大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第26回

2024年01月08日 21時04分29秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第20回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第26回




「そんなことって、兄心だろうが」

まだ頭頂部を押さえ涙目になって言うが、それは禁句だろと思う水無瀬がこの兄妹喧嘩に口を出すつもりはない。
ナギが踵を返し台所に戻って行った。 まだ腹を立てているのだろう、盆をテーブルに投げた音が聞こえ、その盆がグワングワンと回っている音が聞こえる。

「大丈夫か?」

水無瀬がまだ突っ伏しているライを覗き込む。

「絶対タンコブできる」

「冷やした方がいいな」

水無瀬が立ち上がろうとした時、不気味な音がした。
ジョキンと。
え? っと思ったのも一瞬。 ライの後ろにナギが立っていて片手にハサミ、もう一方には切られたライの毛の束が握られている。

「ええー!?」

ライも感覚か音で察しがついたのだろう。 頭頂部を押さえていた手を髪の毛に移動させ、その髪の毛を辿っていく。

「うわー!」

首の付け根あたりで切られているのを確認できたようだ。

「明日その見苦しい髪を散髪してこい」

そう言い残して台所に行き、切ったライの髪の毛を生ごみ入れのゴミ箱に入れると冷蔵庫を開けた。

「と、取り敢えず冷やそうな」

何をどう使っていのかが分からない。 仕方なく台拭きを水で濡らすとライの頭頂部に当てた。
台拭きを水で濡らす時に見えた、ナギが冷蔵庫から出したアイスココアをコップに入れていたのが。 そのナギはもうここには居ない。

「長年かけてずっと伸ばしてきてたってのに、サイアクじゃないかよー」

小学校の頃からナギに合わせてずっと伸ばしてきていたということであった。 だが一度、今と同じように切られたことがあったらしい。
その時の理由は今とは違ったということで、中学の時に “女みたいな髪の毛してんじゃない” と言われたという。
だがそのあともまた伸ばしたということだった。 影武者であろうとすることがバレたわけではない、というのが理由だったという。

兄だなんて琴線に触れることを言うからだろ、とは思うが、この話を振ったのは水無瀬である。 責任を感じなくもないし、琴線に触れなくともナギは同じことをしていたかもしれない。 『女扱いは必要ない』 そう言っていたのだから。
半泣きのライに「うん、うん」 と返事をしながら、結局ライとはその後すぐに解散をした。


翌日水無瀬が起きてくるとライの母親が 「水無瀬君見た? ライの髪の毛。 笑っちゃうー」 と言って水無瀬の肩をバンバン叩いてきた。
そのライはもう朝食を済ませ今は訓練しているらしい。

「訓練すると気が晴れるんだって。 昔からそうよ。 それにまだ散髪屋は開いてないからね」

散髪屋の開く時間になると散髪屋に行くのだろう。 その散髪屋は里に下りなくてはならないということだった。
では今日はどうしようか。 一人でハラカルラに行ってもいいのだろうか。 取り敢えず長に今日もハラカルラに行くと言いに行った時にでも訊けばいいか。

「お忙しいところ申し訳ありません」

言葉が丁寧になるのは、昨日のことを見ていたからかもしれない。
その水無瀬の隣を歩いているのはナギ。 やはりまだ道をしっかりと覚えていないということで、道案内をつけられた、つけてくれた。

「これはお役目だ、水無瀬の気にすることではない」

ライなら ”これはお役目” と言ったことに対して ”あ、気にするなよ” と付くが、ナギにはそれが付かない。

「向こうに入ったら時間が分からないし、感覚もいい加減になるから気にしないで練習に戻ってくれたらいい。 早く終わったら俺の方が待ってるから」

一人で戻るという勇気はまだ持ち合わせていない。 水の中の岩を目印にしようかと昨日は岩を見ていたが、どれも同じように見えてしまってまだ見分けがつかない。

「ああ、水無瀬もこっちのことは気にするな」

そう言うナギと別れてピロティに来た。 誰の姿もない。 大きな穴に身を潜らせる。 やはり誰も居ない。 烏も居ない。
あの日、黒烏が居たあたり周辺を見るが、水鏡と同じようなものが二つしかなく、見慣れない二枚貝、それも中身のない二枚貝、多分こちらも中身は無いだろう巻貝。 その大きな二つがあり、周りにも似たような小さなものがあるだけである。

「うーん、特にってのが無いなぁ」

黒烏は何を見て入ってきたと言ったのだろうか。
まだ何も知らない水無瀬に何かが分かるはずはないかと諦め、烏を待ちながら水でも宥めようと水鏡の前に腰を下ろした。
結局、昨日と同じで目がイカレそうと思うまで水を宥めていた。 ハラカルラに居れば目などイカレないのだが、どうしても思ってしまう。
今日も烏たちは戻って来ないのだろうか。

穴から出るとナギが居た。

「ごめん、遅くなった」

「気にするな」

もたれていた岩を背で押すと歩を出す。 水無瀬がそれに続く。

「もしかして・・・ずっと待っててくれてたりなんかして?」

「気にするなと言った」

「あー・・・うん、んじゃ、ありがとう」

ナギに横目で見られた。 半眼で。 コワイ。
結局無言で長の家まで来た。 ライの時のように獅子のところで足を止めることも無かった。 だからといって無言に開き直ってしまえば、気づまりを感じることは無かった。
長には烏に会えなかったことだけを報告した。

ライの家に戻ってみるとサッパリした髪型のライが居た。

「おっ、そっちの方がいいじゃん」

「そか?」

アシンメトリー、散髪屋にしては気の利いたカットである。

「へへ、初めて美容院なる所に行って来た」

そういうことか。

そして翌日からはまたライが付いてくれたが、今日と同じ日々が五日続いた。
画面を下にして置いていたスマホを手に取ると、着信ランプが点滅していた。 スマホを開いてみると電話の着信が56、ラインの着信が63と示している。 うつ伏せ状態にしていたが為、着信に全く気付かなかった。 それにしても着信が多すぎる。

「え? なんでだ?」

今までにこれほどの着信を受けたことはない。
まずは電話の着信履歴を見てみるとすべて雄哉だった。 留守録にも入っていたので、最初と最後だけを聞くと 『着拒反対』 『連絡くれよー』 と入っていた。 大事な用はなさそうである。
次にラインを見るとやはりすべて雄哉だった。 雄哉のアイコンをタップする。
時々文字が入っているが、大半は怒りか泣きのスタンプ。 文字は、お返事頂戴とか、水無ちゃーん、とかいうものだった。

「ったく、どんだけヒマなんだよ」

まるでストーカー並ではないか。

「そんなに彼女を見せたいんなら写真でも送ってこいっての」

雄哉の方に既読がついたはずだ、一応返事をしておこう。 雄哉は水無瀬が実家に戻っていると思っているはず。
『親孝行中につきお忙しいのでご連絡できません』 アッカンベーのスタンプと供に送ってやる。
これを見た雄哉がすぐに連絡を入れてくるはず。 電源ボタンを長押しして完全に電源を落とす。 これで電話は諦めるだろう。 ここに居てスマホを触ることなどないのだから電源を落としたとて何も変わらない。


「烏、戻って来ないなぁ」

穴から出てライと歩いている。

「一人でずっと居て退屈してないわけ?」

「あー・・・なんか、水見てたら、ってか、水のざわつき始めを見てたら、なんとかして宥めなきゃって思って、宥め終わったらほっとして・・・年少さんの保父さんになった気分? ま、大したことは出来てないけど。 それでも烏が居ない間はやらなきゃなぁーって。 この日本で誰かが水を困らせてるわけだし。 同じ日本国民として責任感じるしな」

「へぇー」

「ライの方が退屈だろ? 悪いな」

「忍耐の訓練って感じ? って、その訓練ならナギで十分習得できてるはずなんだけどなぁー、神はまだ俺に試練を与える」

「ホンット、悪い」

「冗談だってば。 待つことには慣れてるよ。 あっちが仕掛けてくるまでこっちは待つだけだったからな」

「それなぁ・・・。 朱門、諦めそうにないの?」

ライが両の眉を上げる。

「うーん・・・どうなんだろ」

「まっ、朱門の考えてることがライに分かるわけないか」

ははは、と笑ってライが頭の後ろに手を組んだ。 この姿勢をライはよくする。

「なぁ、ライ」

「うん?」

「もし俺が朱門に捕まったとしたら―――」

ライが組んでいた手を下ろし視線を正面に戻す。

「縁起の悪いこと言うなよ」

「いや、万が一のことがあるだろ? サインを決めておかないか?」

「サイン?」

サインなどと、まるで笑い話であるがそれを考えるのは楽しい。 二人がああだこうだと言いながら歩いて行く。


そして翌日からは、もう道は分かったということで水無瀬一人で穴に向かった。
長は道中に朱門が居ないかと気にはしていたが、今までにキツネ面を付けた人間以外と遭遇しなかったと言って水無瀬が貫いた。 あまりにもライに悪いと思ったからである。
そしてその日も烏たちは戻って来なかった。

「いったい何してんだよ」

これではアパートに戻れない。 だが諦めてアパートに戻ったところで、矢島のことが気になって結局考えてしまってばかりになるだろう。 それならば烏が戻ってくるまで待つ方を選んだほうがまだマシだ。

翌日、黒の穴から顔を出すと、誰かが穴に戻って行くのが見えた。 ここに来てから初めて誰かを見た。 その穴は大きな穴ではなく小さな穴の方。 朱か青か白か。 どの色がどの穴かは烏から聞いてはいなかった。
穴からすぐに出てピロティを走り、誰かが消えていった穴に顔を突っ込もうとして、思いっきり激突した。 そうだった、出てきた穴にしか入れなかったのだった。

「痛ってー・・・」

額と鼻の頭がへちゃげてしまったのではないかと思えるほどの痛さ。 顔をさすりながらもこんなことをしている場合じゃないと、穴に向かって大声を出す。

「あの! 今ここに入って行った人! 戻って来てもらえませんか!」

耳を澄ますが返事は聞こえない。 それどころか水がざわつき始めた。

「わ、やば」

思わず水の方に手を出しそっと回して落ち着かせる。 宥める。 何度か回していると水がゆっくりと揺蕩(たゆた)い始めた。
騒ぎを起こさせないで良かったと、胸を撫で下ろしながらよろよろと大きな穴に歩いて行く。

「まだ、か」

烏の姿は今日もなかった。

ようやく烏が戻って来たのはその二日後だった。
水無瀬が顔を出すと 「おお、ようやってくれておったようだの」 とデカイ態度で黒烏が言った。

「お帰りなさいませ。 どこでどんな旅をしたらこんなに遅くなるんでしょーか」

「見たぞ、鳴海が宥めておった水。 なかなかに早く対応できるようになったみたいじゃな」

「温泉にでも浸かってらっしゃったんでしょーか」

「いやー、久しぶりに岩を出るのも時には良いものじゃ」

噛み合わない会話。 黒烏は水無瀬が嫌味を言っているのを分かって、わざとそんな返事をしているのが見え見えだ。

「なーにが、岩を出るのもだ、吾(わ)はもうご免だからな、それならば次からはお前一人で行け」

「なーにを言うか、鳴海への返事というだけであろうが」

烏二羽が口喧嘩もどきをしている。 さすがに水のことを考えてだろう、大声、口論とまではいかない。
言いたい嫌味は山ほどあるがやっと戻って来たのだ、訊きたいことがある。 それを優先しなければ。

「お留守番のご褒美もらえますよね?」

下手な言い方をするとすぐに付け込まれる。 先にこっちが優勢だということを示さなければ。

「褒美とな? ガキんちょか」

ピロティもフルネームもまともに覚えていない烏のくせして、ガキんちょという言葉は完璧とは何と腹立つことか。

「ド素人がっ、毎日っ、連日っ、長い間っ、やってたんですからね」

「まぁ、ド素人と言われればそうかのぅ」

ホンット腹立つ烏。

「その欲しい褒美とは何ぞや? ほれ、言うてみぃ」

絶対にどっか馬鹿にして言ってるだろ。

「質問全てに答えて欲しい」

これで質問オーバーにはならない。

「ほー、まぁ、一応聞こうか」

上手い言い方をする。 答えなくとも嘘にはならないということか。

「まず、入って来たというのは何のことですか」

「うーん・・・」

黒烏が考える様子を見せる。 言いたくないことなのだろうか。

「面倒臭いのぉ」

言いたくないことではなかったようだ。 単に面倒臭いだけ・・・。 人の質問に答えるのが面倒臭いとは、それも正面切って言うとは、ホンットホンット、腹立つ烏。

「ご褒美」

烏がじろりと水無瀬を見る。 そしてこれ見よがしに溜息を吐いた。

「ま、ついでか。 こっちに来い」 そう言って黒烏がゆっくりピョンピョンと跳ねながら、水無瀬が烏たちの居ない間に一度見ていた所に向かう。

「これは終貝(おわりがい)と言ってな、抜け殻。 ハラカルラにも命の終わりがある。 この二枚貝はかなりの長命だった。 お前たちの世で言うところの・・・妖怪?」

言葉が間違っていないか問う目を送ってきているが、何を言いたいのかが分からないのだから言いようがない。 取り敢えず頷いておく。

「それに近いほどの長命」

水無瀬が頷いたからだろうか、どっかエラソばっている。

「それだけに抜け殻となった貝には力がある。 よって、わしがその力にエッセントを加えた」

「それを言うならエッセンス」

横目で睨まれた。

「雫を垂らした」

負けん気が強い烏だ。

「そうして見えるようになったのが・・・」

黒烏が羽の先をほんの少し二枚貝に触れる。 すると貝の中の水が揺れてきた。

「今は何もないからこうして水が揺れるだけだが、質(たち)の悪いものが入って来るとその姿を映す。 そしてこちら側はその場所が分かるようになっておる」

こちら側というのはもう一方の貝。 二枚貝の片割れの方である。
この貝を見た時にそんなことが出来るとは想像も出来なかった。 やはり使い方が分かっていないと、見たところで何も分からないということだ。 それにこれにしても獅子にしても烏たちのオリジナルだ、分かれという方に無理がある。

「その質の悪いものとは色々だが、今回は南の方向から鳴海たちの世で言うツバメ?」

黒烏が水無瀬を見た。 合っているかということだ。 水無瀬が頷く。

「そのツバメが入ってきた」

「入ってきたって・・・どうやって?」

「ハラカルラは水だから水からは入りやすいと思うだろうが、そうでもない。 空からも入りやすい」

「入り口が空にあるっていうことですか?」

「いや、地には入り口が必要だが、水や空には入り口が必要なわけではないし、まず入口はない。 ただ、稀に入って来ることがある。 綻びがあるとは言わんし、穴があるとも言わん、ただ重なり合っているところに稀にだが歪(ゆがみ)みとでも言うか、歪(ひずみ)とでも言うか・・・そんなものが出来ることがある。 運悪くそこに鳥や魚が突っ込んで来ることがあるというわけだ」

その歪みやひずみといったものは、やはり人間が影響を及ぼしているということらしい。 烏たちの居る穴でそれを見つけるとすぐに元に戻すということだったが、一瞬をついて入って来られることがあるということであった。
黒烏と共に白烏も一緒に出ていた。 その白烏が黒烏に続いて言う。

「大きいものが入って来るとなかなか抑えるに時がかかるが、今回のように小さいのも時がかかる。 捕まえようと思ってもなかなか捕まえられんからな。 捕まえ、歪を見つけ元に戻し、空のものは急に水に入って暴れまわっておるからな、水を宥める」

それで日がかかったということである。

「ツバメはまだ良い、厳密に言うと質の悪いものの中には入らん。 質の悪いものは海のもの。 水に驚くことはないが、ハラカルラの魚を食い荒らしてくるからな」

「まぁ、人間が起こすものより迷惑度は絶対的に少ないがな」

水鏡を覗き込みながら白烏が付け足す。

「それは・・・申しわけ御座いません」

人間代表で謝っておこう。

「ということは、大体どれくらいの間隔で入って来るんですか?」

「滅多にない。 ただ今回は続いたか。 この三年ほどで四度になる」

「三年に四度・・・」

「だが滅多にないこと。 十年あいたり、異変から異変の間なかったり。 決まったものではないからな」

「今回の前はいつ頃でしたか?」

「一年以上は空いたか」

入ってきたのが何かは分かった。 人間でなかったことにホッと胸を撫で下ろすが、烏は今回は一年以上空いたと言った。 三年に四度もこんなに長くここを空けていたのなら、矢島が誰かと三度も、それも連日会っていたかもしれないということが考えられる。

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