デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

デジャ ヴュ

2024-05-07 14:08:07 | 観覧雑記帳
ジャンル  映画
監督 ユリウシュ・マフルスキ
1989年制作


文句なしに楽しめた。久々に大笑いした。戦艦ポチョムキンを撮影中のエイゼンシュタインやアメリカから帰国したマヤコフスキイとリーリャ・ブリークも出てくるなど、その知的センスにも驚かさせた。1920年代のオデッサが舞台というだけでも心踊らされたが、パン屋の中につくられた秘密のキャバレーなどは、バーベリが描いたオデッサギャングの世界を見事に映像化していた。多民族オデッサらしく、アルメニア人やウズベク人なども出てきて、カオスの街オデッサを彩っていく。さらにはジャズバンドも出てくるなど、オデッサの魅力が満載だった。この映画がつくられたのは、1989年とか、自分が初めてオデッサを訪れたのが1990年、だから余計なつかしく、そしていまのことを思うと切なくなってきた。
こうした腹の底から笑える喜劇映画を見て、いまこうした喜劇映画を見れなくなったとつくづく思う。このところ古いアメリカ喜劇やエノケンの戦前の映画などを見て、昔は喜劇役者を中心にギャグを全面にだす演出なのにくらべて、最近の喜劇映画とか喜劇(それはもう日本にないのではというきがする)は、演劇畑の人がつくる場合が多く、筋とか理屈ばかりで構成しているので、笑いの根っこの部分がないような気がする。M!に代表されるお笑いの世界にもそれが感じられる。ソ連の喜劇映画は、ソ連という仕組み自体が笑えるということから成り立っている、そんなことをこの映画を見て強く感じた。国営の旅行会社の社員たちやホテルの門番や管理人などのいい分はソ連の仕組みからでたもので、それだけでも笑える。ホテルのスゥイートを一人で予約したのに、いつのまにか3人と相部屋にある。それが当たり前なのがソ連であった。私も招待した人が気をつかい、夜行列車のコンパーメントの二人部屋をわざわざ一人で使えるように二枚切符買ってくれたのに、深夜どこかの駅で車掌の手引きで載ってきた乗客と一緒にさせられたことがある。そうしたソ連社会そのものがすでに笑いの対象となっている、それをこの映画はちょっとだけデフォルメしているところが見事であった。これは監督がポーランド人ということもあってできたことなのだろう。バーベリ的オデッサのギャングの世界の描写もバックにクレズマー音楽が聞こえるようなバレースクな感じで新鮮だった。「ユノアとアヴォス」でレザーノフを演じていたカランツェフがよりによってヤポネッツという役名で出ていたのもおかしかった。ヤポンチュクはしばらく前ソ連のマフィアとして有名であった。
オデッサが恋しくなる映画でもあった。
これは1990年4月オデッサを初めて訪れた筆者とこの映画にも出てくるオデッサの階段の写真


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