書名 「ロマノフの消えた金塊」
著者 上杉一紀 出版社 東洋書店新社 出版年 2019
ロシア革命とともに流出したロシア王朝の莫大な遺産のゆくえを丹念に追った労作である。長年ジャーナリストとしてテレビ局で活躍、数々のドキュメンタリー作品をつくってきた著者は、このロマンチックな彩りをつけたくなるテーマを、綿密な調査であくまでも事実を追うという姿勢を貫き、消えた金塊の行方を追っていく。この金塊を追うためにはロシア革命、内戦、尼港事件、日本のシベリア出兵、極東共和国についてももどかしいことを承知の上で、その流れを説明しないといけない。著者はまずはこの歴史的背景を自分の言葉できちんとしかもわかりやすく説明することで、金塊の流れを周囲で動かしていたものを明らかにした。そうすることで金塊をめぐりいままで提示された仮説を一つずつつぶしていくことができ、それによって金塊の流れがゆっくりと浮かび上がっていくことになった。この金塊を請け負い、そして動かしていく中心となるのは、白軍の指導者、コルチャ-ク、セミョーノフであるが、彼らの歩んだ道も丁寧に追っている。これだけ名前が出てくる人物なのだが、その足跡となるといままでそれほど明らかにされなかったような気がする。かなり個性的な人物ではあったようだが、問題は彼らとつながっていく日本の特務機関や軍の要人たちである。これに関しても松本清張たちがいろいろな興味深い説をだしているようだが、あくまでも仮説でしかない。そのひとつひとつを著者はつぶしていく。仮説の面白さに背を向け、事実をあぶりだすというよりは、まさにつぶしていくやりかたで真実に立ち向かおうとする。冷静にロマンに満ちたロマノフ金塊の行方を追うなかで、ロシア革命から内戦、そして極東共和国ができ、それも消滅する歴史の大きなうねりも見えてくるのもこの本の魅力といっていいだろう。