログは著者の恩師・知人・家族への近況報告です。

Flower Carnival

2012年07月28日 | Haiti
毎度のことながら、突然の国家行事(今回は、国民の休日)の通知。7月29日(日)から31日(火)まで、19年振りにフラワーカーニバルが復活することとなった。大統領がテレビで開催を宣言していた(写真)。

うちの機関は休みにはならないが、スタッフは当然のごとく浮き足立ち、役所や企業が休むのでほとんど仕事にならない。商売をしている大家が、政府が半強制的にフラワー・カーニバルへの寄付を募っていて、参加しないと嫌がらせをされると怒っていた。資金がどこからくるのかと思っていたが、そういうことか。

独立記念日(米国)の夜

2012年07月04日 | Haiti
米国が独立記念日の今日は、アメリカから仕事関係のメールは一切なく(友人らからは挨拶メールが届いた)、気のせいかハイチ事務所も静かで仕事がはかどった。まとまった作業を片付けておきたかったので夜遅くなって、ぼちぼち帰った方がいいかなあと思っていると、「パン、パン、パン」っと銃声が外で響く。あー、やばいなぁ、今日は動かず事務所に泊まった方がいいかなと思いつつ、Security Officerに連絡を取りかけたのだが、もう少し様子を把握してからと、おそるおそる外を見てみると、

しょぼい連発打ち上げ花火だった。

近所の医療関係NGOの敷地辺りから上がっているので、アメリカ人達が自国を思い、騒いでいるのだろう。電気のない一帯を明るく照らしていた。一安心した。

事務局長来訪

2012年06月24日 | Haiti
昨日から、うちの社長が本部Genevaから(ブラジルとアメリカでの会議の合間に)、約48時間の滞在でハイチにやって来た。

もちろん自分がコンゴ出張中から、準備は始まっていたのだけれど、自分は数日前にプレゼンをちょちょっと直した程度。まあ、もう何十回もいろんな人に話している内容やし。

今日は日曜日なので、政府要人と会う代わりに、現場視察の日。朝8時過ぎのプレゼンから、現場2箇所を担当する。90年代に米国大使としてハイチに数年赴任されておられるので、ハイチの政情はうちのどの外国人スタッフよりも詳しい。

建てた仮設住宅の中で、被災者の方にもお会いしていただき、2年前の自分がプレゼンした計画がその通り実行できたことを証明できて、とても嬉しく思った。彼は、計画以上の出来と、喜んでいただいた。同僚やうちのスタッフに感謝する。

Time to move

2012年05月18日 | Haiti
プロジェクトの最終報告書を提出した翌日の今日、今から数週間の予定で出張へ。修繕がぼちぼち進んでいるターミナル(写真)は思いのほか快適で、以前まで暑すぎてかいていたほんとの汗も、きちんと並ばない群集を前に搭乗時間に間に合うか心配でかいていた冷や汗もかくことなく、搭乗口に到着した。

地元ネタ

2012年05月10日 | Haiti
スリランカで、阪急千里線沿いに実家のある日本人と遭遇した時も驚いたが、今日はハイチで、コロンボの同じ通りに住んでいたスリランカ人と遭遇した。

仕事帰りにシンハラ語の入った会社のシャツを着たまま、最近UNの敷地内にできたジムで汗を流していると声をかけられた。話していくうちに、かなりご近所同士だったらしいことがわかった。あの角にある寺が派手すぎる、あそこのカレー屋が旨いなど、地元ネタ満載の会話をしているうちに、当時のことがとても懐かしくなった。

8年目

2012年04月12日 | Haiti
早いものでこの業界に入って丸7年が過ぎた。

日本から離れて生活して、何が懐かしいかと聞かれると、いろいろあるのだが、(ここで書ける範囲で)一番懐かしいのは、音楽のあった生活だろう。

学生時代からずっとオケ(オーケストラ)をやっていて、卒業しても市民オケに所属していた。職種や年齢の垣根を越えたメンバーで練習していた時間が懐かしい。毎週日曜日夕方6時から9時の練習、なんとなく義務で通っていた気持ちもあったけれど、あんなに平和で満たされていた時間はもうやってこない。そんなことは、いつも過ぎてから気づくものだろうか。

最近、ヴォーン・ウィリアムズの5番のCDが古荷物の中から出てきて、思わず聴きまわす。情景的な(と思う)曲調に、練習していた当時をはっきり思い出すと同時に、自分の今置かれている状況を当時を比較せざる得ない。失うことと得られたこと、そういうことか。


写真はKinam hotel。Victorian(ビクトリア朝)Gingerbreadという様式らしい。ハイチの震災前はこういった植民地時代の名残の建物が多く残っていたという。