大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第9回

2023年11月10日 21時19分55秒 | 小説
ハラカルラ    第9回




通勤による車の渋滞は丁度緩和されたところなのだろう、特に巻き込まれることもなく進んで行く。

間に挟んでいた車が何台か入れ替わった中、水無瀬の乗った車が左にウインカーを出した。 幹線道路から外れていくつもりだ。 これでついて行けば完全に怪しまれることになってしまう。
こちらに気付いて試しているのか、それとも目的地に向かっているのか。

「左に曲がった」

身体を横に倒して後ろから見ていたナギが言う。

「いけるか?」

「可能な限り」

ヘルメットを外すと手探りでメットホルダーに掛ける。
車が曲がり切ったところで端に寄せながらブレーキをゆっくりとかける。 スピードが緩むとナギが飛び降りた。 何度か横回転しながら立ち上がる。
後続車が驚いて急ブレーキを踏んだが、ナギは素知らぬ顔で走り去って行き、ライの運転するバイクがスピードを上げた。 後続車との間が空いていく。

「ブレーキを踏んだか」

ということは相手の応援ではなかったのだろう。 応援であればナギが飛び降りることくらい想像がついていたはず。 それに奴らはこんな時にブレーキなど踏まない。
次の信号で左折をして止まる。

「怪しいと思ったが、気のせいだったか」

「真っすぐ行ったようだな」

ドアミラーで後ろを確認した助手席の男が言う。

「カモフラージュかもしれんがな。 それとさっきのようにとばすなよ、事故りでもしたらややこしいだけだ」

更に左折をする。 バスや大型のトラックがかろうじて普通車とすれ違える二車線の道ではあるが、飛び出しがあってもおかしくはない道である。

「わかってる。 あの時だけだ」

それにもし追ってきているのならばスピードを上げず確認をした方がいい。

三人での行動で水無瀬を入れてこの車には四人が乗っている。
後部座席に座る男の着信音が鳴った。 画面には “誠司” と出ている。

「どうした」

『こちら、着きました。 応援に向かいますか?』

「いや、いい。 こっちも向かっている。 そうだな・・・あと、十五分かニ十分くらいで着くだろう。 今のところつけられている気配はない」

『分かりました』

(十五分かニ十分くらい、か。 一体どこに連れて行く気だよ。 うう、腹痛てー)

車中の声で気が付いていた。 まだ気付かぬ振りをしていたのだが、いったいどこに向かっているのだろうか。

(つけられている気配、って言ってたよな。 ・・・あのキツネのお面の奴らってことか?)

それならばあのキツネ面たちはいったい何をしたいのだろうか。 単にこの男たちの邪魔をしているだけなのだろうか。

「幹線道路に戻るつもりか」

左折を繰り返し元に戻るつもりなのだろう。 やはり怪しまれていたか。
走りながらスマホを操作する。

『ほい』

「左折三度、道を戻るつもりのようだ」

『了―解』

細い道に入るとナギがいるだろう場所に向かってバイクを走らせる。


「動き的に・・・見つかったか?」

ナギとライのスマホをGPSで追っていたが画面の動きがおかしい。

「見つかった? 捕まったのか?」

後部座席から画面をのぞき込んでくる。

「いや、ライと別れたようだ。 多分危うくなってナギがバイクを降りたんだろう」

「走って追ってるってことか?」

「そのよう・・・うん? ライと合流するようだな」

「追尾開始か。 あいつらが離されちゃもう追えなくなるからな、なにがなんでも頑張ってもらわんと」

「煉炭が持って帰ってきた土産からするに、水無瀬君である色がかなり濃いらしいからな」

「よく教育してあるから役に立つもんだ」

「ほっとけ。 ったくあいつら、戻ったらシメてやる」

煉炭の怖い父ちゃんである。 母ちゃんは絞ってもらうと言っていたが、どうやら煉炭はシメられるらしい。


「お待た」

バイクのエンジン音と共にライがやって来た。 ナギがさっきまで座っていたタンデムシートに飛び乗る。 メットを被りスマホを操作しながらライに指示を出す。

「前の道路に戻った。 左折」

「はいよー」

『どうした』

「怪しまれたようです」

『誤魔化せたか』

「はい、ですがこれ以上は近づけなく巻かれるかもしれません」

『あと十分、十五分ほどで追いつく』

「分りました。 車のナンバーは “ら○✕〇✕” 白のカローラ。 水無瀬が乗っています。 他の車は今のところ見当たりません」

『分かった』

「他の色にしてほしかったなぁー、バリバリド派手なメタリックゴールドとか虹色カラーとか。 せめてツートンとか目立つようにしてもらわないとなぁ。 白って、右見ても左見ても白じゃんか」

離れてしまうと白のセダンという目分けしかつかない。 一昔前に比べると色んな色の車が走るようにはなったものの、まだまだ白の車は多い。

「あと十分、十五分ほどかかるらしい」

「十分以上持たせるのかぁ、キツイなぁ」

極力、車線を変えないように走る。 車線を変えた時にバックミラーないし、ドアミラーに映り込んでは困るからだが、トラックが前に入ってきた時には全く前が見えなくなった。 どこにも右左折していませんようにと祈りながら、隣の車線に大型車がやって来るのを待ち、やってきた大型車の陰に隠れて車線をかえ、そのまま右車線を走った。 ナギが左に身体を傾けて前方を見る。 左車線に白のカローラが見える。

「確認」

「おしっ」

このままこの大型車の陰に隠れているか、さっきのトラックはもう抜いた、左車線に戻るか。

「左車線がゆっくりしてきた。 このままだと抜いてしまう」

「えー、なんでだよー」

「左にウィンカー」

「左折かよ」

運転手は今、前方と左後ろばかりを気にしているはずである。 一瞬右のドアミラーに映り込んでも気が付くまい。
少々強引に左車線に入り込む。 クラクションはならされなかった。 多分、ナギが後ろの車に手を上げたからだろう。
道路を逸れて行った白のカローラがライの目にも映った。 信号のない脇道に入ったようだ。

「確かこの辺りって、サービスエリアがあったよな」

闇雲に追っていたわけではない、道路標識は目にしていた。 ここがどの辺りかは分かっている。

「それが?」

ライがスピードを緩めゆっくりと脇道に入り、ライトがルームミラーに映らないよう横向けに止める。 脇道に入ってくる後続車はない。 ライトが目立つ。 そのライトが一つ目、一つ目はさっき怪しまれた二輪。 距離を詰めることが出来ない。 バイクを止め前を走る車のテールランプを目で追う。

「外から入れるサービスエリア」

「え?」

「高速には入れないけど施設には入れるように車を乗り入れられる。 今車が一台だけということは、そこで応援が待っているのかもしれない。 水無瀬をそこで別の車、高速に入れる側の車に乗り換えさせるかも。 サービスエリアに入ったらその可能性大」

「サービスエリアの名は!?」

カーブをしていくテールランプが見えなくなった。 クラッチを握りスロットルを全開にし、チェンジペダルを踵でローに叩き落とす。

「呉花SA」

ウィリーを起こしてバイクが走る。
ナギがすぐに連絡を取る。

『か、手の込んだことを』

「まだSAには入っていませんから推量の域ですが」

『分かった、とにかくこっちは間もなくそっちに追いつく』

「はい」

「ほほぅ~、呉花SAに間違いなさそう」

一気に走ったスピードを緩め離れて見ていると、そちらに続く道へとハンドルを切ったのが分かった。


「おい、坊主、起きろ」

坊主って誰のことだよっ、と思いながらもどうしようかと逡巡する。

「水無瀬くん、そろそろ車を降りる。 起きてくれないか」

あのおじさんの声だ。 車を降りる? 着いたということか?

「起きなきゃ、担いで行くけどな」

ゆっくりと瞼を上げる。 「うう・・・」 と腹を押さえて白々しく言ってやる。

「おー、悪い悪い。 痛かったか?」

上目づかいで助手席の男を睨んでやる。 横顔が笑っている。

「素直についてくればそんなことにならなかったんだよ。 なぁー?」

僅かに後ろを振り返る様子を見せたが、最後に付けた “なぁー?” は多分、水無瀬の横に座る男、おじさんに言っているのだろう。 確かにおじさんは手荒なことはしたくないと言っていた。 そしてそれを断ったのは水無瀬自身なのだが。
だが誰がこんな事になると想像できた? 一生を生きていてこんな目に遭う人間がそうそう居るだろうか。 居てもほんの一握りだろう。 いや一つまみか?

「痛いだろうが車が停まったら歩いてもらう」

“なぁー?” と言われたのを完全に無視しているようだ。

「逃げ出そうとしても無駄ってことはわかるよな? 周りは固めるからな。 で、車を乗り換える」

車を乗り換える? まだ目的地ではないのか? 一体どのくらい気を失っていたのだろうか、それさえ分かればある程度の距離感が掴めるだろうに。 今更だが気を失っていたことが悔やまれる。

「どうしてこんなことを」

「だから・・・言ったじゃないか。 着いたら説明する」

「どうして今じゃいけないんですかっ。 う・・・」

腹に力を入れると鈍痛がする。 腹を抱えるが胃も腸も破れてないよな?

「大丈夫か? まぁ、そう力むな」


止まっては発進を繰り返していると、後ろからライトが光った。

「来たみたいだな」

ライが振り返って言う。
助手席の窓から手が上げられライたちを抜いて行く。 すぐにナギに連絡が入った。

『前を走っている車だな?』

「はい」

『ゆっくりと追ってこい』

「はい」

「このままサービスエリアに入ったらバイクすぐにバレるな」

特徴的なバイクである。

水無瀬を乗せた車が呉花SAの施設に入ることが出来る駐車場に入って行く。 駐車場に車を停めると運転席にいた男が車を降り左右を見渡している。
駐車場はそこそこ大きく、こんな時間なのに結構な車の台数である。
スマホを取り出すと相手を呼び出した。

「今入った、何処に居る」

『じっとしていろ、こっちから行く』

「分った」

水無瀬の移動の妨げにならないようにだろうか、それとも極力人に見られないようにだろうか、車は建物から離れた場所の端に停められた。 後と右側に他の車が停まっている。 後ろの車の列が一番建物から離れていることになる。

車を停める時に後ろの車の中がチラッと見えた。 運転席で男性がパンを片手にスマホを操作していた。
その男性を見た時に大声で助けを呼べば助けてくれるだろうかとは思ったが、頼れそうなマッチョではなかった。

一台のハッチバックが入ってきて停める所を探しているのだろう、ゆっくりと徐行している。 かなり年期の入った車である。
所々に木が植えられている。 そこそこの大きさで枝振りもいい。 真夏には良い木陰になるだろう。 きっとその時季にはその場所に車を停める取り合いになるのだろう。

コンコンと水無瀬の座る側の窓を叩かれたと同時におじさん側のドアが開けられた。 おじさんが降りていくのを見てから窓を見る。 すると誠司と呼ばれていた青年が腰を屈めてこちらを見ていた。 両方の手を合わせ口パクで “ごめん” と言っている。
謝るような事は最初からするな、と心の中で叫んでおく。

外ではおじさんたちが何か話している。 車を乗り換えると言っていたが、その車が離れたところに停まっていて、移動するにもこの車の近くに空いたスペースがないとか、若しくは、思った以上に人が居て水無瀬の移動に危機感を覚えているのだろうか。

「ん? あれ?」

窓の外を見ていると覚えのある顔が歩いている。 今日は革ジャンを着ている。 雄哉たちと行ったカラオケ店で見た時ともまた服装の感じが違うが、間違いないだろう。

「へぇ、髪・・・長かったんだ。 ここんとこちょくちょく見かけるよなぁ、こんな所で何してんだろ」

あちこちで見かけてはいたが、いつも帽子を被っていて髪の長いことには全く気付かなかった。


「十五人か・・・」

「多いな、こっちは六人だってのに」

六人とは、車に四人とライとナギの二人。

「ああ、だがまだ居るかもしれん」

車を降りてきているとは限らない。

「分が悪いな」

それに関係のない車や人が多い。 こんな所でひと暴れでもすればすぐに通報されてしまう。

「だがここを逃すと追いようがない」

ナギの言っていたことが実行されれば向こうは高速に入る。 ここに居るのだ、間違いなくそうするだろう。

「ああ、ここで決めよう。 向こうも目立つことはしたくないだろうしな。 他の者はまだか?」

「二手に分かれさせた。 こっちに来るのと、高速から入ってくるのと。 まだヒマがかかるだろう」

「待ってはおられんか」

「まぁ、スタートを決めるのは向こうだがな」

何の予告もなく車のバックドアが開けられた。 振り向くとナギが車に乗せていた獲物を取り出そうとしている。

「ライは位置に着きました」

「そうか」

「向こうは少なくて十五人、まだ居るかもしれん。 目立たず、関係のない者に気付かれず、心しろ」

「はい」

車を降りた四人もそれぞれに動く。 人の目がある、手刀の落とし合いは完全に出来なく刀の打ち合いも出来ないが、それでも忍刀は背に忍ばせている。 飛び道具ももちろんである。

おじさんが車に戻って来た。 誠司が踵を返して他の男達について行く。

「悪いが、あと少しこのまま待つ」

どうしてなのか訊こうかとも思ったが、その理由を聞いてどうなるわけではない。 返事をすることもなく窓の外を眺めていた。
二十分も経っただろうか、どんどんと車が退(ひ)いていく。

「ここは一般道から入ることの出来るサービスエリアでな、だがこの駐車場からは高速には入れない。 言ってみれば地域の人間がここの施設を利用するわけだ、その駐車場」

どこの駐車場かとは思っていたが、そういう駐車場があるのか。 だがそれを説明して何が言いたいのだろうか。

「今日は特産品市が開かれていたらしい。 それでこれだけ人が多かったんだろう。 もう市も閉めてお開きになった。 これからみんな帰っていく」

そういうことか・・・。 それでこのまま待つと言ったのか。

それから十分、二十分も経つと、あれほどあった車が殆ど居なくなった。 ポツンポツンと停まっているだけである。
窓の外から数人の男たちが歩いて来るのが見て取れる。
後部座席の両方のドアが外から開けられる。 おじさんが車を降りた。

「降りろ」

水無瀬側のドアを開けたサングラスの男が言う。
サングラスの向こうにある目は見えないが、それでもサングラスを睨み返して車から降りた。

「痛い目に遭いたくなかったら大人しく歩いてもらおう。 一言でも発したらすぐにもう一発ぶち込む」

返事などしてやるもんか。
そうか、万が一にも俺が騒ぎ出したらと考えて人が退くのを待っていたのか。 まぁ、たしかに騒ぐことは考えた。
車を降りた水無瀬を六人の男が取り囲んだ。 ましてや二人が両側から水無瀬の腕に自分の腕を絡めてきた。 ガッツリと腕を取られている。
これでは完全に逃げるに逃げられない。 大声を出したとしても、隠されているようになっている水無瀬に気が付いてくれる人が居るかどうかも分からないし、すぐにまた一発入れられて黙らされるだけなのだろう。

―――カン。

聞き覚えのある音がした。

「居たか、気をつけろ!」

全員が手に持っていたカオナシの面を着ける。
そして水無瀬の腕をとっていた男が腕を引っ張る。

「走れ!」

どうして俺が協力しなければいけない。 何なら脱力でもしてやろうか、そうなれば俺をズルズルと引っ張っていくか?
鈍い音が幾つかしたと思ったら、次にヒュッと軽く風を切る音が聞こえた。

「あう!」

前を歩いていた男が足を抱えるようにしてうずくまった。 それとほぼ同時に水無瀬の腕をとっていた男二人が、水無瀬の腕を放して腕を抱える。 振り返ると後ろを歩いていた男達も足を抱えてうずくまっている。

一体何が起きたんだ、だが迷っている場合ではない。 走らなければ、逃げなければ。 だがどっちに行けばいい、施設に逃げ込んで助けを求める? それとも来た方に戻る? となれば道路を走って逃げるのか? いや、それは無理だろう。 ほんの少し前に息を荒げた自分を知っている。 ということは、施設に逃げ込むしかない。
水無瀬が施設の方に身体を向け数歩走った時だった。 足元で何かが弾ける音がした。

「え・・・これって・・・」

―――クナイ。

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