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in Switzerland  酪農場の国にて

ただいま、復興支援中。
このブログは著者の恩師・知人・家族への近況報告です。

ハイチのマザー・テレサ(2)

2012年10月05日 | Haiti
レオガンのシスターSさんを再訪した。前回、修繕中だったハンセン氏病棟が完成していて、気持ちいい空間となっていた。写真は、平屋だけど高さを設けた中央渡り廊下で、通気や自然採光のことがよく考えてある。前回は足場やシートがかぶせてあったりして気がつかなかったけれど。1980年代のハイチ人建築家設計とのこと。

そして、彼女が支援しているNGOが建設予定の農業学校敷地を訪れる。震災後100を超える世帯が避難していた土地は、26世帯まで減っている。他の場所に別のNGOから仮設住宅を支給された家族もいるが、最後まで居座り続けてお金をせびろうと考えているらしい。土地の権利を農業大臣から正式に頂いたのであれば、法的処置に訴えた方がよいと提案させて頂く。NGO代表の話では、まず敷地内を囲う塀を完成させて、徐々にプレッシャーをかけていくらしい。それも一つの方法だが、それでは着工が来年以降になってしまうだろう。うちの現場事務所スタッフに、定期的に状況を見て、居残り世帯を移動させるにあたって、うちができることで支援させて頂く。

30度を超える暑さ(毎日のことだが)にもかかわらず、現地を案内して下さったエネルギーには本当に頭が下がる。その素晴らしいオーラに触れて元気になって病院を後にした。


『ハイチでの仕事はただ忍耐の一語』
前々からお誘いを受けていたレオガンにある国立結核療養所に、シスターSさんを同僚友人らと訪ねていった。軽い気持ちで遊びに行ったつもりだったが、修繕中のハンセン氏病棟、仮設の結核病棟、...


2年ぶり

2012年09月21日 | Haiti
2010年7月にハイチに出張で来ていたモロッコ人Sと2年ぶりに会う。今回は短期出張で来ていたので、忙しい合間をぬって夕食を共にする。

当時は、所属機関は違うけれど、通勤UNバスが一緒だったので、何回顔をあわせるたびに知り合いになった。仕事上の付き合いがないので、何でも話やすい。

2年ぶりのハイチの感想を聞いてみると、
1.ハイチ人スタッフの士気があがった。(2年前は仕事どころではない雰囲気が漂っていたらしい)。
2.街の復興が全く進んでいないのが、とても残念。
3.自分(gitan)のフランス語が全く上達していないのが、さらに残念。

と、オチまで頂いた。明日からNY本部で勤務した後、モロッコの事務所に戻るらしい。いい刺激をもらった。

マイナスの伝染

2012年09月20日 | Haiti
予算が残り厳しくなり、ますますスタッフの雇用契約を延長できなくなった。毎月スタッフの数がどんどん減っていくのだけど、仕事の量はそんなに減らないので、残ったスタッフの負担が増す。契約更新されなかったスタッフは収入がなくなるので、契約延長されたスタッフは仕事があるだけでも有難いはずなんやけど、仕事量が増すことは素直に喜べない、その気持ちも十分分かる。

結果として、事務所内も変にピリピリしだす。自分も我慢できなくなって、ちょっとしたきっかけで怒るのだが、後で怒られたスタッフが他のジュニア・スタッフに怒っているのを見て、あー、ちょっと雰囲気を変えていかなあかんなと一瞬思う。しかし、現地通貨グードと米ドルを何度も間違えたまま見積を持ってくる奴には(値段に42倍の違いが出る)、鉄拳を食らわせたろかとも思ってしまう。

こうした状況は悪循環に陥った零細企業のようで、どうにか大口顧客がつかないものか日々考えあぐねている。

リゾート・ホテル

2012年09月16日 | Haiti
仕事が一段落したので、海沿いのリゾート・ホテルへ遊びに行った。道も整備されていて、家から1時間半ほどで到着。のんびりした。お金を出せば別世界にアクセスできることを実感。

駐リビア米国大使殺害

2012年09月15日 | Haiti
先日リビアで米国大使が殺害されたのは、とてもショックだった。限られた情報だけでは判断できないが、普段見ているSecurityがかなりしっかりした米国関係者の、それも大使が殺されるとは、相当周到な準備をして狙っていたのだと思う。

さしみ

2012年09月06日 | Haiti
Port au Princeのお寿司屋さんでの会食。要人が来られたので、お店の気合の入り方にびっくり(写真)。普段もこれくらいやってほしいが、その努力がわかる客はほとんど居ないから、仕方ないか。思わず皆で写真を撮った。

Permanent House (3)

2012年08月30日 | Haiti
普段は現場の違うスタッフを連れて、例のPermanent Houseの現場へ。

エンジニアには計画図面と施工図面と実際の収まりの違いを教え、
Community Mobilizer(地域調整員とでも訳せる?:被災者や住民、行政のコーディネート担当)には被災者への啓蒙や周辺からの評判を集め、改善点を考えさせた。

1年前はこんなにたくさん居たスタッフが今はこんだけ(写真)。転職したり、移住したり、商売を始めたりする者もいるが、契約更新が切れると同時に無職になるものも多い。ハイチでの失業率が50%を超えているのだから仕方ないといえばそうなのだけれど、これまで2年以上やってきて、「はい、さようなら」とは自分としてはどうしてもできない。

彼らの(そして家族の)生活を思うとなんとかして、ファンドを取りたいと、もう少しもがいてみることにする。

ハリケーンその後(2)

2012年08月29日 | Haiti
熱帯性暴風雨だったIsaacは、その後勢力を上げて米国に上陸と、メディアが一斉に騒ぎ出した。日本でも、ハイチ大統領の訪問延期になったことや、2005年のハリケーン・カトリーナに絡めて意外と報道されているみたいだ(安否確認してくださった方々どうもありがとうございます)。

うちのハイチ人スタッフが、自然災害や暴動が起こったときだけハイチがニュースに取り上げられるのはオカシイと憤っていたけれど、その通り。常時の平穏な生活や豊かな自然も報道してほしい。

さてハリケーンの話に戻って、被害は少なかったというものの、壊れたテントや被害にあった人々は多く、一時的にも避難した人は15,812人。キャンプで被害に合った人は、55,552人とハイチ政府が発表している。(その数自体にどれだけ信憑性があるのかは置いといて、)結構な数の人々が影響を受けたことは間違いなく、政府はここで一気に海外からの支援を受けようと強気の姿勢でいる。

うちの仮設住宅に目立った被害はないようで一安心。

エレベーター

2012年08月28日 | Haiti
途上国で顕著に元気なのが、携帯電話会社とビール会社。宣伝も社屋もすごいのが一般的。ハイチもそうで、写真はDigicelという携帯電話会社の社屋。震災前から建っており、震災により被害はほとんどなかったと言われている。玄関上のアトリウムのガラスにひびが入ったぐらいとか。

震災で壊れたPort au Prince市庁舎がこのビルに仮移転しており、今日は会議に呼ばれて訪問した。内部もいたって平凡なビルなのだが、困ったことは3基あるエレベーター。利用者の常識がないというか慣れていないというか、ボタンの押し方から、エレベーターの出入りから、皆我が物顔同然でマナーが皆無。ハイチ国内にエレベーターがあるビルは5棟もないからと、ぐっと我慢して利用する。階段を使用した方が明らかに早かった。

ハリケーンその後

2012年08月25日 | Haiti
ハリケーン(正確には熱帯性暴風雨どまり)の直撃はなかったものの、未明から翌朝にかけて雨がずっと降り続け、水に浸かった地域が出た。

家も停電し、愛用のラジオを聴いてすごす。大家に文句を言っていた発電機は直っておらず、蓄電池も調子悪いので、数日間は電気なしの生活か。ハリケーンの影響で昼間暑くないのは幸いだが、冷蔵庫のモノが腐っていったり、水洗トイレを毎回自分で流すのは、毎度のことながら気が重い。

調子の悪い友人の所に食料を持っていく途中の市内の町なみは、普段の何十倍も整然としていた(写真)。路駐も露天商も歩いている人々もほぼいないからだと気がついた。

今月27日から予定されていたハイチ大統領の公式来日はハリケーン対策で延期された。


ハリケーン対策

2012年08月23日 | Haiti
数日前からの気象情報により、熱帯低気圧(命名:アイサック)が勢力を上げながら、今夜から明日にかけてハリケーンとなってハイチに上陸するという。上記のような図を見せられたら、素人目にも大変そうだとわかる。

ハリケーンによって暴風雨がもたらされる訳だが、それによっていろんな物が飛んだり、土や崩れが起こったり、洪水が起こって、必ずといっていいほど死者が出る。自然災害といえなくもないのだが、金具止めの甘い屋根や広告が飛んできて重傷を負ったり、水かさが増えて側溝と道路の境界が分からない場所を走った車が転倒するのは、人災に近いといつも思う。

そして、いつもとばっちりを受けるのは、浸水の恐れのある地域に未だテント暮らしをしている人々。その理由はともかく、ハリケーン上陸前に学校などに避難を勧める(輸送車も用意されている)のだが、ハリケーンを過小評価していたり、通過後に元の場所に戻れない(かもしれない)ことを危惧して、居座る人々も多い。短期にしろ、計画性のあまり感じられない政府側にもその非はあるだろうが、人が亡くなってからでは遅い、という議論はあまり通用しなくて、結構簡単に人が死んでいる(ように思う)。もちろん、不健康状態、医療施設の不十分さとか、負の効力が重なって起こるのだけれど。

被害が大きくならないことを願うのみ。そして工期は当然のように遅れていく。

帰り道

2012年08月20日 | Dominican Republic
楽しい時間もあっという間にすぎて、帰り道。田舎だけれど、舗装された道をひたすら走る(写真)。ドミニカ共和国は、観光業に力を入れているだけあって、交通関係のインフラ整備は進んでいる。国際空港も3つ(4つ?)もあるし。

途中、首都のSanto Domingoのスーパーで日用品などの買い物する。車なのでカートに乗るだけ一挙に購入。Port au Princeで買うよりも半額ぐらい安い。購買層が多い+自国製品がメインだからだろうか。ハイチはドミニカ共和国と比べて、平均収入は低いのに生活費は高いという非常に恵まれない環境状況にある。その理由はいろいろあるのだけれど、一番の理由は政治が安定していないからと言われている。同じ島なのだから自然や地理的環境はほぼ同じだろうに、これだけ差がつくと見ている方も愕然としてしまう。

西へ東へ

2012年08月19日 | Dominican Republic
3連休の週末、航空チケットの取れなかった友人夫妻に言いくるめられて、隣国ドミニカ共和国へドライブ旅行。家でゆっくりするつもりだったのに、まあ仕方ない。といいつつも結構エンジョイした。

All-inclusiveというパッケージが売りの海沿いリゾートに泊まって、3食(+スナック)食べ放題、アルコール飲み放題、ショーやゲームなどのイベントも含まれて、一泊一人あたり80米ドルほど。快適すぎて、脳みそがふにゃふにゃになってしまいそうだった。

Permanent House (2)

2012年08月17日 | Haiti
Permanent Houseの進行状況。屋根をつけて(はって?)、塗装すればほぼ完成。写真の撮りようによっては、かっこよく見えるものだ。他の建築が構造的に怪しげなものが多いので、うちの住宅が際立って見える。目立てば目立てで、他の機関から金をかけすぎとか、行政から許可を取ったかとか、批判されるのはまあ仕方ないか。文書でやってきた意見のみ、文書で回答する。きりがないので。

Read All About It

2012年08月12日 | Mexico
オリンピック閉会式を滞在先のケーブルTVで観た。さすがUK、息つく暇もなく豪華歌手が出てくる出てくる。素晴らしい試合・競技を締めくくるにふさわしい式典だったと思う。

その中で自分が一番よかったと思うのは、Emeli Sandeのパフォーマンス。他が音楽をガンガンに聞かせながら歌うのに対し、ピアノ伴奏でしっとり歌いこめた"Read All About It (Part III)"は、最後まで印象に残った。あんだけざわついている中で自分で音程を取って、歌いだすのはかなりの技術と度胸がいる。歌詞もすごく共感できるものだった。