大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第12回

2023年11月20日 21時25分41秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第10回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第12回




ライがティッシュを鼻に詰めると、そのまま鼻声で話し始める。

「水無瀬が、あ、水無瀬でいいだろ?」

もういい、どうでも。 「ああ」 とだけ答える。

「こっちもライとナギでいいから」

「ああ」

だがもう関わるつもりはない。 今日限りだ。

「水無瀬がもし、矢島と接触していたのなら、って前提なんだけどな。 向こうもこっちも」

「なら、俺に訊くよりその矢島って人に訊けばいいだろ」

「その矢島が死んだ」

まさかそんな答が返ってくるとは思ってもみなかった。

「・・・それは、ご愁傷さまで」

「だから訊くことは出来なくなった。 何もかも」

何もかも? どういう意味だ。

「それで、もし水無瀬が矢島と会っていたなら、いや、会っていたはずなんだ。 俺たちは矢島の足跡を追った。 矢島は何人かと接触をしていてその中に水無瀬が居た。 そして追っていたのは俺たちだけじゃなかった」

それはおじさんの団体のことだろう。

「それじゃあ、他の人も俺と同じ目に遭ってるってことか?」

「いいや、水無瀬だけだ」

「なんでだよ」

「向こうが水無瀬一人に絞ったみたいだ。 様子も見ていただろうが盗聴器、あれは全員に仕掛けられたはずだ」

そんな簡単に人の家に盗聴器を仕掛けるか? そう思うがライの話が事実ならば、少なくとも俺の部屋には盗聴器があったわけで。 とにかく今は黙ってライの主張を聞いてみよう。

「あの光景を見て簡単に誰かに話すか? 多分、話さないだろう、自分自身信じられなかっただろうからな。 だから一人になった時、特に夜だな、そんな時に特に信用できる親友にでも連絡、電話を入れて話す。 ラインやメールみたいに文字では伝えきれないところがあるしな。 そこで盗聴器の出番。
まぁ、悶々と悩んで一人で抱えてしまうかもしれない。 盗聴器が全てを明かしてくれるわけではないけど、それでも可能性として高い。 あれは普通の人間なら一人で抱えきれないからな。 狂いだす者も居る」

「え?」

狂いだすどころか慣れてきたと思っていたのに、何故か自分の思いが覆されたような気がする。 だが最初の頃を思い出すと、そうなっても不思議ではないのだろうか。

「盗聴器が仕掛けられた誰もに、それらしい話は聞かれなかった。 もう分かるだろう? 水無瀬一人が絞られることを言った。 水ってな」

「・・・」

俺は顔を下げた。 きっと言ったんだろう。 気が付かない間に口から出ていたんだろう。 もしかして魚とか、目が合ったとか、他にも色んなことを言った・・・呟いたのかもしれない。
矢島という人が死んだと聞かされて少々勢いが欠けてきたのだろうか。
会ったことがあるはずだと言われても俺に記憶なんてない。 でも赤の他人であっても生死を分つ状態、いや、分けてしまったと聞いては食って掛かれないし、ちょっとはその矢島って人の何かの役に立てればとも思う。 それが俺に出来る供養だと。


『いいかい、人は亡くなる。 いつかはな』

人というのは生まれた時から平等に与えられたものがある。 それが死。 誰もが死に向かって日々歩いている。 生きるということはその間に何をするのかということ。
その何かの一つに、亡くなった者を想うということがある。
悲しむのも悼むのも悪いことではない、だからと言って取って付けたものは必要なことでもなければ、他人にも自分にも強制するものでもない。 嘘の涙など要らん。 涙は勝手に出て来るもの、胸が締め付けられる想いも勝手にそうなるもの。
勝手に出てくるものがなければ故人を想う。 生前の笑顔でも会話でもいい。 それは想った者の心の整理に繋がる。 そして何より故人への供養に繋がる。

爺ちゃんが死んだとき沢山の大人たちが涙する中で、涙が出ない俺に婆ちゃんはそう言った。

爺ちゃんはまだ現役で働いていた。 だから大人たちがいっぱい居た。 盛大な葬式だった。
爺ちゃんは私立高校の教師だった。 あの時の俺が知ることは無かったが、俺が大人だと思っていた中に、卒業生も在校生も沢山いたのだろう。 在校生は制服を着ていただろうが、制服かどうかを見分ける余裕などなかった。 俺より背の高い人はみんな大人に見えていた。

大人たちが涙する中で俺が戸惑っていたのを、小学校の教師だった婆ちゃんは察してくれたんだろう。 小学五年生の俺は戸惑っていたという自覚すらなかったが。

婆ちゃんの話を聞いて俺は爺ちゃんの顔を思い出した、声を思い出した。 爺ちゃんが遊んでくれたことも、連れて行ってくれた場所も思い出した。
そしたら自然に涙が出てきた。
ああ、供養というのはこういうことを言うのか。
まだ供養という言葉の意味もはっきりと分からなかった俺だけど、俺と爺ちゃんが繋がったような気がした。 爺ちゃんが俺に笑ってくれたような気がした。

当時の俺には婆ちゃんが言った、人は死に向かって歩いているというのは衝撃的な話しだったが、婆ちゃんの教えは今も心に残っている。
でも俺はこの矢島って人のことを知らないし、役に立てる何かも持ってもいない。 あるとしたら見たまましかない。

「確かに・・・表現は難しいけど、水の中に入ったって言うか・・・いや、入ってないって言うか。 目には映るんだよ、魚や水の中のものが。 魚なんて俺を見て笑ってるようにさえ見える。 でも服も濡れないし息も出来る。 それになにより、俺の周りにある現実世界の物質って言えばわかるか? スマホや机、戸や襖、他も全部、部屋の中にある物全部。 それは見えないのに実在する」

「・・・そっか」

「俺の知り得ることはこれだけ。 他に何もない」

口を噤んでいたナギが口を開く。

「充分だろう」

「・・・充分って?」

「初期の矢島にもそう見えていた」

「そうなんだ。 その矢島って人は何をしてたんだ?」

「里(さと)・・・私たちの住んでいる村だな。 そこで・・・そうだな、分かりやすく言えば警備をしいた」

村って、どんだけ田舎だよ。

「警備? 村で?」

「矢島にしか見えないからな」

「あ・・・今俺が言った光景?」

「正しくはその深部ってところか」

「あ、ちょっと待って。 その深部ってのは知らないけど、向こうの団体さんの中に一人、水が見えるって人が居たけど。 矢島さん以外にも見える人が居るんじゃないのか?」

「それは多分・・・水が見えるだけだろう。 水以外にも見えるって言ってたか?」

「あ・・・」

そんな風には聞いていない。 首を左右に振る。

「その程度なら他にも居る。 多分・・・矢島が接触した他の者たちがそうだったんだろう。 錯覚か病院に行くほどでもない目の病気か、その程度で終わっているはずだ」

どこかで聞いた話だ・・・。

「でも・・・警備をしてたって。 少なくとも俺は見えるだけで何にも出来ないんだけど? それにいつ見えるか分からない」

「里ではそこに入ることが出来る入口がある。 そこは水無瀬が言っていたような現実世界の物質とかそういうものは存在しない」

「ちなみにそこには俺たちも入ることが出来る。 そして息も出来る。 矢島のしていたことを、ナギは分かりやすく警備と言ったけどもっと複雑だな」

分かったような分からないような・・・。

「矢島が亡くなった以上、俺たちには矢島の後継者が必要なわけだ。 だけどそれが水無瀬という決定的なものがない。 たとえ今の話があってもだ」

「それはどーも」

歓迎する。

「それじゃ、どうして向こうは俺を追ってくるわけ?」

問題はここだ。

「向こうには矢島的人間が居ない。 だから少なくとも矢島に近い存在の人間を探している」

「あー、えっとー、分かるような分からないような・・・」

「向こうの里にも入口がある」

「あ、そうなんだ。 じゃ、きょう―――」

「協力は出来ない。 長い確執がある」

「なんの?」

「そこは俺らみたいな者からは言えない。 こういうことは長が話すべき相手に話すことだからな」

まぁ、分からなくもない。 そういうものだろう。

「まぁ、取り敢えずそれなりに分かった。 俺だってどうして追われてるのか分からなくて困ってたし、どういう団体さんなのかも分からなかったから、ちょっとは分かって良かったよ。 それに水のことも」

海ではなかったことも分かった。
ライが 『あれは普通の人間なら、一人で抱えきれないからな』 と言っていた。 まさにそれに近いものがあった。 だからと言って雄哉に話す気にはなれなかったが。
もう冷めたココアを一気に飲んで腰を上げた。 口の中が甘い。

「向こうの事情も分かったけど向こうに行く気はない。 でもいつまでもライたちに守ってもらうわけにはいかないだろ。 何かいい案があったらいつでも教えて欲しい」

「ああ」

「んじゃ」

「ほい」

窓に向かって足を出した時、思いついたことがあった。 顔だけで振り返って訊ねる。

「その矢島って人いつ亡くなったの?」

会っていたかもしれないんだ、想いを馳せさせる材料は何もないが、せめて手の一つでも合わそう。

「ちょっと前。 ああ、水無瀬、花咲警察署に行っただろ。 あの日に身体を引き取りに行った」

は? 身体を引き取りに?

「事故だったのか?」

想像もしていなかった。 まさかだった。

「報道では・・・ダムに身を投げたってことになってる」

はい!? 俺は身体全身をライに向けた。 それだけではなく、思いっきりライの横に座り込んだ。

「あの男の人か!? ネットニュースに出てた!」

「どのネットニュースか知んないけど、ダムに身を投げたって出てたんならきっとそうだろう」

「水無瀬、どうした」

「俺・・・その人に会った」

「やっぱり会ってたか」

「あの日、水無瀬も花咲警察署に行ったな? ニュースでは身元不明とはなっていたが、顔写真が出ていたはずだ。 花咲警察署には何をしに行った」

「・・・その人、矢島さんのご家族に会えないかと思って。 でも一足違いで会えなかった」

「まぁ、そのご家族というのが私や長で家族ではないのだがな。 で? 家族に会ってどうしようと思ってたんだ」

「訊きたいことがあった」

「なにを」

いつの間にか落としていた視線を上げ、訊いてきたナギではなくライを見た。

「部屋の中に・・・こたつの近くにボディバッグがある。 それを取ってきてくれないか?」

とてもじゃないが女性を俺不在の部屋に入れる気にはなれないし、ナギに言ってもどうせライに行かせるだろう。
ライとナギが目を合わせたのを見た。 何かあると踏んだのだろう。

「お任せあれ」

腰を上げたライはすぐに戻って来た。 俺だったらきっとまだこちら側のベランダの柵にしがみ付いていただろう。
手渡されたボディバッグのポケットから例の紙を出す。 くしゃくしゃの皺がそのまま残っている。 それを手でひろげてミニテーブルの上に置いた。

「矢島さんからこれを頼むと言って渡された」

「え!?」 二人の声が重なった。

「でも何が書かれてるか分からなくて、それでご家族なら何か知ってるかと思って。 会えたら訊ねようと思って花咲警察署に行った」

「こ・・・これって・・・」

「ああ、間違いなく矢島の書いたもの」

「なんて書いてあるのか分かるか?」

「この文字を見たことはあるが私たちには読むことは出来ない。 読めて意を解することが出来るのは矢島と長だけ」

「長・・・」

さっきも長と言っていた。

「村長と言った方が分かりやすいか?」

あ、村長なんだ。

「矢島が頼むと言って渡したってことは・・・」

「ああ、矢島は水無瀬を選んだということになる」

「決定的なものがあったってことか」

それはさっき言っていた後継者ということか? いや、勝手に選ばないでくれ。 ああ、でも選んだのはもう亡くなった方で・・・亡くなった方に鞭打つようなことは言いたくないし・・・けど、後継者なんて有り得ない。

「あ・・・じゃ、これ、お返ししますので。 ではサヨウナラ」

何が書かれてあったのかは気になるところだが、それを優先してしまうとややこしいことになりそうだ。 いや、なること決定だ。 ここはそそくさと身を引くに限る。

「一人で向こうにいけるか?」

嫌な言葉が水無瀬の背中を打った。 振り返るとライが笑っている。 完全に何かを含んでいる笑いだ。

「手を貸す代わりに長に会ってくれ」

「断る」

「おっ、はっきり拒否。 有言実行だねぇ。 んじゃ、一人で行く? それとも見張られてる玄関から行く? あ、カギ閉めてるよな? そのカギは部屋の中だよな? ってことは、いや~ん、お部屋に入れな~い」

「おちょくってんのかよ」

「いや? 正直に現実を言っただけ」

「ライ、黙ってろ。 水無瀬、一度でいい、長に会って話を聞いてもらえないか」

「え?」

一度でいいのか?

「長は、長の役目として今も矢島についている。 今日が通夜で明日が葬儀だ。 葬儀は午前中に終わる。 そのあと会ってもらえないか。 水無瀬に出向いてもらわなくてはならないが」

「会って話を聞いて、こっちに戻ってきてもいいってことか?」

「もちろんだ」

おじさんの団体のことを思うとにわかに信じられない。 まぁ、おじさんの団体は何一つ話さなかったことを思うと、この二人はそこそこ話してくれた。 違いはあるが、だからと言ってどこまで信用できるか?

「そっちから会いに来てはくれないのか?」

「悪いが忌服の間、長は出られない」

「それじゃ、それが明けてから」

「水無瀬ぇ、何を疑ってんの?」

「疑ってなんか・・・」

「それじゃ何? 一度は長と話をしてもいいって言い方をしといて・・・いや、そうじゃないな。 こっちに戻ってきてもいいってことか、って言ったよな。 そこか?」

「・・・」

「ははーん、向こうは帰さない的なことを言ったのか。 安心しろ、こっちは安心・安全・信用第一、嘘はつかない」

たしかに接し方はおじさんの団体とこっちでは全く違う、嘘はないかもしれない。 だが今ライの言ったことは詐欺師の常套句ではないのか?

「長から話を聞いて水無瀬が納得できなければそれだけのことだ。 止めもしないし泣き落としもしない。 矢島の跡を継げる者を私たちで探すまでのこと」

矢島が選んだのは水無瀬、どこで誰を探しても水無瀬には劣るだろうが。

「そっ。 で、向こうにはもう水無瀬を追わないように長が交渉するだろうよ」

そうでなければ水無瀬を取られてしまうことになる。 そうなればこれから先も同じことの繰り返しになってしまう。

「それで・・・。 それで戻って来て・・・」

交渉が決裂してしまえば・・・明らかな決裂でなくとも、おじさん団体が成立したような顔をして話を終わらせればキツネ面団体から見放されることになる。 そうなればおじさんの団体の方に連れ去られる。 どっちみち同じこと、か。

「なに?」

なんか選択肢が可笑しな方向に行っている気がする。
バイトを増やして就活をして大企業に入る。 そこで昇進していくのではなかったのか。 その為に選んだ経済学部。 数字を見るのは好きで動かすことも好きだ。 巡る考え、そこに時間を費やし考えることも好きだ。
そう、それが唯一の俺の選択肢ではないか。
ネガティブなことばかり考えていても仕方がない。 長という村長の交渉が上手く成立し元の生活に戻る。 いや、戻るんじゃなくて進む。 俺が敷いたレールの上を歩く、前に進んで行く。

「いや、何でもない」

こいつら二人に賭けてみるのもいいかもしれない。

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